128 稼ぎの萌芽



《ジョブ「簒奪者」のランクがBに上がりました!》



 いきなり降ってきた「天の声」に、


「えっ!?」


 俺は思わず声を漏らす。


 といっても、ジョブのランクアップそのものは、驚くべきことじゃない。

 ジョブ世界では完全に常識の部類に入る当たり前の現象だ。


 だが、俺が「簒奪者」をセットして本格的に戦い始めたのは今日からだ。

 ランクの下限であるCからBへのランクアップとはいえ、あまりにも早すぎる。


「ここがSランクダンジョンだからか……?」


 しかしそれならここまでの道中で上がってもよかったはずだ。

 もちろん、道中での熟練度の蓄積のおかげでここに来てランクが上がったとも取れるのだが。


 さらに、



《ジョブ「簒奪者」のユニークボーナスが成長しました!》



「はっ?」



《ユニークボーナス「モンスターからよりよいアイテムを得られる可能性がやや高い」が「モンスターからよりよいアイテムを得られる可能性がそれなりに高い」へと成長しました。》



「ユニークボーナスの成長……!?」


 これも、未知の概念というわけじゃない。

 ごくまれに、ユニークボーナスの程度表現がランクアップすることがある――

 そこまでなら、ジョブ世界でも知ってる探索者は知っている。


 だが、その「ごくまれに」が問題なんだ。

 あまりにも発生頻度が低いために、ユニークボーナスの成長がどんな仕組みで起きるのかは誰にもわからないというのが実情だろう。


 その、ごくまれにしか起こらないことが、今起きた。


「成長したボーナスの種類から考えると、布袋のユニークボーナスの影響か? それとも、トレホビでアイテムを盗みまくったせいか?」


 布袋のステータスがジョブ世界でどうなってるかは事前に確認が済んでいる。

 布袋もまた、今成長したのと同じユニークボーナスを持っていた。

 スキルでいえば「トレジャーハント」に対応するボーナスだな。


「成長の条件は、戦闘中に特殊な行動を繰り返すこと、か?」


 いや、それくらいのことは他の探索者だって試したはずだ。

 ってことは、


「レベル的に格上のモンスターが相手だからか?」


 格上でなければならないという条件なのか、格上のほうが効率がいいだけなのかはわからないけどな。


「ジョブのランクアップが強敵と戦ったときに起こりやすいって話はよく聞くが……」


 強敵相手のほうが熟練度が溜まりやすいからだとも、強敵相手でないと閃きのようなものが起こらないからとも言われるな。


 あるいは、モンスターのレベルではなくダンジョンのランクのほうが重要だという説もある。

 ジョブのランクとダンジョンのランクには関係があり、ダンジョンのランク>ジョブのランクとなってるときには熟練度にボーナスがつくのではないか、という予想だな。


 俺の簒奪者はさっきまでCランクだったのに対し、崩壊後奥多摩湖ダンジョンはSランク。

 ジョブとダンジョンのランクに開きがあるから熟練度が異常な速度で溜まったのかもしれない。

 普通の探索者はジョブを一つに絞るから、Sランクに挑戦する探索者のジョブはSランクであることがほとんどだろう。

 だから、CランクジョブをSランクダンジョンで育てたらどうなるか、という検証がなされていなくても不思議はない。

 やりたいと思っても気軽に試せるようなことじゃないからな。


「……そういえば、もうひとつあるな。ジョブの習熟度は、そのジョブにふさわしい行動をとったときに溜まりやすい、と」


 今俺は、簒奪者のアビリティで布袋を召喚し、戦わせている状況だ。

 逆に、これまでの道中では、ダークゲイザーへのデコイにする以外の目的でモンスターカードを切ることはなかった。

 戦い方としては、身体に染み付いた魔剣士のスタイルが軸になっていた。


「だとしたら……今の状況って、簒奪者の熟練度稼ぎに最適な状態なんじゃ……」


 戦闘は召喚した布袋に任せっきりだが、その布袋は俺の【権能簒奪】で呼び出したものだ。

 布袋の経験が、俺の簒奪者としての熟練度に繋がっている。

 さらには、その布袋が呼び出した無数のトレジャーホビットたちの戦いもまた、召喚者の召喚者である俺の熟練度に加算されている……

 もちろん、まだ確定ではないが、十分にありそうな話だよな。


「なら、このまま様子を見るか」


 戦闘開始から十分ほどで簒奪者のランクがCからBに上がった。

 道中の分を含めても、今の戦法換算で二、三十分でランクが上がったと見てよさそうだ。


 ランクアップに必要な熟練度は、ランクが上がるごとに4倍になると言われている。

 ランクが上がればダンジョンランクとジョブランクの落差が縮まるから、時間的にはもっとかかるかもしれない。

 それでも、ここで数時間も粘れば簒奪者のランクをBからAに上げられる。

 あわよくばSまで上げられるかもな。


 しかも、そのあいだにユニークボーナスの成長が何度か起こる可能性も高い。


「これは……放置だな。布袋には悪いけど」


 汗を飛ばしながらトレホビを呼び続ける布袋には悪いが、ここは楽をさせてもらおうか。





 それから七時間後。



《ジョブ「簒奪者」のランクがSに上がりました!》



「いよおおおおっし!」


 俺は【権能簒奪】でシェイドローパーのアビリティ【射影分身】を簒奪する。

 敵のアビリティの簒奪は、簒奪者のジョブランクがAになった時点でできるようになっていた。

 俺の手元に現れたカードには、「アビリティ【射影分身】」のタイトル。

 ラメやホロの入ったSSR仕様の豪華なカードだ。

 俺の【権能簒奪】でアビリティを失い、シェイドローパーの増殖が完全に止まる。


 そこからは――俺の出る幕もなかった。

 布袋の指示でトレジャーホビットの群れがシェイドローパーにたかっていく。



《敵を全滅させた!》


《経験値を得られませんでした。》


《53,040,000円を獲得。》


《「魔剣・シャドースレイヤー」を手に入れた!》



「おっ、魔剣!」


 これまで分身からの盗むでは「不死鳥の涙」と「崩壊後奥多摩湖ダンジョン第二層への魔鍵」しか手に入らなかった。

 ドロップ枠三枠目は盗む専用枠だと思っていたが、今回は普通にドロップしたな。

 ユニークボーナスが「モンスターからよりよいアイテムを得られる可能性が破格に高い」にまで成長した影響もあるだろう。



Item──────────────────

魔剣・シャドースレイヤー

実体を持たない相手にダメージを与えることができる。

実体を持つ相手へのダメージがそれなりに低下するが、実体を持たない相手へのダメージが著しく上昇する。

魔剣として扱うには対応するジョブが必要。

対応する魔法剣:アビスオープナー

影を断つ刃で冥界 への門をごくわずかな時間開放する。門は使用者を除く周囲のあらゆる者を吸引する。門の奥に吸い込まれた者がこの世界に戻ることはできない。

MP +12000, STR +21070, INT +21070, MND +10400, DEX +4230

────────────────────



「業物だな!」


 滅紫けしむらさきの湾曲した刃の先が、波紋のように脈打って、剣の切っ先は虚空に消えている。

 実体を持たない相手に特効なのは嬉しいが、普通の相手には攻撃力が落ちるのがネックだな。

 たとえそうだとしても、アビスオープナーを使えば弱いモンスターをまとめて蹴散らすことができそうだ。

 それに、俺の魔剣士はユニークボーナスで二刀流ができる。

 ストームコーラーとシャドースレイヤーの二本持ちにし、魔法の媒体は杖ではなく魔剣にするのもいいだろう。

 簒奪者のユニークボーナスで装備を一瞬で切り替えられるから、状況に応じてどちらかの魔剣を選んでもいい。


 えんえん七時間以上トレホビたちに分身から盗ませた結果、「不死鳥の涙」は145個、「崩壊後奥多摩湖ダンジョン第二層への魔鍵」は73個も手に入れた。


「おっと、こいつを装備しておかないとな」


 俺はマジックバッグから勾玉のようなもの を取り出して手にしっかり握り込むと、次の階層への黒いポータルに飛び込んだ。

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