番外編 南郷剛

番外編 南郷剛1

 四月二十日。日曜日。十一時三十分頃。同心北高校。


「先生。さようならぁ」 


 校舎から出ると一礼し、校門へ向かっていく女子生徒。


「お疲れさん。気をつけて帰れよ」


 教師である自身。スーツ姿の南郷なんごうつよしは、玄関前で生徒たちの見送りを行っていた。


「グッバイっ! モジャ先生!」

「バアアーイ!!」


 自転車に乗る陽気な男子生徒たちは、手を振り校門へと向かっていく。


「ちゃんと前を見て走るんだぞ」


 モジャ先生。これは自身の天然パーマが元で、生徒から付けられた愛称だ。生徒たちとの距離を縮めようと、可もなく不可もなく黙認している。

 しかし教頭からは『もっと教師として威厳を保つようにっ!』と言われ、行き過ぎた感は否めない状態である。


 しかし教師の仕事はもっと、楽だと思っていたのになぁ。


 教師になって八年。年齢にして三十二歳。本当なら、今日は日曜で休日。スナックで知り合った涼子ちゃんと、苦労の末に取り付けたデート日だった。

 しかしよりによって前日に、教頭から『教育委員会の視察がありますから。今回は南郷先生も同行してください』との命令。そのため待ちに待ったデートも、結果として白紙になってしまった。


 なぜこのタイミングで、私が視察の同行なんだ。涼子ちゃんの機嫌を損ねるし。弁明しようにも、電話に出てくれないし。

 教師と言えど、せめて日曜日くらいは。普通の社会人と同様に、休みにしてもらいたいものだ。


 胸の内で愚痴を言おうとも、所詮は雇われ教師。上の命令に逆らえないのは、どこの世界でも似たようなものであろう。


「もう完全下校の時刻になるな。ここまでやって見逃しも嫌だし。最後に少し、校内を見回るか」


 腕時計を確認すると、時刻は十一時四十分。玄関前から見える範囲に、生徒の姿は見えなくなった。

 となれば最終確認を兼ねて、校内の見回りへ行くことにする。



 ***



 札幌の中心地区に立地する、同心北高校。生徒数は千人を超える規模と多い。そのため全てを収めるため、校舎は三階建ての広い造りとなっている。

 校門から玄関を中心に、左右対称となる校舎。左側A棟を進学科。右側B棟をスポーツ科。それぞれが最適な教育を受けられるよう、教育者の創意工夫が施されている。


 残っている生徒は、さすがにいないかな。


 北海道において同心北高校は、随一の進学校として有名である。そのため学力水準の高さについて、疑う者はいないだろう。

 しかし近年においては、少子化により生徒数は減少。学校はどこもかしこも生徒を呼び集めようと躍起になり、同心北高校としても対策を講じざるを得なくなった。


 改築して綺麗になったのは、良いことだけれども。広くなったのは、見回る側としては大変だ。


 既存の進学科に加え、スポーツ科の新設。校舎も大きく改築し、離れには立派な体育館。加えて新たに部室棟も建設。敷地内には整備されたグランドに、テニスコートも増設された。

 進学校と言うこともあり、ブランドを大切にしていた同心北高校。新たな取り組みに、否定的な意見もあった。しかし今では革新的な改革を行う高校とし、世間にも広く認められつつある。


 まあ、一通り見回ったか。


 校舎を一周し玄関に戻ったところで、一つ気掛かりとなる場所を思い出す。


 そう言えば離れの、体育館と部室棟を見てなかったか。 

 校内は全て見回りをしたわけだし。残す場所なく、ちゃんと終わらせたいな。


 意外と律儀な性格もあってか。見て見ぬ振りをできず、体育館と部室棟へ向かうことにする。

 離れにある体育館。校舎とは渡り廊下を介して繋がり、対面には部室棟が建っている。


「ちょっと彩加! 早くしないとマズいよっ!」

「待って! 待って! あとはもう鍵を閉めるだけだからっ!」


 体育館の入口前で、口論をする二人の女子生徒。

 服装は白ベースに赤いラインが入ったジャージ。となればおそらく二人は、部活動を終えた生徒だろう。


「あー。そこのお二人さん。もう下校時刻は、完全に過ぎているよ」


 時刻は完全下校となる、十二時を過ぎた。しかし女子生徒たちは体育館の施錠を行い、未だ帰り支度をしているようだ。


「おお! モジャ先生だ! ゴメンね! 自主練をしていたら、遅くなっちゃって!」

「もう彩加っ! すみません。先生。鍵を閉めたら、すぐに帰りますからっ!」


 呼びかけに応じて振り返ったのは、一ノ瀬彩加と葛西かさい真弥まや。担当するクラスの生徒だった。

 茶色味あるセミショートの髪に、黄色のカチューシャを付けた一ノ瀬。灰色味あるボブヘアーの髪に、星形の髪留めをした葛西。


 これは、また。残っていたのが、担当する生徒たちだったとは。


 悪気なく笑顔を見せる一ノ瀬に、急ぎ鍵を閉める葛西。


「ん。まあ、視察は十三時からだから。特に問題はないんだけど。まあ、それはそれとして。決められた時間は守るようにね」

「了解!」

「すみません」


 注意に対しても一ノ瀬は明るく、葛西は申し訳なさそうに頭を下げていた。

 二人の帰り支度を待ちつつ、注意は隣の部室棟へ。そこには壁を背に、一人の生徒が立っていた。


 あー。まだ他にも、残っている生徒がいたのね。


「おーい。そこの君。何をしているのかな? 下校の時刻は、とっくに過ぎているのだけど」


 二人の女子生徒から離れ、一人で立つ男子生徒の元へ。


「すみません。友人に一緒に帰ろうと誘われて。部室棟前で待たされていたんです」


 顔を向け答えたのは、パッツン頭の男子生徒。

 乱れなく着用された学生服に、似合う理知的な丸眼鏡。髪色は完全な黒。一見しては模範生と判断するに、相違ない人物だった。


「あーあ。そぉなの」


 なら、もう一人はいるわけね。


「おい! 伊東! 早く出てこいよっ!」


 待たされている挙句に、咎められた男子生徒。結果に怒りを覚えたようで、声を大きく更衣室の扉を叩き始めた。


「悪い! 悪い! もう行くからっ! ちょっと待ってくれ!」


 催促を受け慌てて出てきたのは、茶色の髪を軽やかにセットした男子生徒。伊東君なる人物だった。

 服装は女子生徒たちと同様に、白ベースに赤いラインが入ったジャージ。こちらもまた、部活動を終え間もないのだろう。


「君たちも、下校の時刻は過ぎているからね。早く帰宅するように」

「すっ、すみませんっ!」


 注意を受けて伊東君は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 そして待っていた男子生徒と合流し、校門へと向かい歩き出していく。


「全く。こんな事なら、待つんじゃなかったっ!」

「悪かったって! 謝ってんだから許してくれよ」


 怒りをぶつける男子生徒と、平謝りに徹する伊東君。


 まぁ、これで見回りは終ったね。

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