第20話 出発日和
「うっ……うーん」
窓から差し込む、朝の日差し。顔に直撃しては、眠りを妨げられた。
もう少し場所を選べば良かったな。こんな形で起こされるなんて。
事務室の床で寝たとはいえ、望まぬ形の起床。寝ることが好きな身としては、後悔が残るところだった。
理想的な目覚めは、自然起床。学校ある平日は、制約あり致し方ない。しかし予定ない休日となれば、時間に捉われず起床する。それが贅沢で、至福のときだった。
あれ? 夕山がいないな。もう起きて、どこかに行ったのか?
事務室の隅で横たわる老人に、机の死角を利用し眠る啓太。ソファを使用する美月とハルノは発見できるも、夕山の姿だけは見つからなかった。
まだ六時前か。みんな疲れているだろうし。起こさないほうが良いよな。
時刻は六時前と、朝も早い。一日を乗り越えるために、休息の時間は必要。
となれば起こすことは避け、姿ない夕山を探しに行くことにする。
***
居るだろう場所は、予想がついていた。脱出の肝となる、非常口。その様子が確認できる、三階の角部屋だろう。
「蓮夜も早いね。それにしても、今日は良い出発日和だよ」
予想通り角部屋には、窓際に立つ夕山がいた。
「どうだ? 外の様子は?」
問いに対し、無言で指差す夕山。良い出発日和とは、外の様子を差していたようだ。
非常口前で群がり、青空駐車場で徘徊していた屍怪。一夜を跨いだ今となっては、その存在もどこへやら。一体たりとも、姿はなくなっていた。
夕山や老人が言った通り。本当にどこかへ……行っちまったみたいだな。
「これなら問題なく、出て行けそうだな」
屍怪がいなくなったとなれば、外への脱出も容易そうである。
「それにしても、蓮夜が本物の刀を持っていたなんてね。驚きだったよ。どこで手に入れたの?」
興味深そうに、入手経路を問う夕山。畑中さんの一件で、刀が本物と知ったようだ。
正直に話しても良いんだけど。俺の話で済まないからな。
と言うか普通に考えれば、刀を持っている状況なんてまずない。ハルノに迷惑はかけたくないし。上手く説明しねぇと。
「預かり物なんだ。俺も昨日までは、本物だと思ってなかったさ」
最低限の情報のみで、説明。
「へぇ。そうなんだ。良かったら少し、見せてくれないかな? 本物の刀に触れる機会なんて、滅多にないだろうからね」
夕山は詳細を気にせず、刀を見たいと切望した。
減るわけでもないし。見せるくらいなら、別に構わないよな。
「いいぜ。ほら」
刀を受け取った夕山は、刀身から柄。それに鞘まで、目を輝かせ眺めている。
そういえば俺も、まだきちんと刀を見ていなかったな。
これから先。困難を一緒に乗り越えていく、相棒とも言える存在だ。あとで見て、手入れもしねぇと。
「お二人とも。ここに居らしたんですね。少し早いですけど。朝食にしませんか? もう準備も出来ると思うので」
呼びにきたのは、美月だった。どうやら全員起床したらしく、朝食も出来るらしい。
「良い刀だね。僕も刀には、興味があったんだよ」
刀を鞘に収め、返還する夕山。一通り見ては触れ、一応は満足したようだ。
夕山は元剣道部だし。刀に興味があっても、不思議はないよな。
と言うか『刀』と言われれば、男なら一度は興味を持ったことがあるか。
「朝食が出来るみたいだし。下に戻ろうぜ」
刀を受け取り、三人。朝食のため、事務室へと戻った。
***
「ふああぁあ。ああっ! 戻ってきたじゃん。もう並べていいんじゃね?」
ソファで寛ぐ啓太は、欠伸をしながら呼びかけた。
「あんたもっ! 少しは手伝いなさいよっ!!」
給湯室で朝食の準備をするハルノは、何もしない啓太に業を煮やしたようだ。
投げられた、空き缶。一直線に宙を進んでは、啓太の元へ向かっていく。
「カンっ!」
乾いた音を響かせ、空き缶は後頭部に直撃。
「痛えっ!」
不意の一撃を受け、啓太は前のめりに撃沈。それはまるで新喜劇の一場面のよう、とても見事な倒れっぷりだった。
全く。朝から、何をやってるんだよ。
「この空き缶。結構な硬さじゃん。言っても、やり過ぎじゃね?」
空き缶を持った啓太は、過剰であると糾弾。
「何度も言ったじゃない。手伝ってって。口だけで何もしない。あんたが悪いのよ」
対するハルノは、己の正当性を主張。
「そんな……殺生なっ!!」
取り合われない話に、啓太は嘆いていた。
「ふふっ」
不毛なやり取りに、美月は笑っている。
何気ない日常を、彷彿させる一場面。自然と頬が緩んでは、穏やかな気持ちになったようだ。
「俺も手伝うよ。テーブルに並べれば良いんだろ」
自主的に、手伝いの申し出。給湯室には、すでに朝食が出来上がっている。
やっぱり食事は冷たいより、温かいものに限るな。格段に美味く感じるぜ。
朝食は缶詰にインスタント食品と、即席となるものがメイン。
それでも温かい味噌汁に、ご飯。温かさが味覚に与える影響は大きく、文明の偉大さを身に染みて感じる結果となった。
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