第二章第57話 キマイラとの死闘(後編)

『ディーノ!』


 吹っ飛ばされている俺の耳にフラウの悲鳴が聞こえてくる。


 そのまま地面に叩きつけられるとそのまま何回か地面を転がって俺はようやく止まった。


『避けてっ!』


 フラウの声に反応して慌てて俺は地面を転がるとすぐに俺がいた場所をキマイラの前脚が抉ってきた。


 あ、危なかった。


 俺は何とか起き上がるとそのままキマイラに正対する。


 大丈夫。まだ動ける。


 それなりにダメージはあったと思うが、断魔の鎧の防御力に加えて HP が身代わりになってくれたおかげもあるだろう。


 だが、問題は鉄の槍がひしゃげて折れ曲がってしまっていることだ。


 ああ、もしかしると致命傷を負わずに済んだのはこのおかげもあるかもしれないな。


 しかし、槍なしでどうやって戦えば……。


『ディーノっ! あたしを召喚してっ! 応援するよっ!』


 そうだ。その手があった。虎の子ではあるがここで使わずにいつ使うというのか!


「フラウ! 頼むぞ!」


 召喚したフラウは俺の後頭部にしがみついてきた。軽いフラウの体重を受け止めて髪の毛が少しだけ後ろに引っ張らたのを感じる。


『いくよっ! ディーノっ! 負けるなっ! 頑張れっ!』


 そう応援してもらった瞬間、俺は何となく体が軽くなったような不思議な感覚に包まれた。


 これが……フラウの応援か!


「ありがとう。フラウ。今度こそ!」


 俺は折れ曲がった鉄の槍を投げ捨てると断魔の聖剣を抜き放つ。


 よし! 行ける!


 なぜかはわからないが、フラウの応援を受けた今ならこのキマイラに勝てる気がするのだ。


「行くぞ!」


 俺は自分を奮い立たせるようにそう呟くと、キマイラとの距離を一気に詰めた。


 フラウの応援のおかげで突然素早くなった俺の動きはキマイラにとっても予想外だったらしい。


 攻撃をバックステップで避けようとしたキマイラは間合いから出ることができず、俺の振り下ろした一撃が浅く顔面をとらえる!


 たしかな手応えと共にキマイラの顔面に一筋の傷がつき、そこから鮮血が溢れだした。


 先ほど当てた水の槍による傷と相まって、その顔面はひどい状態になっている。


 よし! いける!


「グガァァァァァァァァ」


 だがキマイラは傷をつけられたことで逆上したようだ。今までで一番怒りのこもった咆哮を上げるとキマイラは火の玉を大量に撃ち込んできた。


 これは……!


 今までの俺だったら守り一辺倒になっていただろう。


 だが、今の俺にはキマイラに接近する道が見える。


 ああ、なるほど。


 ベヒーモスの電撃に怯まず、まるでその合間を縫うようにして向かっていったエレナはこんな感覚だったのか。


 俺は感じるままに大量の火の玉に向かって突っ込んだ。断魔の盾を使って自分に命中するものだけを弾きながらキマイラの懐へと向かって踏み込んでいく。


 エレナのように無傷とはいかなかったが、それでも何とか致命傷を負うことなく間合いに入り込んだ。


 そんな俺に対してキマイラは雄たけびを上げながら前脚を横に大きく振るって攻撃をしてきた。


 だがフラウの応援を受けた俺はそんな見え見えの攻撃を喰らうことはない。


 冷静にその攻撃を躱すと下からキマイラの首筋に思い切り断魔の聖剣を突き刺した。


 確かな手応えと共に断魔の聖剣はキマイラの首筋を貫通する。


「ゴ、グ、ガ……」


 キマイラははじめて苦しそうな声を出したが、ここで容赦してやるわけにはいかない。


 傷を広げるように剣をぐりぐりと動かし、そして引き抜いてすぐに飛び退る。


 その直後、すぐにキマイラの首筋の傷からは大量の血が噴き出した。


「ガ、グ、グルルルル……」


 それでもキマイラは俺を睨み付け、そして攻撃をしようと火の玉を作り出した。


「水の槍!」


 俺はそれが放たれる前に水の槍を撃ち込んだ。その直撃を顔面に受けたキマイラは頭の一部が吹き飛び、まるで燃えているかのようだったたてがみも完全に鎮火したような状態になっている。


 おお。まさか魔法の威力もここまで上がるとは。


「ギ、ガ、グルル……」


 どうやら雄たけびを上げる力も残っていないのだろう。


 先ほど放とうとした火の玉は霧散し、キマイラは力なく地面に突っ伏しながらも怒りのこもった目で俺を睨み付けてきている。


 それと尻尾の蛇もぐったりとなっているところをみるに、体が傷つけば尻尾も力を失うようだ。


「お前も、悪魔の被害者なんだろ? だから、ここで解放してやるよ」


 動けないキマイラのもとへと歩み寄ると、首筋を目掛けて思い切り剣を振り下ろした。


 ドシュッ。


 頭と胴体が離れ、それからやや鈍い音と共にキマイラの首が地面に転がった。


 すると次の瞬間、キマイラの全身から黒いもやのようなものが立ち昇る。


 やがてキマイラの体はバラバラになり、悪魔が合成したであろう元の動物の死骸へと分裂した。


 ライオン、コブラのようなヘビ、巨大な蝙蝠、そして小さなドラゴン。


 それらの死体は魔石も残さず、砂となってさらさらと崩れ落ちていく。


 ……外道なことだ。


 こいつらはただ単に生きていただけのはずなのに。


「ディーノ、ありがとう」

「ああ。こんなこと、許しちゃいけないよな」

「……うん」

「悪魔は……俺が倒すよ」


 それがきっと、俺が断魔の聖剣なんていう装備を手に入れた意味なんだと思う。


 俺にはエレナのような才能はないけれど……。


 でもフラウがこうして応援してくれていれば俺はきっと大丈夫だ。


「うん。でもその前に、早くエレナを助けよう?」

「ああ、そうだな」


 そう返事をしたところで、俺は自分の MP が尽きたのを感じたのだった。


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次回「第二章第58話 悪夢」は通常通り、2021/05/28 (金) 21:00 の公開を予定しております。

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