第二章第32話 カリストの教え

2021/04/14 誤字を修正しました

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 カリストさんが小走りに近づいてきた。するとエレナがすっと前に出る。


「はじめまして、カリストさん。私はディーノの幼馴染で王立高等学園の一年のエレナと申します」


 エレナが先ほどまでとはうってかわって丁寧な口調と仕草でそうカリストさんに挨拶をした。


「はじめまして。僕の名前はカリスト。サバンテ支部所属のCランクパーティー『蒼銀の牙』でリーダーをしているよ。支部長から見習いになるエレナちゃんの指導を任されたんだ。よろしくね」

「こちらこそ、ご指導のほどよろしくお願いします」

「うん。話は聞いているよ。突然指導依頼を受け取ったときは驚いたけど、ディーノ君の幼馴染なら喜んで引き受けさせてもらうよ」

「ありがとうございます」

「まずは、そうだね。お仕事の説明をしようかな」

「お願いします」

「エレナちゃんには僕たちと一緒に迷宮の攻略に挑んでもらうんだけど、これは聞いているかな?」

「はい」

「うん。迷宮攻略はとても危険な仕事だけれど、迷宮を滅ぼさなければサバンテの町はいずれ魔物に飲み込まれてしまうんだ。だからとてもとても大切な仕事なんだよ」

「はい」


 エレナは神妙な面持ちでカリストさんの話を聞いている。


「迷宮攻略をするにあたって、一番大切なことは何だかわかるかい?」


 尋ねられたエレナは少し考えるそぶりを見せる。


「そうですね。やはり魔物を倒すことでしょうか?」

「それももちろん重要だけれど、一番大切なことは無理をしないことだよ」

「無理をしない?」

「そうだよ。どうしてだかわかるかい?」

「……帰れなくなってしまうから、でしょうか? 家族が待っている人もいるでしょうし」

「そうだね。帰れなくなってしまったら、家族を悲しませてしまう。でも、実はそれが理由じゃないんだ」


 エレナは神妙な面持ちで耳を傾ける。


「たとえば、だけどね。もし誰かを犠牲にすることで先へ進める状況になったとしても、僕たちは必ず撤退を選ぶんだ。どうしてだかわかるかい?」

「……いえ、わかりません」

「それはね。迷宮内で倒れた人は迷宮の糧となってしまうからなんだ。せっかく犠牲になって道を切り開いても、その人の死が迷宮を成長させてしまってはその犠牲は無駄になってしまうんだよ」

「そんなことが……!」


 どうやら王都の学園でもこういったことは教えられていないらしい。


「だから、力のある人であればあるほど無理をしてはいけないんだ。君は強いギフトを持ったとても力のある剣士だと聞いているからね。君がもし迷宮の糧とされてしまえば、サバンテのみんなが魔物に殺される。それくらいの危機感を持って臨んで欲しいし、それができないなら後方支援をお願いするしかなくなってしまうんだ」

「わかりました。大丈夫です。できます。絶対に無理はしません」

「うん。分かったよ。ところで聞きたいんだけど、どうしてロベルトは訓練場の真ん中に座り込んでいるんだい?」

「それは――」


 俺はことのいきさつを説明した。


「なるほど。『剣姫』という特別なギフトを授かったエレナちゃんには、普通の人は弱くて下らない存在に見えてしまうのかもしれないね」


 エレナはカリストさんの顔を真っすぐ見ながら話を聞いている。


「でもね。普通の人はエレナちゃんのように特別なギフトを授かっていないんだ。だから、エレナちゃんが当然できることは普通の人には当然ではないんだよ」

「……はい」


 エレナはそう言ってはいるが、あまりピンと来てはいない様子だ。


「エレナちゃんはどうして普通の人が難しいって感じるのかは理解できないことなのかもしれないね。でも、どうしてそう感じるのかということを少しだけでいいから考えてあげて欲しいかな。今はまだ難しいかもしれないけれど、きっとエレナちゃんにも理解できるときがくると思うよ」

「そう、なのでしょうか?」

「きっとね。そしてその時はきっと、エレナちゃんは神様から授かったその『剣姫』という素晴らしいギフトをどう使うのか考えることになるだろうね」

「どう使うか、ですか?」

「そうだよ。僕はね。エレナちゃんがその時に、力を持たない普通の誰かを助けるためにその力を迷わず使える人に成長して欲しいと願っているよ」

「力を持たない……普通の誰かのため、ですか……」

「そうだよ。それに人はギフトを選ぶことはできないけれど、人生を選ぶことはできるんだ。だったら、せっかく頂いたギフトを誰かのために役立てられたなら幸せな人が増えるだろう?」

「役立てる……幸せ、ですか」

「そうだね。でも今は分からなくて当然だよ。まだエレナちゃんは学生なんだ。これから多くのことを経験して、たくさん傷ついて、そうして一歩一歩成長していく段階なんだ」

「成長……はい」

「せっかく、真面目に頑張ることが取り柄の幼馴染がいるんだ。一緒に支え合って、二人で成長していけばいいんじゃないかな?」

「! はい!」


 エレナは何かが腑に落ちたようで、元気よく返事をした。


「さて、それじゃあ、少し僕とも手合わせをお願いできるか?」

「はい!」


 こうして二人は訓練場の中央へと向かうのだった。


◆◇◆


「まず、手合わせをする目的だけどね。迷宮へ潜ったとき、エレナちゃんに何を任せるのかを判断するためだよ」

「はい」

「エレナちゃんは剣士だから近接戦闘職というくくりになるね。その場合は大きく分けると二つの役割があって、先陣を切って魔物を倒す役目とパーティーの要である後衛を守る役目だ」

「はい」

「それじゃあ、僕に打ち込んできてもらえるかい?」

「わかりました。では!」


 剣を構えると目にも止まらぬ速さでカリストさんとの距離を一気に詰め、舞でも舞っているかのような華麗な動きでカリストさんに連撃を叩き込んでいく。


 カリストさんもその連撃をいなしてはいるものの、俺の目にはややカリストさんの旗色が悪いように見える。


「はっ!」


 カリストさんはエレナの剣をがっしりと受け止めるとその剣ごとエレナの体を強く弾き飛ばした。


 大きく吹っ飛ばされたエレナはくるりと一回転して着地すると再び距離を詰める。


「あっと、ストップ! もういいよ」

「はい」


 カリストさんが慌てて制止し、エレナもそれに反応してピタリと止まった。


「今のは全力ではなかったよね?」

「そうですね。アーツも使っていませんし」

「そうか。わかったよ。エレナちゃんは先陣を切って魔物を倒す役割をお願いするよ。今の感じだと、一撃の威力よりも手数で攻めるスタイルのようだしね。あと、重たい一撃を受け止めるのは苦手だよね?」

「はい。どうしても体格で勝る相手に力比べをするのは苦手です」

「それは体格的に仕方がないことだよ。それに、ギフトの性質もあるのかな? ただそのスピードと技術は素晴らしいし、それに何より特筆すべきは目だね。本当に良く見えていると思うよ」

「ありがとうございます」

「エレナちゃんの戦闘技術はもうすでにトップレベルだからね。あとはしっかりと迷宮の雰囲気と集団行動に慣れればみんなを引っ張っていけるエースになれると思うよ」

「はい。頑張ります」


 エレナがちゃんと生徒をしている。こんなに謙虚に他人の話を聞くとは……。


 もしかしてエレナは変わったのか? いや、でもロベルトさんに対するエレナは相変わらずだったしな。


 そんなことを考えている間にカリストさんはエレナとの話を終える。


「それじゃあ二人とも、休暇明けからよろしくね」

「はい」

「よろしくお願いします」


 カリストさんは挨拶をして訓練場を出ていった。


「カリストさんってあんまり強くなかったわね。やっぱりあのオカマだけがおかしかったみたいね」


 ダメだ。やっぱりこいつ、変わってない!


「お、おい! エレナ!」

「何?」

「カリストさんにそんな!」

「何よ? 大体、カリストさんだってあたしに勝てないってわかっていたはずよ。そうじゃなきゃあのタイミングで止めないもの」

「う……」

「大体ね。学園の先生たちだってもうあたしより弱い人ばっかりよ? だから弱い人に教わるのは気にならないの。弱っちいくせにイキってるやつには教わりたくないけどね」

「そう、なのか……」


 俺には全く縁のない話だ。それに、ロベルトさんと戦うことになったのはお前が所かまわず暴言を撒き散らしたからじゃなかったか?


「そんなことより! さっさとあんたの修行の続きをするわよ! そんな弱っちいくせに迷宮なんかに行ったらすぐ死ぬもの」

「え?」

『がんばれっ! ディーノっ!』

「え? フラウまでエレナの味方!?」

「あら。フラウもあたしに味方してくれたの? ふふ。わかってるわね」


 エレナはそう言うと楽しそうに笑った。


「あたしはいつでも正しいの。ディーノのくせにあたしに口答えするなんて百年早いわ」


 待て! その理屈はおかしい。


「お、おい。エレナ」

「いいからさっさと剣を持ちなさい! ほら!」


 俺の抗議は結局受け入れられず、そのまま夕方までみっちりとエレナにしごかれたのだった。

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