第二章第29話 仲直り
え? え? 何だ? 一体何が起こってるんだ?
あのエレナが俺に謝ってきただと!?
もしかして、たったあれだけの時間でエレナを改心させたのか?
フラウは一体どんな魔法を使ったんだ?
「ちょっと! 何変な顔してんのよ! いいから早く肩を貸しなさい。あのオカマにやられてあたしは辛いの」
いや、訂正だ。こいつの自分勝手なところは何も変わっていない。
そう思って言い返そうと思ったが、目の前でボロボロになって木剣を支えにしながら辛そうにしているエレナの姿に気が変わった。
まあ、素直に謝ってきたしな。これからは殴らないって言ってるし、ちょっとくらいは信じてみるのも悪くはないかもしれない。
今まで会うたびに殴られていたが、そんな奴でもエレナは幼馴染なのだ。
そう考え直した俺はエレナの前にしゃがんだ。
「ほれ。おぶってやるよ。トーニャちゃんにあんだけやられてたんだ。歩くのも辛いんだろ?」
「……」
しばらく
「……硬い」
「そりゃあ、鎧を着ているからな。迷宮帰りなんだから仕方ないだろ」
そう答えた俺はゆっくりと歩きだす。背負ったエレナの体は驚くほど軽く、あれほどの大技をバンバン放っていたとはとても思えない。
こうして弱っている姿は年相応の女の子なんだよな。中身はアレなわけだが。
「いつの間に……冒険者になんかなったのよ……。弱っちかったくせに」
「フラウのおかげかな。エレナが王都に行ってからギフトを使ってさ」
「……うん」
「そしたらフラウが来てくれだんだ。それからずっと俺のことを励ましてくれてさ。冒険者になって稼げるように、良い暮らしができるようにって。フラウは俺のことを命がけで応援してくれたんだ」
「フラウは……いい子よね」
「ああ。俺もそう思う。だから、俺はフラウのために精霊花の蜜をもう一度手に入れたいんだ」
「精霊花の蜜? あ! たしかミゲルがおかしくなったやつよね? 危険じゃないの?」
「もともと、あれは妖精のための食べ物なんだよ。それを人間が勝手に食べたからああなったらしい」
「そう……」
何を思ったのかは知らないが、背中のエレナが少し身じろぎしたのを感じた。
それから俺とエレナの間には沈黙が流れる。
そのまま会話を再開するきっかけを掴めずに受付のあるエントランスホールに到着してしまった。トーニャちゃんとセリアさんが俺たちを待っていたようで、すぐに声を掛けられた。
「その様子なら仲直りできたみたいねン。それじゃあ、奥に来てもらうわよン」
「はい」
こうして俺たちは支部長室へと通されたのだった。
◆◇◆
「おいおい。一体何なんだ? この状況は」
支部長が眉間に皺を寄せながらそう言うと大きなため息をついた。心なしか白髪が増えており、生え際も少し後退しているような気がする。
「このじゃじゃ馬ちゃん。決闘であたしの部下になったのよン。だから、学生の見習い冒険者制度を使ってカリストちゃんあたりに指導してもらうわン」
「兄貴。頼むから俺の仕事を増やさないでくれ。噂の剣姫をボコボコにしてギルドが囲ったなんて知られたら領主に何を言われるか」
「ちょっと、アタシのことはお姉ちゃんって呼ぶように言っているでしょン? ほら。お、ね、え、ちゃ、ん♡」
「勘弁してくれ。それで、どうしてこうなったんだ?」
「何だかよく分からないけど、ディーノちゃんを殴ろうとしていたから止めただけよン。決闘もアタシが言い出したんじゃなくてそこのじゃじゃ馬ちゃんが言い出したことよン」
支部長は再び眉間に深い皺を刻むとセリアさんに確認する。
「……本当か? セリア」
「え、ええ。そう、ですね。嘘は言っていませんが、アントニオさんもいつもの調子でからかっていましたから……」
すると支部長は「またか」と呟いて頭を抱えた。
どうやらトーニャちゃんはあちこちで似たようなことをしているようだ。
支部長は深いため息をつくと今度はエレナに尋ねる。
「それで、剣姫さんはそれで良いのか?」
「……私は負けましたから」
エレナは悔しさを滲ませながらもそう答えた。
その返事を聞いた支部長は再び盛大にため息をつくとセリアさんに指示を出した。
「仕方ない。セリア。見習い登録をしておいてくれ。それから、カリストに指導の依頼だ」
「はい」
「それから、剣姫さんよ。冒険者の仕事は一にも二にも信頼だ。そこの断魔だって強いから昇格したんじゃねぇ。毎日毎日必死に下積みの努力を重ねて、周りの連中の信頼を勝ち取って昇格したんだ。いくら剣姫さんが強くたって、人格がなってなけりゃ昇格できないどころか追放だってあり得るからな」
支部長のそのセリフにエレナは神妙な面持ちで頷く。
「よし。じゃあ、解散だ。兄貴は残ってくれ」
「アタシのことはお姉ちゃんと――」
「勘弁してくれ。ほら。お前らも行け」
「は、はい」
こうして俺たちは支部長室を追い出された。
『支部長さん。お姉ちゃんって呼んであげれば良いのにねー』
「(まあ、それはそれで言いづらいんだと思うぞ)」
『そっかなー。呼ばれたいように呼んであげれば良いのにねっ。トーニャちゃんが可哀想だと思うな』
俺がフラウとそんな会話をしていると、セリアさんが声をかけてきた。
「あの、ディーノさん。先ほどはお渡ししそびれてしまいましたがこれを」
「あ、フラウのクッキーですね。ありがとうございます。セリアさん」
『あっ! そうだーっ! あたしのクッキー! ありがとうっ!』
俺が包みを受け取ると、フラウは包みに近づいてそれを見つめて満面の笑みを浮かべる。
「フラウも『ありがとう』って言っています。ここにいて、喜んでいますよ」
「まあっ! そうですか。あの、それでフラウちゃんは……」
「あ、すみません。実はさっき召喚してしまいましてもう MP が……」
「……そうでしたか。それは残念です」
フラウとお話ができると思っていたであろうセリアさんはしょんぼりと俯いてしまったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「フラウちゃんは今ここにいるんですよね?」
「はい。ここにいますよ」
「それじゃあ、フラウちゃん。今度会ったらおしゃべりしましょうね」
『うんっ! いっぱいおしゃべりしようねっ!』
「フラウもおしゃべりをしたいそうですよ」
「ええ。きっとですよ」
セリアさんが笑顔を浮かべる隣でようやく歩けるようになったエレナはバツの悪そうな表情を浮かべている。
え? もしかして自分のせいでセリアさんがフラウと話せなくなったと思って責任を感じているのか?
いや、まさかな。あのエレナだ。そんなはずがない。あいや、でもあの様子を考えるともしかして……。
いやいや。エレナだぞ? いや、でも……。
俺は考えがまとまらぬままギルドを後にしたのだった。
================
次回更新は通常通り、2021/04/02 (金) 21:00 を予定しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます