第31話 生存者

 ディーノたちが残党狩りのために北の森へと足を踏み入れた頃、再びメインの巣へとやってきた領主軍はブラッドレックスの魔石を使って人間の力を奪う結界を破壊した。


 轟音と共に砕け散った結界を見た指揮官は意気揚々と命令を下す。


「よし、成功だ。今度こそゴブリンどもに目にもの見せてやれ!」

「「「「はっ!」」」」


 そしてその命令で領主軍の兵士たちはゴブリンの巣へと攻撃を始め、次々とゴブリンを蹂躙していく。


 それから程なくして指揮官のところへ巣の壊滅に成功したとの報告が届いた。


「ふむ。ずいぶんと呆気あっけなかったな。結界を張ったと思われるゴブリンはどいつだ?」

「いえ。そのような存在は確認できませんでした。この巣の主は大型のゴブリンメイジだったようですが、それも特に苦戦することなく討伐できました」

「変異種か? いや、であればもっと苦戦するはずだな」

「はい。ただ単に体が大きく、魔力もゴブリンメイジにしては少し高いだけといった程度でした」

「そうか……」


 それから指揮官は少しの間目をつぶって思案したような素振りをみせ、そしてすぐに決断を下した。


「よし。それの確認をしよう。他に候補がいないのであればそれが結界を張った個体だろう」

「ははっ!」


 指揮官は部下を引き連れて巣の中心部へと向かった。そして巣の中心付近に転がる大型のゴブリンメイジの死骸を確認する。


「なるほど。確かに大型ではあるな。魔石はどうした?」

「はっ。ただいま」


 部下の一人が手早くゴブリンの体から魔石を取り出す。


「ふむ。魔石も通常の個体よりは大きいな。となると、やはり結界はこいつの仕業だろう。そして我々の結界破壊に対抗して魔力を使い果たしたと考えるのが妥当だろうな。よし、ゴブリンどもの魔石を回収したらここを焼き払って帰還する」

「ははっ!」


 指揮官の命令に部下たちはテキパキと従う。


「指揮官殿! 生存者を発見いたしました! 我々の雇った傭兵です!」

「何!? 何故ゴブリンの巣に居ながら生きているのだ?」

「そこまでは……」

「……まあいい。生きているのなら連れ帰り牢屋に放り込んでおけ。罪状はそうだな。とりあえず敵前逃亡でいいだろう。そして何があったのかを吐かせろ」

「ははっ!」


****


「ううっ。ここは? 俺は?」


 フリオは薄暗い牢屋のごつごつとした硬いベッドの上で目を覚ました。


「俺は、どうして生きているんだ? ゴブリンどもに……」


 そう言いかけた彼の顔は恐怖に歪んだ。


「そうだ。何か声が聞こえたような……」


 そう呟くと彼はぼんやりと天井を見つめた。それから起き上がろうとしたところでジャラリという音がしてようやく自身の手足が鎖で拘束されている事に気付いた。


「え? どうなっているんだ?」


 状況が理解できずに驚きの声を上げた彼の様子に気が付いたのか、牢屋の外から声が掛けられた。


「お、起きたな?」

「……ここは? あんたは?」

「ここは領主軍の詰所の地下牢だ。俺はここの見張りとお前の取り調べを担当する騎士だ」

「え? 地下牢? どうして俺が?」

「どうしてもこうしても、ゴブリンの巣に突入したのに生きているなんておかしいからな。お前は脱走兵として尋問されるんだよ」

「え?」

「嫌ならさっさとあの時何があったのかを吐け。脱走兵は例外なく死刑だが、場合によっては奴隷落ちで済むかもしれないぞ?」

「し、死刑? 奴隷? お、俺が?」

「ほら、いいから早く吐け。こうやって優しく聞いている間に吐いた方が楽だぜ?」


 尋問官の男はそう言うとニヤニヤと笑いながら手に持った鞭で地面を叩く。パシンという音が薄暗い地下牢に響き渡る。


「お、俺は知らない! あの日ゴブリンの巣に突入したと思ったら突然体が動かなくなって、それで! それで! 気付いたらここに!」

「嘘を言うな!」


 パシーン、と音を立てて鞭が地下牢の地面を叩く。


「ほ、本当だ! 知らない! 俺は知らないんだ!」

「嘘をつくな! どうやってゴブリンの巣で生き延びた!」

「俺は知らない――」

「黙れ!」


 そう怒鳴りつけると尋問官は牢屋の鍵を開けると中に牢屋の中に入ってきた。そしてフリオのベッドサイドに立つと思い切り鞭を振るう。


「ぐあっ! 本当だ! 俺は知らないんだ! 気付いたらここに!」

「黙れ!」


 そして彼はフリオを何度も何度も執拗に鞭で打ち付ける。その度にフリオは悲鳴を上げ、その悲鳴のたびに尋問官の顔には愉悦の表情が浮かぶ。


「お、お願いします。助けて……」

「ああ、これじゃあ死刑だなぁ。ふ、ははははは。これだから尋問官はやめられねぇ。どうせ処刑されるんだ。精々いい悲鳴を聞かせてくれよぉ?」


 懇願するフリオに狂った表情を浮かべて尋問官がそう答えた。


「そん……な……ぐあっ」


 再び鞭で打たれたフリオは悲鳴を上げる。こうして地下牢では延々と見るに堪えない拷問が行われたのだった。


****


「うう、どうして俺が……」


 拘束されて動けないフリオはベッドの上で小さく呟いた。


 その体は何十か所、いや何百か所と鞭で打たれ、あちこちから血が滲み出ている。


「あの、野郎……」

『憎イ、カ?』


 突如聞こえたその謎の声の問いにフリオは迷うことなく頷いた。


「ああ、憎いよ。殺してやりたい」

『ナゼ、殺サナイ?』

「俺には力が……」

『チカラハ、アルダロウ?」


 そう言われたフリオは唐突に理解した。自分の内に力が宿っているということを。


 ハッとした表情を浮かべ、それからくつくつと忍び笑いする。


「ああ、そうだ。俺には力がある。こんなもの!」


 フリオの体から黒く禍々しいオーラが漂い始め、そして四肢を拘束していた鎖は音もなく崩れ去った。


 そしてゆらりと立ち上がるとゆっくりと歩き出す。鉄格子をも塵へと変えたフリオは牢屋の前の椅子でうたた寝をしていた尋問官の前に立った。


 フリオは拳を握りこむと尋問官の顔面に思い切り叩きつける。


「ぐあっ。な、なんだ?」


 尋問官の男はフリオの拳で目を覚ましたが状況を把握でいていないようで困惑した表情を浮かべている。


「さっきは良くもやってくれたな」


 ズズズ、とフリオの体から黒く禍々しいもやのようなものが現れ、そして尋問官の男に絡みつく。


「な、何だこれは! う、動けない!?」

「ははは。良いザマだな。オラッ!」


 フリオは近くに置いてあった鞭を手に取ると先ほど尋問官にやられたことをそっくりそのままやり返す。


「ぐあっ! やめろ! 貴様! こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」

「ああ、思っているさ。俺には力があるんだ。まずは俺を置いて逃げやがった軍のクソどもを皆殺しにしてやる」


 強い憎悪を宿したフリオの瞳は赤く妖しく輝いた。


 それを目の当たりにした尋問官は思わず「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。


「ハハハハ。まずはお前からだな」

「た、たすけ……」

「そう言われた奴を助けたことなんてないだろう?」

「あ、あ、あ……」

「死ね」

「バ、バケモぎゃぁぁぁぁぁ」


 尋問官の言葉が最後まで発せられることは無く悲鳴へと変わった。


 尋問官の身に纏わりついた黒い靄がはっきりとした輪郭を持つとその全身を締め付ける。


 そしてブチリ、と嫌な音と共に尋問官の体は弾けたのだった。


「ハハハハハ。これが力だ! そうだ! この力さえあれば!」


 愉悦の表情を浮かべたフリオは赤い瞳をらんらんと輝かせ、そしてゆっくりと歩き出したのだった。

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