第83話番外編.黒(歴史の)騎士物語8

吹雪中を突破したかったが日没の時間が迫っている。

忍び寄る暗闇の中、強風を避け橇で囲い。

踏み固めた丘の上でテントを張った。

今回は非常に狭い領土だ。

火の扱いに注意している。

設営が終わった後、軍曹の報告の中で危険な徴候を受ける。

「なんだと!もう一度報告しろ。」

「はい、小隊長殿。凍傷の者が数名います。」

畏まる軍曹。

「何故、揉まなかった!!」

思わず叱咤する。

俺は厳命していたはずだ!!

仕事を止めても耳と鼻、指先を揉めと!

「いえ…。その。気が付いたら。と報告を受けています。」

しどろもどろの軍曹。

極寒の中では皆、耐えることが出来た。

強い風に晒された部位が凍傷の被害になっている。

当たり前の事なのだ。

急速に怒りが恥に変わる。

「症状は?」

冷静に考えれば俺の命令が悪かったのだ。

「現在、ぬるま湯と冷水の交互治療中です。1名が水膨れまで進行しています。」

「その1名は治癒のお札を使うか…。」

いや、全員使うべきだ。

はたしてそうだろうか?

一度、凍傷に成った者は凍傷に成り易いと教えられた。

魔法使いの話だ。

患部は治癒するまで感染症という壊疽症に成り易いとも聞いている。

ここで…。

貴重な治癒の魔法お札を使うべきか…。

魔法士官なら適切な方法を指示できるだろう。

魔法学園を出た貴族の魔法士官ならかなり高度な治癒魔法が使える。

だが、ココにはそんな便利な者は居ないのだ。

支給された物資には限りがある。

「凍傷の治療中の者、全員に治癒のお札を使用しろ。」

判っている軍曹が念を押す。

「はい…。宜しいのですか?」

治癒のお札は非常に高額だ。

「ああ、俺の判断だ。やれ。書面に残す。使った数を報告しろ。」

「はい、了解しました!!」

軍曹が敬礼の後、テントから飛び出す。

戦闘も無いのに治癒のお札を連発してしまった。

これで俺の軍の評価も下がるだろう。

しかし、国王陛下の兵を無事に家に帰すのが士官の務めだ。

”もう如何にでも成れ。”

この状況から生きて帰れるのなら…。

過酷な自然は、我々汎人に耐えられる環境ではない。

最早、汎人我々の英知と環境全てとの戦いだ。

吹雪の中のテントは恐ろしいほど騒がしい。

風の鳴る中で一夜を過ごした。


兵が犬に餌をやる掛け声で目が覚めると…。

暖かいエンリケ汁が用意してあった。

固パンとマグを片手にテントの外に出る。

周囲の環境は一変していた。

朝日に映える一面の銀世界。

「現在地。」

伍長が一等兵と目標物の方位で現在地を割り出している。

片手の朝食を処分しながら向かう。

「少尉殿、現在地判明しました。」

地図で場所を示す伍長。

目的地まであと一日の距離だ。

「よし。良いぞ、川の畔を走ることになる。十分注意しろ。」

「はい!」

「伍長殿!東南東方面に焚火のゆらぎを発見!林の向こう。」

望遠鏡を覗く一等兵が叫ぶ。

「なに!」

驚いて地図を確認する伍長。

「地図上に…。民家はない。林はある。その向こうは川だ。」

「現地の者が…。狩猟に出ているのでは?」

「この距離から見えるなら可成り盛大な焚火だ。暖炉が在る家屋かもしれん。」

「林があるのならそうかも知れません、住民が居るかも。もしくは夜盗の類か。」

夜盗は冬前に撃滅したはずだ。

治安が悪くなっているとは聞いていない。

しかし、最近の情報は無い。

「どちらにせよ…。汎人が居るのは間違いない。接近しよう。」

「「了解!!」」

出発の準備が整い。

犬達が走り出すと…。

あっという間に林の端に出た。

遠くの雪原の中に黒いシルエットが数多く見える。

驚いた事に、一個小隊程度の男達が雪を除雪して作業を行っていた。

「なんだ、アレは?」

「さあ…わかりません。」

答える伍長。

「橇を確認!一基のみ。馬、犬。見当たりません。」

監視の二等兵が望遠鏡を覗き報告する。

犬の足は速いのでどんどん距離が縮まる。

向こうも気が付いたのか…。

監視の男が何かを叫んでいる。

光が反射した。

武装している。

剣を抜いたのだ。

「魔物!!」

「狼多数!!」

驚いて蜂の巣を突いたように道具を捨てる男達。

逃げ出す者が多い…。

こちらの旗が見えないのか?

「魔物の群れだー!逃げろ!!」

逃げる男たちに残された、剣を抜いた男が集まる。。

「数が多い!!」「ここを死守しろ!!」「クソ!割に合わねぇ依頼だぜ!」「帰ったら割増しで請求してやる!!」

手前で犬を止め、叫ぶ。(あそぶ?)

「我々は、王国軍、輸送小隊だ!!」

「…。は?」「え?」「うそだろ?」「来ないって…。」

間抜けな顔が並ぶ。

どうやら装備から軍人ではない様子だ。

「ココはクーゲルシュタイン領のハズだ!我、王国軍所属。第2058輸送小隊、貴官等の官、姓名を名乗れ!」

橇を降りて前に進む。

剣を抜いた二等兵が続く。

「「「えーーーー。」」」

「あっしらは。ご領主クーゲルシュタイン様から、燃料を掘れと言われて。沼の底の土を掘っています。」

「燃料?」

「おい!戻れーーー!味方だ!」

剣を仕舞う男達が逃げる男達の背中に向かって叫ぶ。。

どうやら武装しているのは冒険者の様子だ。

「はい、泥炭です。乾燥すれば燃える土で…。煙が最悪です。」

樵の風体の男が答える。

「炭焼き小屋に運んで乾燥させるんです。この近くにあります。」

なるほど、我々が発見したのは炭焼きの煙か。

「町へ運んでいるのか?」

「はい、炭と一緒に橇で運んでます。」

「道はあるのか?川はどうやって越えている?」

「氷の厚い場所が在ります。そこに丸太を敷いて…。」

「かなりの重さに耐えられるのか?」

「はい。当初は伐り出した丸太を運んでいました。今は泥炭を作るために炭に加工しています。」

逃げた男達が戻るが…。

犬を怖がって近づかない。

「なるほど。良かった案内してくれ。我々はクーゲルシュタインに向かっている。」

「へえ、よろしいですが…。小屋に行けば若いのが居ます。そいつに道案内させます。」

「ありがたい。協力を感謝する。」

敬礼する。

「でも…。騎士殿は何処からやってきたんですかぃ?」

返礼する樵、領民軍の出だ。

「王都からだ、草原を踏破して北からやってきた。」

「道はありませんぜ?」

「無くても進む。目的地に着くために最良の方法を選び、強い意志で前進する。それが王国軍だ。」

「へぇ…。」

呆れた顔の炭焼き樵。


護民の任務を遂行するのだ。

それが士官の務めだ。

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