妹の一日 月音・アンドゥ・シス・ロマーニ編

 べしっ!


「うにゃぅー、もう朝ですか。おはよう、月影」


 私の一日は月影のごはんくれアタックから始まります。

 見渡すとおっきなベットの上には寝相のいい咲おねえちゃんと寝相が悪い優おねえちゃんが寝ています。

 そして、私が起き上がると同時に優おねえちゃんもむっくりと起き上がりました。


「ふはぁ、おはよ。月音、月影」


 寝起きが悪そうに見える優おねえちゃんのほうがさくっと起きれて、寝相がいい咲おねーちゃんのほうが寝起きは悪いのってちょっと意外ですよね。

 なので後から起きてくることが多い咲おねえちゃんを起こさないように二人でそっと布団を抜けだします。

 二人で二階から一階に降りるとマリーおねえちゃんが台所の方で朝食を作ってました。


「姉さま、月音ちゃん、おはよう。まだ時間かかるからリビングの方で待っててね」


 朝の最初はさすがに眠くて頭がぼんやりします。

 外からは木刀を振る音が聞こえます。

 今日もステファおねえちゃんが訓練しているみたいです。

 とりあえず月影にご飯をあげないと……。

 そのためには高い位置にある鍵のかかる引き出しからアイラおねえちゃんに作ってもらった乾燥した猫の餌を取り出さないといけません。

 ですが、背が届かないのでいつも台を置いて開けています。


「餌かね。私がとろうか」


 足場の台をとろうとしてると優おねえちゃんがそういってくれました。


「はい、お願いします」


 私はその間に月影用に作ってもらったエサ入れをいつもの位置に置きました。

 高い位置から月影のご飯をとってくれた優おねえちゃんが私に袋ごと渡してくれました。


「さぁ、いっぱい食べるんですよ」


 私が月影に餌をあげていると優おねえちゃんが私の頭の後ろから小さく声をかけてきました。


「結構いっぱい食べるよね、月影」

「はい。毎日いっぱい食べてるんですよ、この子。あとネズミとか虫とかお土産に一杯とってきます」

「おおう、この都市にもネズミいるのか。たしかに夜に虫の鳴き声とかするもんなぁ。どっから沸いてきたんだか」


 首をひねる優おねえちゃん。


「多分、私がシスティリアに変わった時じゃないですか。あと泥の中に眠ってた卵とか」

「なるほどねぇ。ヤエとか苦労してそうだわね」


 月影がご飯を食べ始めたのを見てから私と優おねえちゃんは食卓につきました。

 いつもと同じパンに目玉焼き、それとウマウナギのベーコン。

 最近とれるようになった何かの魔獣のミルクとは別に、何かの昆虫の形そのままの物が皿の隅に乗っていました。


「うわぁ、マジか。なつかしいなー、ばーちゃんの家以来だわ」


 懐かしそうな声を出した優おねえちゃんに対して器用に箸を使って黒く着色されている虫を一匹とり上げてじっと見る咲おねえちゃん。


「バッタさんですか。黒くなってるのは煮てあるのですね」

「ああ、これバッタじゃなくてイナゴよ」

「イナゴなのですか」

「ああ、今朝アイラが届けてくれたんだ。ヤエが大量にとったんで食い余してるんだってさ」


 やっぱり食べるんですね、これ。


「トライの人が昔教えてくれた料理でイナゴの佃煮っていうんだって。虫は栄養あるし早めに頂いちゃおうと思ったの」

「まぁ、とりあえず食べようか。月影はもう食べてるしさ」


 一心不乱に食べる月影を皆で見てから頷くとそれぞれいただきますと言ってから食事が始まりました。

 しばらく普通の食事をしてから私は箸でイナゴを持ち上げました。

 これ、食べないといけないのでしょうか。

 ふと下を見ると食べ終えた月影がじっと見上げていました。

 『食べることは生きる事、食事を粗末にするな。とったら食え』

 これはおねえちゃんたちがやってるシス教の教えの一つです。

 た、たべるしかないんですか。

 うーー、えいっ!


「!?」


 口の中に広がる甘い味わいと噛めば噛むだけ広がるじゃりじゃりとした触感。

 しばらくのイナゴとの格闘後にやっと食べ終えたると他のみんなが待っていました。


「ご、ごちそうさまでした」

「はい、お愛想様でした」


 食器を片付けつつ私は心底思いました。


「イナゴ、しばらく見たくありません」


 私がそうぼやいていると優おねえちゃんが肩をポンとたたきました。


「月音ちゃんや」

「なんですか」

「さっきのイナゴさ、誰が届けてくれたか覚えているかね」

「アイラおねえちゃんから……あ……」


 ククノチに秋の新メニューが増えそうです。




















「いらっしゃいませー。今日の日替わりククノチ弁当は秋の味覚フェアですー」


 私が宣伝する間もなく一杯の人がお弁当を買っていきます。

 ククノチでは数日前から店頭でのお弁当販売と宅配も始めていて、今日は私と月影、それとフィーおねえちゃんがお弁当販売担当です。


「今日のお弁当の中身って何?」


 興味深げに聞いてきたマーメイドの子にフィーおねえちゃんが丁寧に答えます。


「栗ご飯にウマウナギの生姜焼き、それと野菜の肉巻きと漬物、後イナゴ」

「イ、イナゴ?」


 首をひねったマーメイドの子でしたが真剣な表情で深く頷くフィーおねえちゃんにさらに質問するのが怖くなったのか、特に追加では何も聞かずにお弁当を買っていきました。

 このお弁当ですが肉体労働の子向けということで少し肉が多めの濃い味付けになっていて、始めると間もなくマーメイドの子たちは軒並み弁当を買うようになりました。

 見た目は草食系に見えるんですけど結構肉食なんですね、マーメイドって。


「弁当二個」

「私の方は三個」

「こっちにも三個」


 猫の手も借り始めてから数日、注文を言った子から順に『清算係』と書かれた木札の後ろに立つ月影の首輪に姉妹召喚リングをかざして料金を精算します。

 その横でフィーおねえちゃんが聞いた分を順に袋に詰めてくれるので私がそれを手渡しします。


「はい、お弁当三つです」

「ありがとー」


 飲み物は近くにできたジハンキという魔導機で好きに買えるので、ここでは買っていきません。

 それならお弁当もジハンキで売ればよさそうな気もするんですが、日によって大きさや内容を変えてるので当面は対面販売にするそうです。

 そんな風にお弁当販売をこなしているとナオおねえちゃんと優おねえちゃんが最近見るようになった自転車に乗って帰ってきました。


「ふー、ただいまっと、月音、フィー、あと月影もお疲れ」


 この二人が先日から宅配中心に切り替わって、咲おねえちゃんや増えたバイトの子たちがお店の接客が中心です。


「今日は問題なくこなせてるみてーだな」

「むぅ、ナオおねえちゃんは心配しすぎです」


 私がそういうと八重歯を見せたむき出しの笑いをしたナオおねえちゃんが私の頭を乱暴に撫でました。


「わりぃわりぃ、そんじゃ次の宅配とってくるわ。ねーちゃん、そのまま出かけっからそこで待機な。入れ物こっちよこせ」


 優おねえちゃんが背負っていた食事運搬用の四角い入れ物をナオおねえちゃんに渡しました。


「うーい。悪いね、ナオ。一息つかせてもらうわ。次は私がやるから」

「おう。んじゃちょっと待ってろ」


 私たちが弁当販売を続ける後ろで優お姉ちゃんが休んでいます。

 表情は見えませんが、絶対ろくでもないこと考えてそうです。

 本当にちょっとだけの時間の後で料理を入れた背負い籠を背中と胸元に持ったナオおねえちゃんが帰ってきました。


「ねーちゃん、受け取れ」

「あいよ」


 再び食事運搬用のデリバリーバッグを背負った優おねえちゃん。


「んじゃま、いってきますか」


 そういうと二人は再び出かけていきました。

 そんな感じに今日も忙しい昼の仕事時間が過ぎていきます。



















「いらっしゃいー」

「あれ、今日は月影ちゃんいないんだ?」

「ちょっとおトイレみたいです」

「そっか、店番頑張ってね」


 出入口で店番をしていると兵士のおねえちゃんに頭を撫でられました。

 午後の一時から夕方五時までは月の湯でのお仕事です。

 お仕事と言っても出入り口で店番をすることと洗い場に設置してある共用のボディーソープとリンス、それとシャンプーの継ぎ足し、あとはゴミが落ちてたら拾うくらいしかありません。

 お湯の温度とか水量とか品質に問題がないかとかはアカリおねえちゃんが作ってくれた魔導機が管理してくれていて、その表示が今座ってる場所に出てるのでそれを見てるだけです。

 なので開店準備が終わったらアイラおねえちゃんが持たせてくれるお昼ご飯を食べながらお客さんを待ちます。

 本当は店番の人がながら仕事はあんまりよくないそうですが、今のこの街だと圧倒的に人が足りないのでそういったマナーとかをうるさく言うおねえちゃんは今のとこいません。

 ちなみに営業時間は午後一時から深夜の一時までの十二時間で、それを毎日三人で分担してます。

 私はここしばらくはお昼の販売が終わったらお弁当をもらってそのままこっちに来ています。

 月の湯についてリングで鍵を開けたら魔導装置を動かして開店準備、あとは夕番担当のおねえちゃんが来る夕方の五時までお仕事します。

 お掃除は深夜担当のアカリおねえちゃんやシャルおねえちゃんが担当で営業終了後に魔導機と魔導で一気に掃除してるそうです。

 アカリおねえちゃんもシャルおねえちゃんも遠隔でできる仕事が多いので作業しながらついでに番台してるそうです。

 その話が出た時に「宰相が銭湯の番台やる国って私初めて見たわ」と優おねえちゃんが笑ってました。

 月影がトイレから戻ってくると私は横に、月影が精算機の上の定位置に座ります。

 この場所、全体を見渡せる位置なので月影は好んで座るんですが、清算しようとすると高さ十五センチほどの長方形の精算機の上に乗った月影と自然と目が合うことになります。


「あー、くそったれ。やっと休める。お疲れ、月影、あと月音」


 三時を超えたころに配達から帰ってきたナオおねえちゃんがお風呂に入りに来ました。


「おかえりなさい、ナオおねえちゃん」


 ナオおねえちゃんはククノチの方で夜の店員もこなすので、外への配達がひと段落すると一度汗を流しに月の湯に来ます。

 夜のお仕事が終わった十一時くらいに、もう一回入りに来るそうなので一日二回入りに来てることになりますね。

 最初のころは「風呂なんてはいんなくたって死なねーよ」とか言ってたそうですが、今だとこの町で一番綺麗好きなのは多分ナオおねーちゃんじゃないかなと思います。


「ナオおねえちゃん、一杯お仕事してますけどまたほしいプラモデルが出たんですか」

「お、よくわかったな。今度は新しい駆逐艦だ、明日の朝買いに行くから朝のうちはオレいねーかんな」

「はーい」


 最近、リーシャおねえちゃんのお店にプラモデルという名前の玩具が並ぶようになりました。

 テラの船や飛行機とかいろんなものが入るようになったんですけどナオおねーちゃんはお仕事で稼いだお金でそれを買いまくってるようです。

 アイラおねーちゃんとフィーおねえちゃん以外の私たちは全員シフトで仕事しているので、週二回お休みがありますがお休みになるとナオおねえちゃんは一日そのプラモデルを組み立てて遊んでいます。

 一度、遊んでるのを見たことがありますがすごく楽しそうでなんかかわいいなと思いました。

 私と月影が見てるのに気が付いたあとは照れて隠してしまいましたけど。

 ナオおねえちゃんの後もお客さんがちらほらと来ては月影に挨拶してから私に声をかけていきます。


「月影ちゃんお疲れさま。月音ちゃんも」

「よ、月影、月音」

「今日もかわいいね、月影も月音も」


 なんでおねえちゃんたちは揃いも揃って月影を先に呼ぶのでしょうか。


「…………」


 月影がじっと私を見てきたので私は月影を撫でながら首を傾げました。

 確かに可愛いのは確かなんですが。

 優おねえちゃんなんかは「ネコの国だわね」とか言ってましたが、ここ私の名前から一文字とった月の湯であって月影がいるから月の湯じゃないんですけど。

 そんなことを考えてるとしっぽを立てた月影が私にすりすりしてきました。


「大丈夫ですよ、月影。今はさみしくないです」


 こうやって誰かを待つのは今の姿になる前は大嫌いでした。

 だって、みんな出たっきりで帰ってこないから。

 でも、今はそんなでもないです、なんででしょうか。

 視線を出入口に向けるとそこには「当店舗は緊急時放棄区画です」と書いた札が目に入りました。

 その下には万が一、この都市内で怪獣が暴れることがあったらお風呂に入っていても姉妹召喚で強制的に上層に召喚転移するので、姉妹召喚リングは身に着けてお風呂に入る様にとの注意書きが書いてありました。

 でも、そんな暴れるような怪獣は今この町にはいません。

 もし何かが起こっても私と月影が守ります。

 だからきっと大丈夫です。


「大丈夫ですよ、月影」


 同じ言葉を繰り返した私を口元と胸元からお腹にかけて、それと足の先が白い相棒がじっと見つめていました。

 月影の目はとても澄んでいて力がありました。

 なので大丈夫です。

 だって私たちは最強のコンビなんですから。

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