師匠
「ちわー。師匠、差し入れもってきたよ」
師匠が好きな缶コーヒーと旅の出先で買った三角形のペナント、それと箱に入った菓子が詰まったビニール袋を机の上に置いた。
ビル一階の管理室の扉を開けて中に入ると眼鏡をかけた白髪の師匠にぎろりと睨まれた。
「お前何度言えばわかる。大体、俺はお前の師匠じゃねぇし社会人を呼ぶなら土屋さんと名字で呼べ」
そういいつつも若いころに痛めた足の補助に使ってる杖を使いながら器用に私が座る席を用意してくれた師匠。
「師匠、足悪いんだから無理しなくていいのに」
そんな彼は昼はビル管理の仕事、夜に副業をするときには以前に私がプレゼントした赤いフレームの眼鏡をいつもしていた。
ちなみにプレゼントした時に「俺、セブンは見れてねーんだけどな」って言われたんだけど多分、例の銀の巨人の話だと思う。
ネットで調べた情報を元に特撮ファンなら好きだろうと思ってあげたんだけど違ったらしい。
『ソータさん、言ってる事とやってることがかみ合っていませんよ』
「うるせぇ、こんなやつでもオーナーの娘だからな」
中二の頃、ちょっと墓場で死にかけていたところを偶然助けてくれたのがこの
このビルは離婚した両親のうち父親が保有するもので、この人は管理会社に所属するビルの管理人さん兼私の師匠の一人だ
明日咲が死んだ後、両親がかなりもめた際に姉の親権は母親に、私の親権は父となった。
普通は女親が優先なんだけどね、色々あって刺されたりしたのがでかかった。
そんな父親は出張が多くビルの最上階の父親の個人事務所の換気をするという名目で当時の私はこのビルの管理室に入り浸っていた。
『数日顔を見せませんでしたが今度はどこに行っていたんですか』
「恐山と関東のどっかの街、あとは古書店のとこ」
学校も行くにはいっていたけどさぼりが多く当時の私は旅をしては旅先で人に出会って教えを受け、その旅の物語を数少ない同級生の友人と後輩、それとソータ師匠に語るためにこの町に帰ってきていた。
『それでまた増えたんですか、優の師匠』
「ははっ、なっちゃんにはオミトオシってか。多分だけど見てたよね」
『そうですね』
私の言葉に応答するのは机の上のパソコンに映った黒髪に青い目の少女のキャラクター。
その右下には袋の付いたしっぽの短いネズミが鼻ちょうちんを膨らませて寝てるユーモラスな絵も見えた。
「いつも思うけどなっちゃんってどこまで見てるのよ」
『見えるとこまでですよ。カメラがどこにでもあるわけじゃないですし。優の場合にはGPSをオンにしてくれているのもあって追いやすいですが、出先で通信環境がない場合が多すぎです』
このなっちゃんこと『ナナ』はソータ師匠が自作したというビル管理用のアシストアプリケーションだ。
なんでも一時期流行したというデスクトップ常駐型のおしゃべりアプリケーションのガワだけ流用したもので女の子の方が『ナナ』、横で寝ているネズミの方が『チュータ』という名前になってる。
なお、ナナの方はメテオロイドという人型ロボットでネズミの方は
この辺り、とっくに還暦を超えてた師匠が美少女キャラとアニメネズミの見た目のアプリを堂々と使ってることに最初畏怖を覚えたものだ。
「あれ、師匠。また改造してんの?」
「おう、アプリにスペックが追い付いてねぇからな」
そんな私の視線の先にはばらされて調整中の自作コンピュータとディスプレイ代わりに改造された赤いフレームの眼鏡が見えた。
それは腕に付けるキーボード付きのコンピュータと、いつの間にか改造されてた私がプレゼントした赤眼鏡型の拡張ディスプレイ。
つーかマイコンベースって聞いたけど、私、そもマイコンってよく知らんのよね。
ハンドヘルドコンピュータというらしいけど夜の師匠以外でこんな変なものを使ってる人を私は見たことがない。
「てめぇもつくづくくたばらない奴だな」
「ははっ、おかげさまで」
『ソータさん、心配するならするでもっとダイレクトにいったほうが』
「心配なんてしてねぇよ、こんな悪ガキ」
昼間のソータ師匠はぶっきらぼうだけど愛想がないわけでもない人だった。
アニメキャラの管理ソフト使ってたり暇なときには機械をばらして修理してたりするのもいつものことっちゃいつものこと。
口は悪いけどあんま嫌われないのはそこらへんなんだろうなと当時の私は思ってた。
そしてこの仏モードは昼の顔で、夜間副業をしてる時の師匠は鬼畜赤眼鏡と呼ぶにふさわしいロクデナシだったんだ。
この二人との交流は私がさらにやらかして全寮制の学校に入るまで続いた。
その後何かの持病があったらしい彼は病院に入院、その病院は思想犯による自爆テロを受け大惨事となった。
死者の一覧に彼の名前を見たと友人に聞いた時、彼のことだから『なっちゃん』や『チュータ』もハンドヘルドコンピュータに入れて持ち歩いて一緒に
「月影、お手っ!」
着替えた着物姿でしゃがみながら箱の上に乗った月影にお手を要求する月音。
相変わらず頭の上にカラーひよこを乗せた月影が、その顔をじっと見つめた後で手を持ち上げて容赦なく月音の顔にパンチを入れた。
「うきょっ!」
変な声を上げた月音。
汚すと怒られるのが分かってるのか転倒しない様に器用に足の位置を変えて体勢を直す。
「惜しい、もうちょっとでした。月影っ! もういっかいっ、もう一回いってみましょうっ!」
惜しかったかなぁ。
そんな感じで今日も月影にご飯をあげつつ、私は会話に出れるシャルやアカリ、幽子などと姉妹通信で雑談をしていた。
『いやー、四聖関係で話にはさんざ出てたんだけどイメージが繋がんなくてさ』
あの後、妹達から聞いたこちらでのソータ師匠はシャルと同じ学校に通い冒険者となったのちにカリス教に入ったそうだ。
『お姉さまにしては珍しいですわね』
『ほんとだよ、大体いつもの優なら大体わかったとか適当にいうでしょうに』
お前さんらは私を何だと思ってるんよ。
『優の自業自得だと思うな』
『そうかねぇ。まぁ、そこはいいんだけどさ。私の知ってるソータ師匠ってのは人当たりはわるくなかったけど、根のとこはともかく悪い人だった』
世間一般的な意味なら間違いなく
『ええ、まぁ……そうとしか言いようがないですわね』
『そうですね、つーかぶっちゃけ』
『くそじじいだな』
店で仕事してるナオも割り込んできた。
『おや、会話に入って大丈夫かね』
『今は客すくねぇからな』
『もうちょっとしたら戻ってきてほしいのです』
『了解』
店の中と外で会話をしてるとシャルの声が再び聞こえた。
『ソータはこちらの世界においては私と同世代です』
ほー。
『こっちにもじーちゃんの姿で来たのかね』
『いえ、トライの年齢はこちらでは原則零歳に戻ります。例外として死亡時の年齢にすることもできますがあくまで例外ですね』
あー私とかか。
確かにあの状況下で赤ん坊にされてもどうにもならんしね。
『オレとセーラも死んだときの年だったな』
ふと、割り込んできたナオに当時の年を聞いてみることにした。
『ナオ、こっち来た時何歳だったのよ』
『
ナオってこういうとこで可愛い反応が来るよね。
『ソータは零歳からですわね。向うのことはあまり話したがりませんでしたが、お姉さまの仰るように向うでも老齢まで生きたのだとすると総合年齢は百四十を超えてるはずですわね』
『けっ、どっちにしろくそじじぃですよ』
エライやさぐれた感じで言葉を投げるアカリ。
『その分だとアカリもむこうで会ってたりするのかね』
『ええ、まぁ、かなり不本意ですが。私はアイツが若かった時にあってますね』
『ビル管理でかね?』
私の言葉にアカリが鼻で笑った。
『なわけないでしょう。あいつ、元システムエンジニアですよ。弟さんが死んだときに会社辞めて、その後別の業種に転職したはずです』
ほー、それは知らなかった。
道理でコンピュータ関連に強いと思ったわ。
『私の方が先に死んでるので転職後のことは知りませんが、若いころから大概でしたよ。あいつは』
今は睡眠足りてるだろうに何がそこまでアカリをヤサグレさせるのか。
『シャル、アカリがヤサグレてる理由って分かるかね』
『まぁ、魔導機構関係は大体ソータが最前線でしたし、それに……』
黙り込んだシャルとは別にアカリが切れた声で叫ぶ。
『あのくそじじぃっ! 私がカリスに行ったときに言うに事欠いて『どちら様ですか』とかほざいだんですよっ! てめぇが職場抜けた穴埋めるのにこっちがどれだけ苦労したと思ってんだって叫んだら『おう、それはわるかったな』の一言っ! しかもその後、私が拷問に連れ去られるの放置したしっ!』
あー。
そりゃ、アカリの方でも多分何かやらかしててソータ師匠が地味に根に持ってたパターンだ。
余計な一言いうからなぁ、アカリ。
多分、前世でも地雷ふんだんだな。
『くっそ、今思い出してもチョーむかつくーっ!』
『アカリちゃん、どーどー』
『今そっちいってあげるからちょっと待ってて、アカリちゃん』
切れるアカリを姉妹通信でなだめるリーシャと沙羅。
最近、あの三人は仲いいというか結構べったりだ。
セーラがいなくなった分の穴埋めを相互にしてる感じだわね。
『つーてもさー、アカリ』
『ふひゃひゃ、ひゃ、ひゃ、ひゃい。なんですか、優姉』
なんか偉いだらしない声が聞こえたんだけど何やってるんだか。
『エロいことはほどほどにね』
『してないからっ!』
『してませんっ!』
はもったリーシャと沙羅。
ならいいんだけどさ。
『アカリの時代でもあんま変わんなかったってことは、ソータ師匠は当時から持ってたんだろうね』
『持ってたって何をですか』
なんとなく通信先のアカリも首を傾げてる気がするね。
見えてないだろうけど通信先の妹たちに向かって私は頷きながら言葉を続けた。
『コニータイマー』
『ふえっ!?』
『コニータイマー!?』
テラの技術周りに
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