ララバイ

「波動検出、アナライズ完了、祟母怪獣すいぼかいじゅうスネークイーン。推定深度は……深度六ッ!」


 アカリの切羽詰まった声がコックピットに広がる。

 外の風景ではスネークイーンを、空間を割って数多出現した光の蛇たちが強制拘束したのが見えた。


「ユウちゃん、融合解かなくていいの?」


 後ろから聞こえたセーラの問いかけ。

 六を超えたことで発生するっていうとあれだわね。

 ルナティリア内の各種コンソールが光り、アカリの手元の制御盤も勝手に明滅していく。

 王機おうきというのはこの世界を支える八本の柱であると同時に等身大では処理できない巨大怪獣をさばくための兵器でもある。

 この兵器という位置づけは後付けらしいのだけど、子供であるティリアが大きくかんだのもあるせいかはっきり言って噴飯物ふんぱんものの欠陥兵器だ。

 所有者の意思に関係なくぶっぱされる兵装なんて普通の神経では使いたくもないわな。

 他に深度五以上の怪獣を処理できる手法がないんじゃなければ兵器としては起動もしたくないだろうさ。

 ランドホエールが兵器としては厳重に封印されてたのも頷ける話だ。

 そして、この世界の深度、つまり強さは最大七まであるそうだ。

 なんでも地震の震度に合わせて決めたみたいね、深度。

 でだ、六を超えた相手だとぶっちゃけティリアたちの手には余ったらしい。

 なので強制的に場所ごとまるっと異世界に吹っ飛ばすという迷惑極まりない消滅兵装ロストアームが実装されている。

 あれだね、自動発射する皆殺し兵器みたいなもんで質が悪いという以前に頭悪いといっていい代物だ。

 考察はこの辺りにしてまずは止めますか。


「姉の名においてルナティリアに命ずる。許可なき消滅兵装の使用を禁ずる。使用時は私を含む姉三人以上の許諾を必要とするものとする」


 私はリーシャの体を借りて声に出して定義の確定をした。

 それとともに各種コンソールが強制的に元の形へと戻っていく。

 同時にスネークイーンをとらえていた拘束用の蛇たちが文字通り光となって全て霧散した。


「うっそぉ……」


 後ろから聞こえるアカリの声に私はリーシャの体のまま首だけで振り返った。


「そりゃ効くでしょうよ。この子らは今は私の妹だからね。まぁ、今回の戦いの後でどこまで言うこと聞いてくれるかは不明だけどレビィが追加した『ルナティリアモジュール』が残るならそのままずっと私の妹であり続けるんじゃないかな、この子等も。私の妹への絶対命令は式神使役を土台にしてるから簡単にはとけないよ」


 コックピットに沈黙が広がる。


「それ以前に王機を妹にするって発想が普通はないわ」


 そりゃそうだろうさ。

 さて、スネークイーンがまた動き始めたね。


「セーラ、リーシャと場所を交代して。リーシャにはソングマジックでの支援してもらうから」

「わかったわ」


 セーラとリーシャが場所を入れ替わる。

 それによって私の意識がリーシャからセーラに移り変わる。

 そしてセーラがいた場所にはいい感じに床に穴があるのよね、というかルナティリア形成時にイメージで作った。


「リーシャ、そこの床の穴に水星詩歌すいせいしかを差し込んで。それマイクスタンド固定する穴だから」

「えっと、こうかな」


 私に言われるままリーシャが水星詩歌をその位置にある床の穴に差し込むと水星詩歌がガッチリと固定された。


「これでルナティリアが怪獣を壊した部分は全て水星詩歌に吸収される。私とレビィがそのために創って追加した『ルナティリアモジュール』だからね。名前はさっき適当に決めたけど」

「「……………………」」


 アカリとセーラが沈黙する中、セットと同時に周囲に光る表示板が複数浮き上がったリーシャがはしゃいだ声を上げた。


「じゃぁ、あとはあの怪獣をやっつけちゃえばいいんだね」

「そうなるね。行くよ、セーラ」










一衣帯水いちいたいすい


 優姉と一体化したセーラの声が響く。

 高層ビルをはるかに超える大きさのルナティリアが二人の意思に沿って軽やかに走り、外に再現されたセーラの神技によって相手に確実にダメージを与えていく。

 優姉とセーラが制御に集中する中、私は王機の制御盤を操ってパワーコントロールと情報収集に集中する。

 右後方から複数の髪を分離した蛇が飛んできたのを知覚。


「後ろっ!」


 私の叫びと同時にルナティリアがその巨体に似合わぬ速さで足をけり上げる。

 その足に虚構王ワルプルギス経由で私がMPムーンピース霧散の月魔導であるムーンバーストを付与。

 蹴りに捕捉された宙を飛ぶ蛇たちが光となって舞い散り、ルナティリアに吸収されていく。

 その光は機体の浄化システムを経由して純然たる力に変換され、リーシャ姉の唄う手元の水星詩歌へと注ぎこまれていった。

 そのリーシャ姉は戦闘の始まりからずっとソングマジックを使い歌っている。


 それは優しい子守唄ララバイ


 そう、母を知らないリーシャ姉が姉のセーラから学んだ優しい子守歌だ。

 その歌をBGMにルナティリアが走りこんでジャンプ、そのままスネークイーンに蹴りを入れると吹き飛ばした。

 吹き飛ぶスネークイーンとそのまま宙をくるんと回って位置を直したルナティリア。


「思ったほどは苦戦しないわね」


 セーラがそういうと海に落ちたスネークイーンの周りの海が一瞬ごりっと消失した。

 そしてスネークイーンが光ると傷が回復していくのが見えた。

 慌ててコンソールを叩いて怪獣のモニタリングをすると確かに削ったはずの部位などが復元してきているのがわかる。


「スネークイーン、回復。どうやら周囲の海水を取り込むことで自分の回復に当てたみたいです」


 私がそういうとセーラと一緒にいると思われる優姉がセーラの体を使ってにやっと笑った。


「そうだろうね。あれを構築してる基礎幻想は『代価置換だいかちかん』という代物なのさ」


 代価置換、それってどういう意味なのだろうと私が考えてるとルナティリアの片手が持ち上がりそこに月の光でできた円盤が出現した。

 そのままセーラが斬撃の円盤を解き放つとスネークイーンの両手と復元したばかりの髪が切り飛ばされた。

 私はそれに合わせてルナティリアの持つビーム発射機構を使用してばらけた部位を消し飛ばす。

 先ほど同じように光となったそれらはリーシャ姉の手元に集められ歌をさらに強化していく。


「何かを得るには何かを犠牲にするしかない」


 ぽつりと呟いた優姉。


「それって普通のことなんじゃ」

「そうでもないんだな。少なくとも津波で失われた命の代わりに何か大きなものを得るということはまずもってない。後の世のための教訓にはなるだろうけどね。だから私は言い切るよ」


 優姉はセーラの体でなんか酔っ払いが踊っているような感じの歩みをその場でした。

 すると足を移動したその場に光が舞い上がり、七つの移動した跡が北斗七星を形作った。


「何かを得るために何かを失うこともあるだろう。だからといって何かを失ったら必ず何かを得られるとは限らない」


 ルナティリア全体がリーシャ姉の歌と優姉の語りに震えるように共鳴する。


「同様に同じ事象であっても視点の角度によって価値は大きく変動する。禍福かふくあざなえるなわごとしともいうけれど不幸があれば幸福があるとは限らず、その逆も真である。故に我は定義する」


 システィリアとポシェットの中の小さな世界全体が優姉の語りに応えて震える。

 私の手元のコンソールにはそれこそ数えきれないほど大量のエンシェントマジックが優姉の声に応えて動作しているという表示を羅列していた。


「その幻想は救えない」


 優姉の言葉を合図に私の手元のコンソールに今まで流れていた嵐のような情報群がすべて消え失せる。

 そこにはたった一言、シンプルな文字が表示されていた。


『幻想崩壊』


 スネークイーンの回復がぴたりと止まった。


「セーラ、アカリ、リーシャッ! ファイナルターンだっ!」


 優姉の声に我に返った私はコンソールを叩いて消滅兵装ではないルナティリアの持つ固有兵装を強制起動する。


「メビウスイーグル、ワルプルギスともに主動力過稼働オーバーラン!」


 レビィが仕込んだという古代技術の塊の追加モジュールがフル稼働していく。

 コンソールが指し示す駆動の流れと私の目に映る機構の動きに背筋の震えが止まらない。

 精緻にして大胆、ロジカルに積み上げるシャル姉の魔導とは違う、すれっすれの限界を駆け抜ける余裕のない極限の回路がそこにあった。

 虚構王ワルプルギスだった下半身部分が消滅兵装で使用されるはずだった部位を展開し機体をシスティリアに固定する。


「幻想王機ルナティリアに水星詩歌の全入出力を直結、マジカルチェンバー、コネクト!」


 いつか私もこんなものをつくってみたい。

 前世ではシステムエンジニアだった私の強い欲求が騒ぐがそれを力ずくででねじ伏せる。

 今目の前にあるこれを見ずして何を創るというのか。

 幻想を転換するルナティリアの機能に呼応して機体の上部に巨大な月が現出する。

 そしてリーシャ姉の子守唄も最高潮に達しようとしていた。


「いけますっ!」


 私が叫ぶと即時に優姉が入ったセーラの声が響き渡った。


「シューーーーートッ!」


 それはセーラが見せたあの大技と同じ虹色の光の本流。

 スネークイーンの存在概念レゾンデートルが根幹から分解されて光の中で泡となって消えていく。

 優姉はルナティリアの下部ロックを外してパージするとそのままを機体を反転させてスネークイーンに背を向けて小さくつぶやいた。


「バイバイ、母さん」


 背後で鳴り響く爆音とともに大量のエネルギーがリーシャ姉の水星詩歌に吸収されたという表示が流れた。


「融合……解除」


 優姉の一言が聞こえると私たち全員がシスティリアの上に下ろされた。

 青空の広がる空を見やると、召喚時と同じように巨大な水鏡が左右に出現してメビウスイーグルとワルプルギスがそれぞれ帰還していく。


「終わりましたね」


 私がそういうと龍札たつふだを持ったセーラが笑った。


「そうね。リーシャ、大丈夫?」

「うん」


 色鮮やかに光り輝く水星詩歌をリーシャ姉が撫でる。


「あ、優姉に龍札戻さないと!」

「そうね」


 私はセーラとリーシャ姉の手を両手で掴むと発動宣言を省略したエアロバーストで自分達を神殿に吹き飛ばした。

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