それは夢の黄昏
「ほんと上手になったね」
いつもなら複数名での乗り合いでごった返している沙羅の船だが、ケインズさんが配慮してくれたのか今は私とリーシャの借り切りだ。
「マーサさんさんにすごく一杯教えてもらいましたし、毎日、一杯の人を運んだから」
そういってはにかんだ
セーラー服仕立てされた白いワンピースの長い裾が優しい海風に揺れる。
その両手には
沙羅が操作するたびに小さく水が跳ね、その跳ねた水が小さな虹を作った。
「そういやリーシャ、沙羅の降妖水舞は使えたのかね」
「あー、うん。一応は」
ほう、使えたには使たのか、その割には浮かない顔だけど。
「どしたん」
「あのね、使うとすっごく疲れるの」
「あー、なるほど」
たしかに
「沙羅のもう一つのやつ、ポシェットの方はどないよ」
私がそう話を振ると沙羅が少し首を傾げた。
「こっちは全然疲れないです」
そういって甲羅柄のポシェットを見せてくる沙羅。
ふーむ、どこに差があるのか。
「リーシャ、今晩戦う際にもし意識が制御できるようだったら杖か棒をイメージするといいわ」
「棒?」
首をひねるリーシャに私が頷く。
「深夜帯のリーシャのあの格好は多分、夢魔だからね。なら多分、棒か杖がかみ合うと思う」
「へー、そうなんだ」
まー、多分本当は淫魔なんだろうけどね。
そこは内緒にしておいてあげることとする。
『なんでそう思うたん』
心の中だけで問い合わせてきたレビィ。
おそらくなんだけどね、リーシャの中で抑制された性欲、言い換えれば繁殖欲が出口を求めておかしくなった結果なんだと思うわ。
それにセーラが持ち込んだ呪いも噛んでるんでしょうね。
『子』がいつしか『親』になるのは世の摂理だけど、リーシャはフィーリアのとこに行ってからは、多分に各種勉強や侍女としての修行で大変だったと思う。
すくなくともセーラのとこではそういう勉強はしなかったわけだしね。
レビィティリアが滅んだあとのロマーニ国は傾く一方だったというのはシャル達から聞いている。
リーシャ自身は宮仕えとして職に就いていたとしても見合うだけの男性に縁があったかというと多分なかったんだろうね。
男女ともに就労率が下がり困窮して犯罪率と同時に亜人の発生率も上がったそうだ。
ロマーニ国では急速な求職者の増加と一次産業がレビィティリア崩壊と並行して亜人によって荒らされたことにより各種産業が縮小。
その為、労働者の総賃金は加速的に減少していった。
根幹の生産力が下がったことから持ち直せなかったみたいね。
結果、リーシャは結婚どころか恋愛も満足にできない青春期を過ごした。
いくら王城勤めでもリーシャ一人で世帯を養えるだけの収入はなかっただろうし。
そして、二十歳近くになると今度はカリス教との戦争状態に突入。
戦役に出た男性諸氏は四聖と契約怪獣によって、皆殺しといっていいほどの虐殺状態となり女性の単身率はさらに上昇したそうだ。
魔導士や戦略魔導機構まで持ち出したロマーニは一時は戦線を立て直したりもしたそうだけど、最終的には敗北した。
そうして国が滅んだのち王とともに逃走する道を選んだリーシャ達はさらに苦労する羽目になった。
だからさ、ぶっちゃけリーシャって彼氏ほしい欲求とか性欲とか、そのあたりを持て余してたとみてるのよね。
『ぶっちゃけすぎやろ』
いやー、だってさ。
身近でいうとステファとマリーは夫婦でしょ。
妹転換してもたまに陰に隠れていちゃいちゃしてるくらいだからね、あのバカップル。
姉のフィーとアイラは婚約者。
フィーはリーシャのこと凄く可愛がってたけど、婚約者がいる姉ってことでやっぱそれなりに気を使わざるを得なかったと思うのさ。
後残りというと転換前はおじーちゃんと身分の高い龍王のお嬢さん。
彼氏彼女にするにはハードル高すぎたんだわね。
『お前さん、前々からおもうんやがリーシャにちょいと辛いんちゃうか』
辛くはないわよ、からかいがいはあると思ってるけど。
『最悪やん』
まぁ、冗談は半分棚上げするとしてもだ。
以前、私はシャル達にこう宣言をした。
<神と闘うなら悪魔になるしかない。キサを守り約束を守るため私は小悪魔を使役する最高の王になる>
きっちり聞いてたんだわね、この子。
多分、あの時、部屋の外あたりにいたんだと思う。
だから小悪魔モード、夢魔っ娘リーシャに化けたんだわ。
「シャルが使ってるみたいな宝石付きの杖とかイメージしてみるといいわよ。すっごく強そうなごっついやつ」
「へー、なんかすっごくかっこよさそう」
基本的にはだね、設定上夢魔に道具が付与されるということはあることはあるけど少ない。
理由は簡単で夢魔の場合は夢魔自身の美貌と体が誘惑するための武器だからだ。
ただし、例えば女性の夢に女性型の夢魔、サキュバスが出現する場合にはその限りではない。
両性表現されるのでなければ普通にやりようがないからね。
そこで心理学のエロいおっさんの論文から一部拝借するのさ。
おっさんは夢診断において杖、ペン、傘、鉛筆という棒的なものは全部、男性の象徴だという解釈をした。
後にザルな夢の解釈をめぐって弟子と大喧嘩するわけなんだけど、今回、リーシャの宝貝のイメージにはそれを使わせてもらうのさ。
「あとはあれだ。いい感じに唄う子ってなんかもてそうじゃない」
『んなあほな』
内心で突っ込んでくるレビィは黙殺。
「そうなのかな」
「うん、そう。リーシャ毎日唄練習してたしきっと何かで役に立つと思うよ」
「あんま上手じゃないし」
恥ずかしそうにするリーシャのイメージを揺らすためにさらに押す。
「いいのよ、唄なんて気持ちが大切なんだから」
「そんなものなのかな」
「そんなもんよ」
さて、ちょいと思うとこがあって時間を見てはリーシャに適当に自作した歌を歌わせてきた。
その練習成果を化身後に反映してくるかどうかは五分だわね。
「わかった、頑張ってみる」
世間では拒否感を示す人もいるけど、男性の中にも女性部分があり、女性の中にも男性部分がある。
私はそれって普通のことだと思うんよね。
だからこそ男性の心にも受ける箱があり女性の心にも攻めの棒は存在する。
テラでいう腐女子のおねーさま方のいうとこの受け攻めってやつだわね。
『ちゃうやろ』
そうかね。
そんなくだらないことを考えながらも私たちは沙羅の船にのって川を上っていく。
昇るにつれて眼下に広がるレビィティリアの美しい風景が目に焼き付いた。
夢見るように風景に見入って船から大きく乗り出したリーシャ。
「あっ、あわわわわ」
乗り出しすぎて落ちかけたリーシャの手を取って船に引き戻す。
「リーシャ、乗り出しすぎ。落ちたらどうするのよ」
「ごめんなさい、きをつける。でもさ」
いたずらっぽく私を見上げるリーシャ。
「お姉ちゃんが私を落とすわけないよね」
「この小悪魔!」
私はそういってからリーシャの頭を片手でわしゃわしゃと撫でた。
「にゃーー、ごめんなさい」
じゃれる私とリーシャを沙羅がじっと見つめていたので、残りの手を沙羅の方に向けつつ声をかけた。
「沙羅もおいで」
「沙羅おねーちゃんも一緒にわちゃっとされない?」
そういって誘いかける私とリーシャに沙羅が笑う。
「後でにします。今はお仕事中なので」
後ならいいのか。
「よし、今晩は皆でお風呂に入ろう。セーラとアカリも誘ってさ」
「アカリおねーちゃん、体洗うときにくすぐってくるのちょっと嫌ー」
「そりゃまぁアカリだし」
「あ、でもアカリちゃんって正面から向き合うとなんかおとなしくなりますよ」
「そりゃまぁアカリだし」
私の返しに苦笑するリーシャと沙羅。
「私はアカリおねーちゃん結構好きだけどなー」
「それを言ったら私もです」
沙羅はともかくリーシャがそれを言えるのは素直に喜ぶべきなのかどうか悩むとこだわね。
「なら結婚するかね」
「それは嫌」
即答したリーシャ。
「だってアカリおねーちゃんってそういう関係になったらなんかダメな人になりそうだもの」
「あー、確かにそんな感じがしますね。なんかいい関係になったらその後は仕事しなくなってだらだらと甘えてきそうですよね、アカリちゃんって」
「うん。そんな気がするー」
アカリ、残念。
姉妹として愛されちゃいるけど、日頃の行いから根のところの甘ったれの重依存を見抜かれてるあたりがアカリがアカリたるとこだわね。
そもそも中身が元おっさんの残念美少女だしね、あの子。
『姉妹同士での結婚に誰も突っ込まんとこにワイ闇を感じるんやけど』
そうはいってもね。
異世界転生で有頂天になってた時のテンションで咲と私が結婚しちゃってるからね。
実例があるってのが大きいのと日頃の教育の成果じゃないかな。
『洗脳の間違いやろ』
見方によっちゃそうかもね。
そんな感じに皆で適当な雑談をしながら、ちょっとずつリーシャの判断基準を揺らす。
そんなくだらなくもまぶしい時間は瞬く間に過ぎていく。
気が付くと何時しか船は中層の船着き場へと近づいていた。
「ほんと夢のような風景だわね」
「おねーちゃん、ここ夢の中」
「ははっ、違いない」
ところでだ、リーシャには意図的に教えていないことが一つある。
燕の子安貝はほんの一瞬だけ、求婚した王子の手の中にあったことがあるのさ。
つかんだ宝は真実ではなく寝込んだ王子は最後は死に至る。
さすがにリーシャを死なせはしないけどね。
「リーシャ。今晩、おねーちゃんと全ての夢をかけて勝負だ」
「うんっ!」
さぁ、最後の夢の舞台に行こうか。
なお、帰った後で皆でお風呂に入ろうといったらセーラに怒られた。
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