流星王子

 あれから一週間がたった。

 リーシャは特に変わりはなく昼は元気に私とあちこち見て回り、夜になるときわどい衣装で夢の闘技場ドリームランドの仕切りをしてる。


「なに、おねえちゃん」

「うんにゃ、リーシャは可愛いなと思ってさ」


 そういって私が頭をぐりぐりするとリーシャがちょっと嫌がって横に逃げた。


「いたいよ、おねえちゃん」

「ごめんごめん」


 午前、例のトマスさんが私の店に来た。

 上層部でさんざもめたらしいけど最終的にはトマスさんに一任ということで押し切ったらしい。

 変なとこで日本っぽいよね、ここ。

 結果、都市の意志としては私たちに全面的に付き従い、来たる日の大破壊への備えをすることとなった。

 まぁ、そこら辺の細かい打合せやら仕込みはアカリに全部丸投げした。

 私の方はそれとは別にやることがあるからね。

 沙羅さらの方は動きに特に変化はなく、下層部の様子だけ見るように言ってある。

 さて、リーシャとのお散歩も随分こなしたしそろそろかね。


「リーシャ、おやつにしようか」

「うん」


 中層の中でも海がよく見えるちょっとした広場に腰を据えてランチマットを広げる。

 リーシャがちゃんと座ったのを見計らってセーラが持たせてくれたクッキーと飲み物を手に持ってたバスケットから取り出した。

 そのまま黙って海を見ながらクッキーを口に入れると優しい甘みが口の中に広がった。


「リーシャはさ」

「ん?」

「親がいないの、さみしかったりはしない?」


 私がそう話を振るとリーシャが海から私に視線を動かした。


「うーん、よくわかんない」

「そっか。おいしいよね、このクッキー」


 ここ数日と同じように脈絡もなく次の雑談を滑り込ませる。


「うん」


 そして口調は変えずに罠を張る。


「でもさ、アイラの作る方がおいしいよね」


 私がそう振るとリーシャがほほを膨らませた。


「そんなことないもん」


 ヒット。

 ははっ、やっぱりそうなのね。

 なんとなくなんだけどね、そうじゃないかとずっと思ってたんだわ。

 あの夜、小悪魔モードのリーシャはこういった。


「頑張って七回勝ち抜ければ私のママがどんな願いでもかなえてくれるよ。魔獣のお肉でも芋虫のソテーでもそれこそ、今はいない人のことでもなんでも。さぁ、頑張って戦ってねっ!」


 なんで芋虫のソテーなのかね。

 たぶん、土の中にいた幼虫のことなんだろうけどさ。

 同じ容姿だけどあのリーシャには艶があり、いつも一緒にいるこっちの方には年相応に幼さと健康さがあるように見える。

 そして、そのどちらも私の知ってるリーシャではないわけだ。

 


「セーラや私では保護者になれんのかね」

「……えっと、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんが何言ってるかわかんない」


 出来れば最後まで放っておいてあげたくもあったんだけどね。


「リーシャ、一回しか言わないからきちんと答えてほしい」

「う、うん、なに?」


 私はリーシャの瞳の奥を覗き込みながら言葉をつづった。


「起きてるよね、リーシャ。少なくとも今のリーシャは私の妹のリーシャだわ」

「えっと、何言ってるのかわかんない」


 しらを切るリーシャ、だが逃がす気はないよ。


「何故アイラのことを知ってる?」


 私がそういうとリーシャが瞳を閉じた。

 再び目を開くとそこには見知った娘の目があった。


「なんでわかっちゃったの」


 苦く切なそうに声を出したリーシャに私が言葉を返す。


「リーシャ私の店の看板書いてくれたでしょ、あそこからかな」

「うっ、嘘、そんな前から?」


 私はリーシャの目を見ながら深く頷いた。


「根本的にさ、この街の識字率は低いのよ」

「あー」

「生活に使うから通貨関係の数字とかが読める子は多くても文字となると途端にからきしになる子が多いね。リーシャが看板書いたときにセーラがいつの間に覚えたのって喜んでたでしょ」


 リーシャの顔にはしまったなぁという表情がはっきりと出ていた。


「でも、い、一応私お姉ちゃんの店のお手伝いもしてたしそれで言い訳になるかなって」


 言い募るリーシャに私が苦笑で返した。


「ならなかったねぇ。まぁぶっちゃけ言うと皆気が付いてたけどね」

「え、みんなって、ど、どこまで?」


 目を丸くしたリーシャ相手に私は笑顔でこういった。


「セーラと私は結構最初から。アカリと沙羅はそこそこたったあたりからだわね。本人が楽しそうだし喜んでるみたいだからそのまま幼女ロールを続けさせておこうってリーシャがいないときに皆で決めたんよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 真っ赤になったリーシャが両手で顔を覆った。

 レビィ、今の記録したかね。


『したで。あとでセーラにも見せたるわ』


 グッジョブ。

 大体にしてリーシャの動きというと午前はセーラのお手伝いやらなんやらで午後は私と一緒に散策。

 夜になると寝てしまうわけだから勉強してる時間はないわな。

 しばらくリーシャのうめきをBGMに潮風を感じながらクッキーを頬張る。


「セーラ、喜んでた。すごくしっかり育ったみたいで嬉しいって」


 リーシャの呻きがぴたりと止まった。


「文字とか教えてくれたのはフィーやね」


 リーシャが頭を抱えた膝の間に挟んだまま頷いた。


「夜のアレって自覚的にしてるん?」


 今度は頭を横に振る。

 そうか、あれは自動的か。


「そのままでいいから教えて。あれ、『母親』の怪異かいいだよね」


 動かないリーシャ。

 やがて静かに口を開いた。


「……多分。私もよくわかんないけど。気が付いたら夜はあそこに居ることが多くなって」

「うん」


 少し間が開いてから再び声が聞こえる。


「気が付いたら『ママ』がいた」

「そっか」


 私はリーシャの頭の上にポンと手を置くと静かに撫でる。


「細かいルールや会場関係の云々ははアカリに全部任せたからよー分からんのだけどさ」

「お姉ちゃん、夢の中でもずぼらー」

『ほんまやで』


 しゃーないやん、そういう性分なんだから。


「セーラと私で決めた願い、どうしても欲しいものが一つある」


 リーシャが頭を上げて私を見た。

 私は再び視線をリーシャに合わせると宣言する。


「リーシャ達の親権は私ら姉がもつ。育児放棄するような母親には渡さんわ」

「え、ちょ、ちょっとまって。それが願いなの?」


 たとえそれが本当の母だろうと怪異の母だろうとそこは譲れない。

 大体にしてあの怪異は恐らくセーラ由来のものでリーシャ個人は一切見ていない。


「そうよ。私とセーラのほうがあなたを愛している」

「えっと、お姉ちゃん、そんな長い付き合いじゃないよね」

「付き合いの長さで愛が深まることはあっても優越が決まることはない」


 そう、妹への愛に関してだけは私は自分の無限性を信じることができる。

 そこに私の信仰の核インフィニティがある。


「もう一度言う、私ら姉の方があの怪異よりリーシャを愛している。リーシャ、そこだけは疑わないでね」

「は、はい」


 私がそういうとリーシャが小さく返してきた。


「私ら姉がリーシャを母から奪い返す。首洗って待ってなさい」

『ギロチン聖女のセーラが絡むとシャレにならんがな、それ』


 レビィの言葉はスルーさせてもらう。

 セーラが姉と名乗っていたのは恐らくはリーシャの生みの親に遠慮してのことだ。

 だが、その配慮が当のリーシャに不安を抱かせていたってのは皮肉な話だわね。


「というわけでリーシャ。貴方は私たちの妹だ。これはたとえ母親が相手でも譲らない」

「ずるいなぁ、お姉ちゃんってさ、いつもそんな感じでよくわかんないまま押し切るんだもん」


 私はリーシャにウィンクをした。


「姉ってのはずるいものなのさ」


 そして今のやり取りで一つ分かったことがある。

 それは気が付いた人だけのお楽しみってことで、ご笑覧の賢姉優妹マイシスターと私だけの秘密でいいよね。


『誰に話しかけとるんや』


 三千世界いつかどこかの姉妹かな。

 私がそう考えるとレビィが付き合いきれないって感じの感想を返してよこした。

 これで最低限必要な仕込みは終わった。

 さぁ、ここから先は私たちの舞台ステージだ。



























「これが参加者の印です。二人とも服のどこかにしまっておいてください」

「はいよ」


 アカリはそう言いながら私とセーラに軽くて丸い小さな石板プレートを渡してきた。

 今いるのはドリームファイトが行われる、選手控室の近くの物陰である。

 そんなアカリの服の裾には『運営』と書かれた腕章がい付けられていた。


「あなたよくこの短期間で潜り込んだわね」


 呆れたように見つめるセーラ。


「必要があって私が生きるためなら何でもしますよ。土下座でも仕事でも抹殺でもそれこそなんでも。正直、リーシャ姉の絡む組織だけあって全然緩かったです。ほら、この前戦ってたマーマンの子、あの子の治療をするということで滑り込みました。あとは褒められ慣れてないのが多かったので適切に仕事こなしつつ適時よいしょですね。一昨日あたりからは運営の仕事結構任されてます。あと昨日からは実況に入りました、これが結構いい収入になるんですよ」


 そういって胸を張るアカリ。


「いざとなったら私むこう側について崩壊後まで乗り切りますんで、そん時は声かけないでください」


 それ、私らにいっちゃ意味がなくないかね。

 この子は前世からずっとこうやって生きてきたんだろうなぁ。

 ある意味極めつけの蝙蝠こうもり人生だけどここまで極めるといっそ清々しいわ。


「あ、あとこれも渡しておきます」


 そう言ってアカリがジャラジャラとコインの入った袋を私らに手渡してきた。


「おっと、いいのかね」

「いいですよ。私、ここ数日で結構稼ぎましたし」


 これはここ、旧闘技場で使用されているコインでこれで物を買ったり賭けに参加したりできる。

 受付のとこで『自分の記憶』を担保に千枚受け取れるらしい。

 はて、その仕組みだと私らトライってどうなるんだろう。


「アカリも記憶を担保にこれうけとったの?」

「そんなわけないじゃないですか。運営の手伝いするとわずかですがもらえるんですよ。それを種銭もとでにファイトに賭けて増やしたんです」

「そういうとこは手堅いね、アカリ」

「ふふん」


 でかい胸を張るのが目障りだったのでとりあえず揉む。


「うにゃっ! や、やめてくださいよ、もぉ。おっさんの乳もんだって嬉しかないでしょうに」

「そうでもない」

「そろそろ時間ね。アカリちゃんありがとう」

「いえ、私にできるのはここまでです。先のことは知りませんよ」

「十分よ」


 アカリがやってくれたのは運営に潜り込んで私とセーラを選手登録するところまで。

 ちょっと変わった登録をしてもらったからね、正攻法では厳しかったのさ。

 この旧闘技場で行われるドリームファイト、賭ける側とか運営の方になると複雑だけど選手の方から見ると極めてシンプルだ。

 試合に出て勝ち抜ける。

 試合は行動不能になるかギブアップするまで続く。

 そして七回連続で勝利すればどんな願いでも一つ『ママ』が叶えてくれる。

 一日に行われる試合数は大体十試合だけど、選手が出れるのは一日一回まで。

 最短でも七日は勝ち抜かんと願いはかなわない。

 そしてこの都市が消えるのはちょうど七日後、好んでそうしたわけじゃないけどぎりぎりだわね。


「行こうか、セーラ」

「ええ」





































 私とセーラが舞台の裾に立つとその反対には中肉中背の男の人が立っていた。

 たしかあれはメアリーに転換する人だっけか。

 今日もリーシャが高いところから皆をあおる。


「夢の国からこんにちわ。みんなの夢を一攫千金っ! ドリームジャンボファイト! はっじまっるよーーーー!」

「「「「「「「「「「「「「「うぉーーーーーーーーーーー!」」」」」」」」」」」」」」


 なんかどことなく古くて懐かしいのりよね、これ。

 ちなみにコインを増やすと小さな願いは叶えることができるそうな。

 それで皆が夢中になるんだわな。

 記憶を担保といってもそう実感がわくものではないし、試合に出るわけじゃないから危機感もわきにくい。

 レビィティリアってこういうとこがトコトン退廃した街なんだなと感じさせる。


「じゃー、みんなーー! いっくよーーーー!」


 いつもと同じリーシャの掛け声がかかる。


「ドリームーーーーー! チェーーーンジッ!」


 以前と同じように空に沸いた光のリボンが男の人を包むと姿骨格含む全てを組み替えていく。

 そこに出現するは可憐なごく普通の女の子。


「平凡こそが我が人生。標準的幼馴染メアリー、普通に登場」


 初戦の相手はメアリーか。

 まぁまぁ、強敵だけど多分いけるんじゃないかな。

 メアリーが普通に化身を遂げた一方、私とセーラの手元、アカリがセーラにも作ってくれたリングが淡く光りその代わりリボンは私たち二人には近づくことができないでいた。

 残念だったね、怪異。

 ここ数日アカリが解析してお前さんの妹転換については凡その解析は終わってるのさ。

 リングには私が思いつく範囲で『蛇女房』が苦手にしそうな物語を大量に仕込ませてもらった。


「あ、あれ? そっちの選手と控えのおねーさんの方なんかおかしい?」


 怪異の前で首をひねるリーシャ。

 そんな妹の姿を見やりながら私たちは視線で合図をする。

 ここ数日、かなりの回数練習したけど試すのはこれで二回目。

 武装については試しでやった前回はうまく形成できなかったので、変更を仕込んだ今回で一発勝負となる。

 ただまぁ、私はいまレビィと同化してるので実質セーラの契約怪獣パートナー化してると言っても過言じゃない。

 そしてセーラの神技には自身の怪獣との一体化もある。

 その神技のアレンジにこの一週間を費やしたわけだ。

 さぁ、本番だ。


「いくよ」

「ええ」


 私とセーラはお互いが付けた指輪をかちりと合わせ神技の発動を宣言した。


「「神技、表裏一体っ!」」


 二人の肉体がすべて分解され光となって宙を舞う。

 夢の中だからこそ幻想的だけど現実だったらホラーだわね。

 舞い散る光が一か所に集約し黒髪、長髪にて透き通るような瞳と少女のような美貌を持った少年を顕現けんげんさせる。


「星の舞い散るこの夜に」


 一歩前に。

 闘技場の天井全てに満天の星が投影される。

 これは私らの能力ではなくアカリが仕込んだ指輪の機能だ。

 皆が呆けるように見つめる中、満天の星から流星雨のように星が舞い落ち消えていく。


「君にささやく星の声」


 更にステージへ上る。

 落ちた星がまるで跳ねる雨のように光とともに舞い上がり、闘技場を舞いめぐる。

 それはあの夜に見た河童のワルツのように。

 皆に見せるこの演目は人魚の妹姫まいひめを救う星の王子の物語。

 その幻想をオンミョウジとしての全構築力をもって姿に込める。

 舞台に立つアイドル風のジャケットに足を十分に見せるスカート。


「溢れて流れるこの愛を、目覚めぬ姫に捧げましょう」


 胸には流れる星を象った流星マークのピンバッチがあしらってある。

 そして男の子としてのものをきっちりと収める黒いスパッツとハイソックス。

 これらの魅力を引き出す衣装はセーラのデザインによるものだ。


流星王子りゅうせいおうじ、セーラ」


 舞い踊る光が今度は一斉に舞台に立つ私たちの手元に収束していく。

 束ねられた光は手元に収束しレイピアの形に幻想顕現げんそうけんげんする。

 できあがった宝貝パオペイ流星祭剣りゅうせいさいけん』を胸に掲げて王子がささやく。


「迎えに来たよ、私のお姫様プリンセス


 セーラの声が皆の耳元にそっと響いた。

 その時、形の定まらぬ怪異かいいがわずかに震えた。

 待たせたね、地球テラ怪異オカルト

 星の演舞ワルツとしゃれこもうじゃないか。

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