夢、怪異、そして妹転換

「しまったなぁ、気を抜いてたわ。完全に相手に認知された。アカリ、セーラ、今日のとこは様子見で。できるだけ情報集めて」


 私がそういうとレビィが意外そうな声を上げた。


『なんや、お前さんのことだから相手が見えたんやったら突っ込んでいって、そんまま撃退すんのか思うたわ』


 レビィの言葉に頷く妹達。

 いや、それも考えはしたんだけどね。


「あの怪異かいいの物語がどんな感じなのかわからんことにはね」


 わからないならわからないでやりようはあるけど念のためね。


「ただ一つ言えることはあるかな」


 一息入れてから言葉をつづけた。


「外での妹融合の時にリーシャと私の接続が上手くいかないのはあれがノイズになってるからだわ、たぶんだけどね」


 怪異かいい、あやかし、妖怪ようかい

 呼び名はいろいろあるけれど共通してる点が一つある。

 それは人知を超えたという定義がなされた怪奇現象に関係する用語であるということだ。

 どっかのエライおっさんがソレが繁茂する社会のことを呪術の園とか呼んだらしい。

 近代化、科学やら資本主義を得るにはそれが支配する状態からの離脱が必要であると説いたそうだ。

 もういっこ、どっかのエロいおっさんが夢の中を分析する際に、イドといった無意識側の動きと自我、それと超自我で成り立つと説いた。

 シンプルに言うと人間、根幹部分は生まれてすぐあたりから死ぬまであまり変わんないという前提がまず最初にある。

 そこに後付けで倫理やらの超自我を植え付けるとおっさんらは考えたわけなんだけど、その超自我にもいろんな種類があるわけだ。

 分類が未熟だった古い時代でも人間の本質なんてものはそう変わるものではなく、大体みんな自分は大切だ。

 だから何か悪いことが起こった際に自身の中だけではなく、外部にもその原因を求めたりする。

 今日はついてないなとかいうよね。

 けどさ、悪いことが十連続で起こったからといって運不運で片付くような因果の連続がある場合だけとは限らない。

 人間は弱いから理解できないときほど、なんでもいいから理解しようとする。

 結果、そこには深い井戸が開き中から原初の理解できない恐怖が顔をのぞかせるわけだ。

 日本ではそのあやしい異形いぎょう怪異かいいと呼んだ。

 私個人の定義においては不定形が主体のものを怪異、擬人化プロセスを経由して戯画化ぎがかされたものを妖怪、魂魄や精霊、場所まで含む怪異と妖怪の総合表現をあやかしとしている。

 そこまで考えた私は魔導の発動条件である望遠のジェスチャーを解くとため息をついた。


「怪異と戦うには怪異を使うのがベストなのよ。普通の陰陽師なら手順式とか札とかでも対応できるけど、私の場合は創作分解に特化してるから有効打にならない」


 人はなぜ異形や幽霊、怪異を恐れるか。

 それは向うからは干渉できるのにこちらからは干渉できないという一方性があるからだ。

 逆に言うならそこを乗り越えられるものがゴーストバスターや怪異殺しになりえる。


「しいて言うなら怪異の一種である式神の幽子がいれば通るはずなんだけどね。沙羅でもいけるとは思うけどたぶん押し切れない」

「えっとこれ使ってですか?」


 そう言って沙羅さらが手に付けた降妖水舞コウヨウスイブを見せてきたので大きくうなづいた。


「多分だけどね。やってみないとだけどアカリやセーラの挙動はどのパターンでも相手をすり抜けると思う」

「それは困ったわね」


 頬に手を当てるセーラと首を傾げたアカリ。


「レイスなら月魔導のムーンバーストで消し去ることもできるんですが、それではどうなんでしょうかね」

「アカリ、ここ夢の中。アレは厳密には実体以前に存在しないのよ。だから魔導のMPに干渉する系の技は通じないと思う」

「それじゃお手上げじゃないですか」

「いや有効な手法がある。あるんだけど今日は使えない。だから今日は観察だけして帰るよ」

「「「りょーかい(です)」」」


 妹融合状態なら多分いけるんだわ。

 あれは幽子を介して融合すると定義づけられている。

 そして幽子は怪異の一種だ、だから有効になりえる。

 いい機会だから定義しておこうか。

 オンミョウジ、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニが暫定にてここに定義する。


妹融合いもうとゆうごうとはスキルという名の疑似怪異ぎじかいいの一種、怪異と人との憑依融合状態である>


 問題は今がその妹融合の内側の世界であるということ。

 せめてリーシャが手元に寄せられて夢の中でも妹融合ができるなら……ふむ。

 そうね、その手があったか。


『なんや思いついたみたいやな』

「ちょっとね」


 さてどっちがいけるかね。













「きょーのだいいちしあいっ! エントリーはこのふたりー」



 施設全体に響き渡るリーシャの声。

 皆が見下ろす円形の闘技場、その中央にある舞台に二つの影が上がる。

 一つは中肉中背のさえない男性、もう片方はマーマンみたいだわね。


「あのマーマン、なんで攻撃してこないんですかね」


 首をかしげる沙羅さら


「そこな。少なくとも私らが出会ってきたマーマンは人を見たら即襲い掛かってきたよね」

「そうですね。死にそうになると逃げることはあっても襲ってこなかったことはなかったと思います」


 この闘技場につながる地下水路を探索するようになってから、いろんなマーマンを見てきたけど基本的には人と同様な知性を感じることは極めて少なかった。

 そこらにあるものを武器にしたり、不意打ちとかはあった。

 ただ、どこまでいっても個々の個体での攻撃の範囲を出なくて、連携とか指揮の取れた攻撃とは無縁だったのは確かだわね。

 そのあたり、ゴブリンは極めて知性的でむしろ理性がある分だけ悪辣だったともいう。

 良くも悪くも、生まれて間もなく遺棄された新生児が転換した亜人だからなんだろうね。

 攻撃も単調で人を見ると寄ってきて食ったりむしゃぶりつこうとする。

 ある意味ホラーの定番みたいな動き、というかゾンビに近い。

 だが目の前の闘技場の舞台に上がっていくマーマンは違う。

 魔導の拡大でその目を見ると確実な知性の光があり、どこから調達したのか皮の鎧にぼろぼろのナイフまで手にしてる。

 少なくともああいう行動をする個体にはあったことがなかったわね。

 そんなことを考えていると物販販売のマーマンが目の前を通り過ぎていった。


「「「「…………」」」」


 私らが考え込んでいる間にもステージの上の二人についてリーシャの説明が入る。

 とはいってもうだつの上がらない下層の住民とマーマンだっていう説明なんだけどさ。

 他の観客たちも適当に聞き流してるみたいだし。

 あ、いやマーマンにも例外があったわね、たしか。

 私はレビィと月華王げっかおうの力を借りて現在の闘技場の状態を見る。

 飼育員の意識や水の記憶を探索すると種はあっけなくわかった。


「なるほど、ここにいる子らは闘技場で飼育された人に慣れたマーマンなんだわ」

「それって普通のマーマンとはどう違うんですか」


 そこは私には答えられないな、レビィよろ。


『あのな。まぁええわ』


 水の頭だけのレビィが私たちをぐるりと見やった。


『闘技場にいるマーマンは使役できるように後追いでMPが付与されとる奴やな』

「ああ、血の眷属ですか」


 アカリが何かに得心した顔を見せるとレビィの頭がニヤリと笑った。


『せや。基本マーマンはまともに動くMPをもっとらん。MPいうんは生まれた時に親からもろた分と後から身に付く分の両方があるんやが亜人になるとその大半が壊れてまう。MPが起こす体の急激な構造の変化にMP自身が耐え切れんなって自壊するんや』


 そう、少し前にマーマンに試してみた私の妹転換が未成立だった理由の一つが多分これだ。

 細かい原理はまだわかってないけど私のスキル、妹転換はその個体の持つMPを巻き込む形で初めて成立する。

 そしてマーマンたちは壊れてない、言い換えるなら生きたMPを抱えていない。

 だから妹転換に失敗した。

 やっぱり、なんでもできるってわけじゃないね。

 この分だと他にもスキル発動に隠れた前提条件がありそうだわね。


『そのマーマンを好きに動かすのに一番シンプルなんは生きた血を飲ますことや。方法はいろいろやけど血を生かしたままマーマンに固定できれば疑似的にMPを持たすことができる。結果として知性を持てるって寸法や。ま、知性ゆうても何とか主の言うこと聞くぐらいなんやけどな』


 なるほど、それなら辻褄は合う、ただちょいと気になるんだよね。

 例えば人間の場合にはMPが駄目になっても死ぬまではしばらく間があってその間は知性があると聞いてる。

 逆にリビングアーマーやインテリジェントウェポンのようなMPが付与されて生きてるみたいな生き物の場合にも知性はあるそうだ。

 このことから考えると生き物としての知性とMPとしての知性、その両面がこの世界の知性体にはあるんじゃないかと推察される。

 魂の救済とかリサイクルって話が以前出たけど、それって突き詰めるとMPに付随している知性の話なんじゃないかな。

 そんなことを考えているとさえない男とマーマンがステージの上に立った。


「これ、どうなるんでしょうか」

「どうなるもこうなるも。どーみてもマーマンが勝つんじゃないですかね」


 素での人を心配してるらしい沙羅とにべもない返事をするアカリ。

 そりゃまぁ、武器もってるマーマンと何も持ってないっぽいおっさんだとそう思うよね。

 それに今の話だとマーマンの方は闘技場の所属、つまり戦士というわけだ。


「じゃー、みんなーー! いっくよーーーー!」


 リーシャの掛け声がかかるとそれまでやる気が皆無だった観衆たちの瞳に火が付いた。


「ドリームーーーーー! チェーーーンジッ!」


 ステージの上に光が舞い一人と一匹の姿をかき消す、次の瞬間見えたのは空中に浮かぶ全裸の男性と同じく全裸のマーマン。

 というかマーマンの着てた服とかどことんだん?


『そこやない』


 そのまま空中から細い光の帯が舞い、男性とマーマンを包んでいく。

 きゅっ、きゅっと細い光の帯が彼らを縛るたびに骨格どころか形そのものがぐんにょりと変化していくのが見えた。


「え、え、あのこれ……」

「マジか」


 沙羅とアカリの呆然とした声が聞こえたが私はそれどころではなかった。

 光の帯が掻き消えたのちにステージの上に立っていたもの、それは二人の可憐な少女。

 向かって左、元、中肉中背だったおっさんから変わったどこにでもいそうな茶髪のごく平凡な、だけどかわいらしい女の子が口を開く。


「平凡こそが我が人生。標準的幼馴染メアリー、普通に登場」


 前口上をしておいて普通とはこれ如何に。

 片方の名乗りが終わると今度は元マーマンの方の少女が前に進んだ。

 海賊帽に海賊服のミニスカ版、肌の色は沙羅と違って肌色になってるみたいね。

 両手にはいかにも海賊刀って感じの剣が両手に握られている。

 その子はその二刀を煌めかせると交互に位置を変えてアピール、そして口を開いた。


「狩る、獲る。そして父のため勝ち尽くす。ジャクサニアソン様が眷属、キャプテンサニア。ここに推参」


 湧きたつ観衆。

 アカリと沙羅の視線を受けて私がセーラたちに説明することにした。


「はは、まいったね。これは私のスキル、妹転換だわ」


 なるほど、こう来たか。

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