妹の追憶 セーラ・アンドゥ・シス・ロマーニ編

 ここ数日のことかしらね。

 なんとなく変な感じがしてたのよ。

 そうね、皆はデジャブっての感じたことあるかしら。

 なんとなくやった行動や見た風景が「あれ、これみたことある」って感じるあれね。

 ユウちゃんの話だと大体一週間くらい前かららしいから、時期的にもかみ合うわね。

 さて、どこから話したものかしら。

 そうね、つまらない話で悪いんだけど本当に最初からお話させてもらおうかしら。


「かわいいわ、星羅せいら


 私が生まれたのは田舎の方、それもそこそこお金のある家だったの。

 生まれた時には父はいなかったわ。

 田舎と言ってもいろんな田舎があるけどそこは交通の要所というわけでもなく風光明媚というわけでもなく、ただただ人口の少ないとこだった。

 そんなとこで古くは名家だった私の実家にはちょっと変わった慣習があったの。


「そうですか、お母様」

「ええ、ほんとよく似合ってるわ」


 端的に言うと女装じょそうね。

 私の生まれた家では代々男が生まれると女装させて育てていたのよ。

 なんでも水崎家は大昔、土着していた蛇神へびがみだまして成り上がった家なんですって。

 その影響か知らないけど男に生まれた子を普通に男装させて育てていると事故にあったり水害にあったりして大体子供のうちに死んだそうよ。


 なんでも男絶だんぜつの呪い、というらしいわ。


 正直言ってね、迷信じゃないのとは私も思うわ。

 確かに記録を遡れは十代近く、生まれた男の子のみならず婿入りしてきた婿養子ですらも何らかの事故や病気で死んでるの。

 おかげでおはらい、エクソシスト、陰陽師おんみょうじといった連中には嫌って程あってきたわ。

 そして大体が死んだわ。

 生き残ったのはほんの一握り、しかもすごい怯えようで私の家どころか日本にすら近づかないって人もいたくらい。

 しかも高いお金を吹っかけておきながら自分の失敗を家の呪いのせいにするというね。

 中にはましな人もいたけど少なかったわね。

 皮肉なことに誰かが死ぬたびに家には大量のお金が流れ込んできたの。

 水崎の呪いは失った命に該当する富が家に入る、そういう呪いなの。

 それこそ雇われた陰陽師や使用人の人が死んでもね。

 結果、水崎家はいつまでたってもお金には困ることはなかった。

 そんな水崎家に久しぶり生まれたのが私、聖羅ってわけ。

 通例であれば七歳までは女装させたままで手元で育て、そのあとは遠縁の家とかで育てるってのが水崎家の慣例だった。

 だけど、徐々に減っていく男絶の呪いを縁者もうけてたのか、その遠縁も家が断絶するなどして私を預けるとこがなくなってしまっていたの。

 なんでも行政の方にも事情を知ってる人がいたらしくて、養子に出すとか逆に女子を養子にもらうとかいろんな話が出たらしいわ。

 だけど、私にとても執着していた母が本当に手元から離さなかったのもあって話がうまく進まなかった。

 そうこうしているうちに私が十歳になったとき、母が病気で鬼籍に入った。


「聖羅、あなたには全寮制の学校に行ってもらいます」

「わかりました」


 祖母の一言で私はミッション系で寮のある学校に編入することになったの。

 それで女子として入ったのか男子として入ったのかというとね。


「皆さん、はじめまして。水崎星羅みずさきせいらです、よろしくお願いします」


 もちろん女の子としてだったわ。

 呪いというものがどこまで影響があるかわからないと危惧した私の祖母は、私のことを成人後も含めて女子で押し通そうとしたのよ。

 この辺りが普通の女装したり、女の子の心を持った子たちと私の違いよね。

 好きでこうなったわけではないけど、別段おかしいとも自分をかわいそうだとも思わない、そういう育ち方をしたの。

 だって似合ってるでしょ、女の子の恰好。

 かわいいならいいじゃない。

 そうやって小学校、中学校と無事に終わり、高校が中盤に差し掛かったころ。

 勉強は流してやっていてもそこそこの成績はとれたし、健康上に障害があるということで体育関係の授業は全面的にさぼらせてもらってたわ。

 存外ばれないものなのよね、普通に生活してれば。

 そう、普通に生活してればね。


「せ、先輩っ! 後生です、部屋に隠させてください」

「どうしてあなたはいつも窓から入ってくるの」


 いつものように寮の窓に物のぶつかる音がするので開けるとそこにはふんわりとした髪を無造作に流した女の子がいたわ。

 木を登ってきたせいできれいな髪に葉がついてるし、片手に持ったビニール袋に大量の駄菓子を詰めてるせいでせっかくの美少女が台無しなのだけど。


「はぁ、まったく。しょうがないわね、早くこっち来なさい」

「はぁい、よい、しょ……あ、あわわわわ」


 落ちそうになるその子の手をつかんで一気に部屋に引き入れるのも慣れてしまうもので


「おちたらどうすのよ」

「先輩が私を落とすわけないです。さー、戦利品です。一緒に食べましょう、先輩」


 私がため息をつきながらその子の髪をすいてやるのがいつもの流れだったわ


「いい加減、反省しなさい、詩穂しほ

「はーい」


 生徒会副会長だった私の部屋に頻繁に入り込むようになったのがこの子、詩穂だった。

 まぁ、語りたいことはいっぱいあるのだけれども簡単に言うとね。

 付き合ってたの、私と詩穂は。

 どっちがどっちを先に好きになったかでは散々言い合ったものだけど、人目を忍んで泥のように愛し合っていたのは確かよ。

 姓としては男だけど生き方としては女性のライフスタイルになっていた私のこと、最初は戸惑ってたみたいだけどもそれでもいいと言ってくれたのが詩穂だった。

 自分でもチョロいとは思うわ、でもそんなものじゃないかしらね、人を好きになって愛するのって。

 詩穂の家はあまりお金持ちとは言えない和服の商店。

 もともと女性の服とかどうすればキレイに見せられるかを年中考えながら生活していた私にとってあの子は最高の素材だった。

 もっとかわいくできる、もっときれいに、もっと魅力的に。

 ほんとにもう可愛くて可愛くて、そして詩穂をかわいがる過程でいつの間にかほかの子の服の調整や見立て、礼儀作法の調整まで面倒見るようになってたわ。


「先輩は卒業したらどうするんですか」

「そうねぇ、服屋とかもいいかもしれないわね」


 ステックのお菓子をかじりつつ詩穂がこう返すの。


「えーー、やめましょうよ。うちの両親いつも借金でひーひーいってますよ。大体、服屋とかいうと優雅に見えますけど大体は問屋から借り仕入れしてますし、返品もできないから借金だらけですよ」

「ロマンがないわね。お金なら腐るほどあるからいいの」

「ちぇ、このぶるじょわー。いいもん、この安いチョコが私のラブなので」


 そういって小さいチョコを取り上げた詩穂。

 私は詩穂の手からそれ取り上げて口にくわえたの。


「ちょ、なにするんですか。むぐっ」


 そのままチョコを詩穂の口の中に入れてやったわ。

 しばらくののちにそっと聞いたの。


「ラブなのはチョコだけなの? 詩穂」

「…………先輩もに決まってるじゃないですか、バカ」




























「いったい何を聞かされてるんですかね。私たち」

「昔の女の惚気?」


 アカリが机に突っ伏してる。

 いやはや食後の甘味にしては激アマだわね。


「リア充爆破しろ」


 鬱々というアカリにセーラが笑いながら答えた。


「大丈夫よ、最後は心中だから」


 ははっ、えらいビターな結末だこと。


「正直、ユウちゃんがオンミョウジいってきたときには笑っちゃったわ」

「そりゃ笑うでしょうね、私もびっくりだわ。セーラが先輩だとは思わなんだ」


 そういって手を振る私に飛び上がって目をむいたアカリがあわくった声をかけてきた。


「えっ! あんた、てか、優姉が今の話の詩穂なの? 妊婦かよ!」

「ちゃうちゃう、同じ学校だったってだけ」

「なんだよ、ふぅ、驚きましたよ、ほんと」


 アカリはほんとこういう時には素が出ちゃうね。


「それで二人の間にで子供ができたんですか」

「ええ、できちゃったのよ。子供が」


 ん、それってどういうことだろう。


「えっと行為をしたんですよね」

「したわよ。だってお互い好きだったもの」


 なら普通に子供出来るんじゃ。


「さすがのオンミョウジでもわからないのね」

「そりゃまぁ、万能ではないので」

「私ね、中学のころに病気で高熱出して死にかけたことがあるの。その時にね。熱が原因でできなくなっちゃってるのよ、子供が」


 お、おう。

 アカリが恐る恐る口を開いた。


「てことは……その、えーと、詩穂って子が?」


 あー、そうかアカリはそこからわからんのか。


「アカリ、私が通ってた学校、女子高なんよ」

「え、えー」


 私がそう切り出すとセーラさんが苦い笑みを浮かべながら続ける。


「正直、不貞でできちゃったほうがましだったわね。私はそれでも育てるつもりだったし」

「ちがったんですか」

「ええ。さすがに私も四六時中あの子の動き追ってたわけじゃないし、夜にコンビニに買い出しに抜け出すような子だったから可能性としてはゼロとは言えないわ。ただ、少なくとも詩穂の中では私以外と事をしたっていうのはなかったのよね」


 甘ったるかった話が一気にホラーになった瞬間である。


「それで、その……その子は」


 聞きたいのか聞きたくないのか、アカリが恐る恐る先を促した。


「詩穂の父親が嫌がるあの子を病院に連れ込んでおろさせたわ」


 部屋が静まり返えった。


「犯罪じゃねーか」


 そうね、と苦く笑うセーラさんはさらに続ける。


「後から聞いたのだけど私の祖母が直接詩穂の家に行って話をしてたみたいなの。医者の手配は祖母がしたみたいね」


 火浦の時も世知辛い話だとは思ってけれども、セーラの語る昔話も大概だわ。


「その後はどんどん落ちてく一方よ。自分たちの親たちに嫌気がさして二人で逃げたはいいけれども行く先々で追っ手は掛かるわ、呪いはくるわ」

「あー、セーラ。その呪いなんだけど、もしかしなくても詩穂は水子だと思ってた?」

「ええ。違うのよって何度いっても駄目だったわ」


 状況的には仕方ないところではあるんだけれども、ちょっと引っかかるわな。


「さっきも言ったけど、最後の最後は二人で海にドボン、二人でなら一緒に地獄にだって行けると思ったの」


 そういうとセーラは手元にあった飲み物を口に含んだ。

 アカリが精神的にばて気味なのはほたっておいて私は一人考えを巡らせていた。

 水子のセーラか、その名は確かに呪いだわね。

 けれど呪いとしてもおかしいとこが多すぎる。

 そも水崎家の呪いはたぶん自動追尾型オートトレースじゃない。

 そして本質的に水子はたたらない、ここが最大のポイントなのよね。

 さて、どこで話がねじれてるんだか。


「こっちに来てリーシャを拾ってからの話はまた今度にしましょうね」

「せやね。おっと、午後になってるわ、リーシャとちょっと町に出てくる」


 ここ数日、私は午後はリーシャと過ごすようにしてる。


「おそくならないようにね。それと夜はちょっと見せたい場所があるから起きておいてね」

「うーい。アカリ」

「あー、はいはい、お供しますよ」


 大蛇が封印された街。

 蛇の呪いをうけて人生が捻じれたセーラ。

 その呪いは本当に蛇のものだったのかね。

 大概にして重すぎる愛は捻じれるものだけど、さてどうだろうね。

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