水の四聖

 マジか、その記憶は……リーシャにはなかったなぁ。


「その呼び方好きじゃなのだけど」


 セーラさんはそういいつつ困ったように首を傾げ頬に手を当てた。

 一つ一つのしぐさが変に色気あるのよね、この人。

 それにしても四聖しせいか。

 火浦とはまた随分と違った感じできたこと。


「マジでか」


 そういや龍札も見たことないんだわね、リーシャ。

 セーラさんの自己申告では龍札の文字は『女子』だったけど、嘘だったってことか。

 つ-か、この状況でしれっと認めるセーラさんがかなりやばい。

 あと男で『水子みずこ』ってのがもうね。

 その文字を満たすのはいろいろ想定つくけどそもそも『水子』ってのは自然じゃない状態で人工的に堕胎したり早死にした子を指す言葉だ。

 私の龍札『勇者』はともかく龍札はその人の強い未練、執着が文字となって出たともいえる代物だ。

 つまり魂の二文字。

 セーラさん、言い換えれば今目の前にいる彼はどうしようもないくらい死なせた子に執着していたともいえる。

 なるほど、確かにゆがんでいるわ。

 私から見るとごく普通の人の領分だけど状況と人によっては狂人に認定されるかもしれない。

 そんな感じに話をしていると外の太陽を雲が隠したのか外が急に暗くなった。


水葬すいそうに該当する狂人ねぇ。私にはいまいちピンとこないんだけど」

「ああ、それは本当よ。私、好きな子と一緒に海に身投げしたの」


 そういってほほ笑むセーラさん。


「あなたもそうなんじゃないの、ユウちゃん。あなたからは、そうね。私と同じ自殺した人の匂いがするわ」

「そりゃ勘違いです。私、テロによる事故死なので」

「あらそうなの。まちがっちゃった」


 幽子の自殺をかぎ取ったのかもしれんね。

 何というか変にカンが効いて危ない相手だわ。

 それと多分戦力的な意味で相当な自信があるんだろうね。

 何のかんの言っても私の見てきた魔導士ってのは結構強い。

 それを前に動揺する気配もない。

 もしくはこの時代のこの時点ではロマーニとカリス教がまだ敵対してないとかもありえるけどわからんね。

 そんな感じで私が考え込んでるとアカリが口を開いた。


「優姉、やっぱりわかってなかったじゃないですか」

「だってさ、この状況で四聖といったらアカリが言ってたあれよね」

「あれですね」


 やっぱこの姉わかってないじゃんかというのがアカリの表情からありありと感じる。


「なんで四聖だってわかったのさ」

「そりゃ私もカリス教所属でしたから。カリス教の主要な人であれば、ある程度は個人情報抑えてます」


 絶対、何かろくでもないことのために覚えたね、それ。

 いやほんとに無駄に斜めの方向の努力は惜しまん子だこと。

 暗くなっていた外にいつの間にかぽつぽつと雨が降り出しているのが見えた。


「あら、ご同輩だったのね。でもあなたみたいな可愛い子、カリスにいたかしら」


 当時は居ないだろうね、アカリがカリス教に恭順したのは戦後だから。


「そもそもカリス教徒で魔導士って聞いたことがないのだけど」

「う……それはその、色々あって」


 さっきまで調子に乗ってたアカリが説明に詰まったのか急にしどろもどろになった。

 あと、こっちをチラチラ見ながら助け求めるな。

 しゃーないな、お姉ちゃんがフォロー入れてあげるか。


「セーラさん」

「なに?」


 私はセーラさんの瞳を見つめながらアカリのフォローを切り出した。


「死んでる自覚ありますか? ここ、死後の世界ですよ」

「「え?」」


 なんでそこでアカリも驚くのよ。

 おっと、いつの間にか外の雨が結構強くなってるね。


「今更ですか? そもそもトライの時点で死後だと思うんですけど」

「ああ、違う違う。そういう意味じゃなくてさ」


 なんで私が即席でオンミョウジを始めたと思ってるのかね、この子は。

 ここ数日かけて検証したからね。

 私は足元の白ちゃんを見やってからセーラさんに視線を戻す。

 私の視線をちらりと追ったセーラさんだけど、月華王には目もくれない。

 まぁ、それ以前だわね。

 まず、トライであるはずの彼女の目に、私の月華王がうつっていない。

 アカリの目には視線が向いた時にはきちんと映り込んでるからね、月華王の端末が。

 そしてここ数日でほぼ確定したことがもう一つ。

 月華王の端末はリアルに生きている人にしか付きまとわない。

 横にいるアカリを一瞥する。


「アカリさ、この前、なんで急に察しよくなったかってきいたよね」

「そりゃ聞きましたけど……」


 答えはシンプルなのさ。


「忘れてるみたいだけど今現在、私とリーシャは妹融合というスキルで同じ夢を見てるわけなのよ。そしてこのスキルはだね」


 一息入れて続ける。


「融合してる相手の意識や記憶を閲覧できるのよ。今回、シャルの魔導で月華王経由で接続されてる他の全員も含めてね」

「ちょっとまてっ! なんだそれ、そんなのありなのか」

「ありも何もできてるんだからしょうがない。その上で」


 そして再びセーラさんのほうを向いた。


「このオンミョウジの目をもってしてもあなたのことは全く読めない」


 節穴なんじゃないのというアカリの突っ込みはスルーする。


「深度四魔導『アナザーデイ』」


 笑みを崩さなかったセーラさんがピクリと反応した。


「今回、私の連れが使用した魔導です」

「そう……いうことなのね」


 セーラさんは深くため息をつくと前髪を無造作にかきあげた。


「あの世とこの世をつなぐのは死だけじゃないんですよ。夢でもつながるんです」


 一度下を見たセーラさんの目が再び私をとらえる。

 そこには確かに狂人というしかないであろう、心が抜け落ちたような光のない目だった。


「それで。ただの過去情報を基にした模倣人格に一体何のようなわけ、ユウちゃん」


 正直言うとセーラさんにぶっちゃけるのはもっと後でもいいかなとちょっと思ったりもした。

 ただなぁ、理屈じゃなくてオンミョウジの直感的なところでさ。

 この人は最初に口説き落としておいたほうがいいんじゃないかと思ったのさ。


「別に。ただどうにもリーシャが泣き止まないのが、今の姉という立場にある私としては歯がゆかったんので。セーラさんに相談に乗ってほしいなと」

「え? そこで相談になるわけ、うっそでしょ、私四聖よ。もっとほら、人の道としてどうこうとか色々いったりしないわけ?」


 何言ってるんだか、この人は。


「億千万のモブよりも一人の妹が大事に決まってるでしょ。必要なら国一つだってつぶしますよ、私なら」

「あ、あははははは。こ、このこっ! アカリちゃん、このこ、私よりすっ飛んでるわね」

「ああ、まぁこの人ですから」


 なんで子供につかまってあきらめた猫みたいな顔してるのかな、アカリは。


「御霊降ろしも死鬼招来もオンミョウジの得意技なんです。ということでセーラさん」

「な、なーに?」


 笑いながら目じりの涙をぬぐったセーラさん。


「カリス教やめて私とリーシャを笑顔にしませんか」

「こまったわね、私、魂を白の龍王ちゃんに売り払ってるわよ」

「いいんじゃないですか。<過去情報を基にした模倣人格>なんでしょ、ならどーせ魂はここにはありません。だから契約上は問題なしです」

「優姉……」


 あったら月華王がいるだろうしね


「だって、あなたはリーシャの中に残ってた思い出のセーラさんですもん」


 外に雷が落ちた。


「あは、あははははははははははは。これは、なんといったらいいのかしら。あの子も想定外だったんじゃないかしらね、こういうのは」


 この町にしては珍しい豪雨の中、セーラさんの笑い声が聞こえる。

 そんな<彼女>に私は畳みかけるように囁いた。


「契約するのは四聖ではなく、リーシャのセーラさん、あなたです」


 詭弁なのは私が一番よくわかってる。

 歴史の陰陽師の先輩方には申しわけないけど、私にとってはオンミョウジというのは客の得心をいいところに落としこむメンタルアドバイザー的なものだ。

 そしてアカリが教えてくれた『水子』の文字が私にとっての最後の武器となる。

 私はセーラさんに手を伸ばす。


「あなたの子を今の姉である私とともに救わせてください。だからこの夢の中だけでもいいんで相談乗って助けてほしいんですよね。ダメですかね」


 一瞬、迷ったその手が再び私の手の傍に来たのを私は逃さなかった。

 がっしり握ったセーラさんの手は大きくて少し硬めでとても暖かかった。


「仕方ないわね」


 一つ勉強になった、夢の中なら死者の手も暖かいもんなのね。


「こいつ、口先三寸で四聖をおとしやがった」


 呆然とした感じに聞こえるアカリに声に私はこう答えた。


「この夢の中での私の役割はオンミョウジ。森羅万象を適当に分解して、鬼神妖怪をいい感じに妹にする女、それが私」

「あんたのオンミョウジはくるってる」


 よく言われるわ。


「というわけで今後ともよろしくね、セーラちゃん。今日から私があなたの姉よ」

「あら、私が妹なの?」

「もち。一応、私の枠はいっぱいっぽいのでアカリの下の妹ということで」


「うげっ、姉どころか妹もとか、四聖に挟まれんのかよ」というアカリの声が聞こえた。


「これはなかなかに新鮮だわね」


 セーラも納得してるみたいだしこれでよしと。

 外もいい感じに晴れてきたわね。


「たまには年上の男の妹もいいもんだわ」

「だれかっ! シャル姉、幽子姉でもどっちでもいいから、このアホ姉に突っ込みいれてください。私には無理ですっ!」


 晴れ晴れとした気分で私がセーラを見ているとなぜかアカリが泣き叫んだ。

 解せぬ。

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