世界樹
「これはまた……」
かつて小室教室の恩師や級友たちとともに訪れたそこは豊かな緑に囲まれた巨大な世界樹を頂く
騒ぎを起こす白のあの子やトライ達をクラウドと止めに入ったあのころの記憶は今でも鮮明に思い出せます。
「…………」
ですが、今私の視界にあるのは焼けただれた大地と上部が大きく焼け落ちた巨木だけです。
宙にまで届かんとしていた世界の樹は大きく背丈を失い代わりに球状の護りの結界に包まれているのが見えます。
あれは世界樹のドライアド、エウリュティリアが張ったものでしょうね。
あれだけの規模は始めてみましたが学友としてエウが多用していたものと同じ輝きをしています。
その護りの外、少し右手の方に赤い火の鳥がいますわね。
「あの、あれなんでしょう。鳥?」
「鳥ですわね」
私の隣にいる
「その……大きくないですか」
「そうですわね」
これだけの距離離れていてあの大きさに見えるわけですから優に王城を超える大きさですわね。
トライ達の持ち込んだ標準単位で三十メートルほどの高さですか。
「シャル姉さん、あれがいるということはあいつも?」
「少々お待ちなさい」
視界に魔導をかけて拡大すると怪獣の傍に人が見えます、やはりいますわね。
「『
「うー、あいつかぁ。どうするのシャルお姉ちゃん。アイラの火の制御じゃたぶんアレの炎上に追いつけないよ」
「そうでしょうね」
白の龍王が庇護するカリス教、その中でも
あそこにいる火浦もその一人、コントロールする宇宙怪獣はファイアーバードです。
四聖はそれぞれ火葬、風葬、土葬、水葬に該当する
その罪を償うために神より大いなる力を与えられた罪深き聖人である、とカリス教は吹聴していますが正直微妙なところです。
個々人の力は精々深度一の龍札由来のものですので対処可能です。
ですが、彼らが使役する宇宙怪獣がどうにもならないくらいに強い。
『怪獣とは天変地異や抗えぬ暴力的な事象が獣の姿として
私たちのかつての恩師、小室先生の言葉です。
それでも生物としての形状があり通常の繁殖行動で増える海の怪獣はまだましです。
『火、風、水といった明らかに掴めない非オブジェクト系の怪獣を宇宙怪獣と定義する』
大体にして空から降りてくることも相まって小室先生のこの定義が世間に浸透しました。
その宇宙怪獣複数体が相手、ロマーニ国では痛み分けはあっても勝利したことはついぞありませんでした。
とはいえここで逃げて回るようなら初めから西への旅路などできようもありません。
ファイアーバードの深度は四、最悪メテオストライクなら撃退は無理でも足止めくらいは可能です。
ただしその場合には世界樹にも更なる被害が出るでしょうね。
「
「はい、なくさないように胸に入れて持っているのです」
咲がちらりと胸元を開いて見せてくれた王機、ランドホエール。
この意味のない収納位置はあの姉の指示でしょうか、生活の邪魔でしょうに。
それは良いとして。
王機は初代青の龍王がくみ上げた怪獣に抗うことのできる力です。
現在ランドホエールは小室先生が仕掛けた封印に包まれています。
私やクラウドでは解けなかった先生の封印ですが、あれほどの巨大な護りを敷ける今のエウなら私たちと別のアプローチがある可能性があります。
どちらにせよやるだけやってみて駄目なら
「ならば沙羅」
「は、はいっ!」
焼け落ちた霊樹の森、その中をゆったりと歩いて行きます。
「どういうつもりなのかな、シャル」
「どうと言いますと」
視界の先、霊樹の根元にいる兵士たちが騒いでいますわね。
今になってようやくこちらを目視したようです。
兵士が百足らずに火浦、それとあのローブ姿は魔導士でしょうか。
「沙羅を一人で霊樹にいかせたことについてだよ」
「一人ではありませんわよ、私は皆で行かせました」
「アレは普通に言うなら一人でだと思うのだけどね、僕は」
どちらの意見も正しいですわね。
沙羅以外の全員を乗せた馬車ごと沙羅のポシェットに収納させた上であの子単独で霊樹に向かわせたのですから。
「咲達も一緒ですわよ」
「ああ、そうだね。君のそういう小賢しいところが僕は嫌いだよ」
「お褒め頂き光栄ですわ」
クラウドはキサを守らなければいけない。
そして沙羅が死んだりした場合にはポシェットがどうなるか、正直私にもわかりません。
ですので沙羅は何故か、そう何故か兵士に気が付かれることもなく、たとえば兵士たちの視線がこちらに集まった状態で他の兵士もちょっと視線がずれたとか見落としたとか、うっかりなどの理由で特に見とがめられることもなく無事に霊樹の傍まで到達するはずです。
クラウドが咲を見捨てない限りという条件付きではありますが。
「褒めてないけどね。それで、君自身はどうするんだい。一人であれを相手するのかな」
「それしかありません」
「僕としては一人くらいは連れて行くかとおもったのだけどね」
そう、姉からの初期の指示ではそうでした。
ただ、今の状況は想定していたより悪いものです。
ここしばらくというもの、私が予想した事象がまともにあたったためしがありません。
視界の先には結界を張った霊樹、それも多くが焼け爛れた代物。
その傍に丸くなっている火の怪獣。
国家間協定で禁止された魔導を打ち込んできた時点で可能性は感じていましたが、これは相当まずい状態です。
「相手に甘く見てもらう必要があります。それにこの状況、王機なくしては打破出来ません」
「だからと言って君がおとりになる必要はないよね」
私の周囲にクラウドの姿はありません。
相手の魔導士が音を拾ったとしてもこの会話は聞き取れないでしょうね。
「心配してくれているのですか」
「呆れているんだよ。君は火浦に勝てない」
「ええ、分かっていますわよ。私の目的は相手の視線を集めることと時間稼ぎのみです」
「そうかい。君は本当に馬鹿なんだな」
久しぶりに聞きましたわね、その言葉。
そろそろ肉眼で相手の顔が見える距離になりましたので会話を打ち切りましょう。
「違いありませんわね。では後ほど」
「逢えたらね」
澄み渡るような青空に草一つ残ってない焼け跡の大地。
兵士たちが陣を変え始めたのが見えます。
さて、どうしたものでしょうね。
話しかけてもよいですがそもそもロマーニ国とカリス教は交戦状態が継続したままの状態です。
不意をうって兵士だけでも壊滅してもよかったのですが沙羅を巻き込んだら目も当てられません。
とりあえず吹っかけてみますか。
「武器を捨て地に這いつくばりなさい。降伏すれば命は保障します」
「あぁ? ふざけてんのかてめぇ。おい、あいつ潰せ」
「まぁまぁ。あの礼装、おそらくは俺の同門。火浦殿、話をさせてもらえませんか」
そういえば今着ているこの服は魔導士の標準服を模したものでしたわね。
目つきの悪い、といいますかエロい目にしか見えない男が私の方に歩み寄ってきました。
火浦や兵士たちとの距離は十メートルほど、巻き込まない距離としては無難なとこですか。
「よぉ、俺は見ての通りの魔導士だ。あんたもそうみたいだな」
「そのようですわね」
この衣装は魔導を使わないものが着ることは許されません。
転換前は別な衣装だったのですがおそらくは姉のイメージでこうされたのでしょうね。
むしろこの男がこの服を着ていながら、カリス教に同行できているという事実が少々気になりますが今は保留にしましょう。
「で、さっきのはいい間違いだよな。もう一度言ってくんねぇかな」
「這いつくばって降伏しなさい」
「おい。ん、お前その杖はどこで手に入れた」
「これですか」
姉がそのまま持たせてくれた私の杖ですがここはすこしずらして答えておきましょうか。
「ロマーニ王がもっていた杖ですわね。頂きました」
年下の姉に。
「お前にだと。魔導王が? ありえねぇな。本人はどうした」
「死にました」
主に男として。
「ああ、そういうことか。年いっててもやるこたやってるってことだな。ならおれが貰っちまってもいいってわけだ」
何がどういうわけでそういう思考にたどり着いたのかよく分かりませんが視線が気持ち悪いですわね。
この人はたいして重要なことは抑えてなさそうですし必要なことを聞いたら倒してしまいましょう。
「しばらく前にエクスプロ―ジョンバレットを使用したのは貴方ですか」
「ん、ああ、死にぞこないの石頭に打ち込んで、ふげぇ!!」
かつて恩師から習ったフルスィングが外道の頭に直撃しました。
杖に纏わせた強化魔導が効いているのでいい音がしましたわね。
地面に数回跳ねたのち動かなくなったソレ。
さて、広範囲音声伝達魔導に声を乗せて釈明をしましょうか。
「手が滑りました」
「「「「「なわけないだろう!」」」」」
あらまぁ、カリス教の皆様は仲のよろしいことで。
「通告します。ロマーニ王位はシャルマー・ロマーニ七世から我が姉、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニに禅譲されました。私、シャル・アンドゥ・シス・ロマーニはその名代として貴方たちに無条件降伏を勧告いたします」
正確には少し違うのですが誤差でいいでしょう。
理解しているのかしていないのか、おそらく後者でしょうが言ったとたんに非難轟々ですわね。
「では実力行使いたします」
火浦は避けて兵士を全部。
とりあえず加速魔導に強化魔導を重ね掛けした上で後頭部斜め上から殴り倒して行きます。
「ちょ、おま」
加速して兵士たちの背後に随時移動し、一発で飛びやすい頭の位置を叩きます。
それが、無理なら胴体ごと力づくで叩き伏せる形で随時打撃を打ち込んでいきます。
「たすっ」
たぶん、「たす」といってるのでしょうが加速状態だと間延びした低音にしか聞こえませんね。
目につく兵士全部を倒したのを確認してから、加速を解きます。
この魔導は身体負荷が大きいので多用に向きません。
今の体になる前、病の身でこの魔導を多用したことから身体に回復不能な障害が出ました。
「ふぅ。とりあえず兵士は鎮圧しましたわね」
「いつつ……な、なんだこりゃ!」
浅く殴っておいた魔導士の彼が起き上がりましたか。
呆然と見ている火浦と死屍累々の兵士たち。
「お前、何をしやがった!」
「魔導で杖を強化して身体強化と同時に加速して殴り倒しました」
「ば、馬鹿なっ。どんな威力を使えば地面にめり込む勢いで殴れるんだよ! 金属をまとってるんだぞ」
「本に書いてあったはずですわよ。魔導の基礎は考察千回、基礎万回、迷ったら物理を強化して殴れと」
「俺の知ってる魔導じゃねぇ!」
あらま、随分と劣化したものですわね。
「それはそうでしょう。戦術魔導は原則禁止されています。何故使いました」
「何を言ってやがる! 力がある奴が使って何が悪い!」
この子が誰の弟子かはわかりませんが随分と筋の悪い育て方をしたものです。
「なら、魔導で強化して物理で倒しても問題ありませんね」
「問題しかねぇよっ!」
やれやれ、今どきの魔導士の物理離れはここまで進んでいましたか。
魔導を再体系化して広めたのは私です、ですからこれが王道ですわ。
力に溺れたこの馬鹿者に魔導の神髄を叩き込んであげましょう。
「さぁ、基礎レッスンを始めましょうか」
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