第71話 冒涜

 回復魔法をかけ続け死ぬ半歩手前でダーマスを家まで運んで来た。本当はもう死んでいてもおかしくなかったのだが、意外としぶとかった。

「ティア~! ちょっと来てくれ~!」

「何ですか? 夕飯も食べずに出かけて行ったと思ったら……」

「お前の親の仇だ」

 屋敷で聞いた事を正確に伝えると、ティアは怒りを通り越して冷徹な顔にになっていた。さっきの俺と同じだ。人は怒り過ぎると感情が反転するらしい。

「わざわざ生かして持って帰ってきてくれて、ありがとうございます」

「死ぬのはもう決定事項だ。好きにするといい」

「はい。ご主人様の心遣い痛み入ります」

 ダーマスを置いて、夕飯を食べに家に入る。夕飯はとっくに冷めていた。冷めてもたぶん美味いだろうが、

「おかえりなさい、どこ行ってたの?」

「レプス家」

 今までの事を端的に説明すると、フェイは納得したように頷く。

「ティアさんもようやく真相に行きついて仇が取れるのね、喜ばしい出来事だわ」

 家の外から汚い罵声が聞こえてくる。本当は窓を閉めた方いいのだろう。胎教に良くないがウチは血の気の多いのが沢山いるので、その辺は諦めてほしい。

「夕飯を食べ終わったら墓守の所に行ってくるよ」

「お墓なんているの?」

「ただの死体処理だよ。俺だって墓に入れるとは思っていないからな」

「あら、立派なのを発注済みなのだけれど……」

「止めてくれ、縁起でもない」

「生前に墓を買うと長生きするらしいわよ?」

「そうなのか? 子供が成人するくらいまでは生きてたけどな」

「少なくても、あと十六年は生きてもらわないと」

「先が長すぎて想像出来ない」

 夕食を食べながらそんなに生きてられるかな? とホントに思う。



「死体の処理か、承った」

「俺は町長の仕事片付けておくから、覆面の下の顔を女性陣に見せてやってくれないか?」

「そんなことの為に仕事を手伝う気か……」

「別に減るモノじゃないだろ」

「まあいい、お前の家の者たちは口が堅いだろうしな」

「じゃ、二階に行かせてもらうぞ?」

「ああ、頼んだ。何なら決済印押してくれてもいいんだぞ?」

「それくらい自分でしろ」

「では、行ってくる」

 返事をせずに行ってしまった。俺が町長みたいなこと出来るかよ、と言いたい。向こうは紛いなりにも給料は貰っているのだ、俺は貰って無い訳だし。

 ランプを持って二階に上がると嫌になるくらいの書類が山積みだった。こういうのは根気よく片付けていくしかない。どんなに抵抗しても書類は減らないのだから少しずつでもいいから片付けるべきだ。というか、この間の事で味をしめて放っておいていたのかも知れない。

「あの小娘やってくれたな……」

 文句は後で言おう、書類を片付ける時間が勿体ない、時間は有限なのだ。本当にみんな忘れがちだが……。

「これ決算書類……。俺が見ていいのかよ、まったく。一応計算合ってるか再計算するか……」

 しばらく計算に没頭していると家の中に気配を感じた。人にしては小さい、何だろう? ランプを持って一階に降りる。居たのはネコだった。墓守の飼い猫だろうか? 初めて見た。ウチはニワトリを飼っているからネコは飼えない。他に動物を飼うとしたらヤギだろうか? 雑草を勝手に食べてくれるらしい。増えすぎたら食べればいい。

「ウルルス! ちょっと来い!」

「何だよ、珍しく怒って……」

「なんだあの死体は、死者への冒涜もあそこまで行くと芸術だな!」

「それは褒めてる? 貶してる?」

「怒ってるんだよ!」

「しょうがないだろ、ティアの親の仇だぞ。死者になる前は酷い侮蔑の言葉投げつけてたぞ?」

「それを先に言え! 怒って覆面の下を見せるのを忘れてしまったぞ!」

「じゃあ、俺の仕事もここまでって事で」

「待て待て、それとこれとは話が別だ」

「お前、俺に片付けさせる為に仕事貯めてただろ」

「そ、そんな事はしていない」

 明らかに狼狽している。これは図星だな。

「じゃあ、また来るから」

「早めに来てくれ、処理できない」

 最後に本音が聞けたので良しとする。また明日来るとしよう。ランプの油も勿体ないからな。

「また明日な、墓守」

「きてくれるのか、感謝する」

「まあ、もう暗いしな。明日は早めに来るから」

「ああ、分かった」

 何かの偶然で覆面の下が見れると幸運なんだろうが、それは無いだろうな。




 

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