第56話 医院の新たな日常

 増えていたのはずの暗殺依頼が無いので医院に顔を出すことにした。ティアは鬼メニュー中だったので声を掛けずに一人で医院に向かう。今日は新しい看護婦の仕事ぶりの観察だ、客寄せパンダは今日は要らない。すでに王都まで走って後金は払っている。だいぶ怯えられたが。

「おっす。先生、居るか?」

「あ、ウルルスさん。おはようございます」

「おはようございます」

「おはよう、ユリア」

 金髪美女はユリアと言った。姓もあるのだが、特に名家という訳ではない。商人の娘だったが、家の事業が傾き借金のせいで娼館に売られる事になった。まあ、良くある話ではある。

「今日、ティアさんは?」

「二人の師匠に下で鬼メニューこなしてる」

「なんです、それは?」

 端的に先生に話してやる。聞いた先生は顔を引きつらせて、

「大変そうですね……」

「まあ、死にはしないよ。その辺の匙加減も折り込み済みだ」

「回復役が居ないと危ないのでは?」

「その時は休憩するだろう。俺が居ると休む時間もないぞ?」

「鬼メニューですね……」

「ユリア、仕事は慣れたか?」

「洗濯の仕方から教えて貰いました。人の役に立つって気持ちいいですね」

「ま、中途半端に元気な入院患者が下の世話を頼んでも無視するといい」

「しちゃまずかったですか?」

「いや? ユリアが不快でないならそれでいいさ。ただ、今後に二度と回復魔法は絶対に掛けないと言っといてくれ」

「分かりました」

 下の世話をする看護婦なんて変な噂が流れそうだ。ここは医院であって娼館ではない。噂がティアに飛び火したら、俺は町民を葬るかもしれない。

「先生は看護婦にそんな事させないよな?」

「勿論です!」

「先生……」

 これで娼館のメンバーズカードがブロンズ、シルバーを超えゴールド会員でなければ俺も素直にイイ先生だと思えるのだが、フェイの話だとプラチナ会員もそう遠くない日であることは、たぶん言っちゃダメなんだろうな。

「備品のチェックするからリストを貰えるか?」

「備品のチェックならさっきしましたよ?」

「ユリアを信用してない訳じゃないが、こういうのはダブルチェック、トリプルチェックしても偶に数が合わない事があるんだよ」

「そうなんですね」

「なあ、先生?」

「そうですね、医療品には高値で売買される物もありますしね」

「先生もここで寝起きしているが、食事で出かける事もある。たまに盗まれるんだ。高値の奴がな……」

「じゃあ、留守番は居た方がいいですね」

「まあ、医療品の横流しなんてありえないしな」

 先生の目が微かに泳ぐ。まあ、これで医療品の横流しで得た金で娼館で遊ぶのを控えてくれると助かるんだが、前に貰った高級娼館の黒い木片を渡さなくて本当に良かったと思う。医院が潰れてしまう。

「入院患者の飯は終わっているな、それじゃ始めよう」

「あのウルルスさん、入院患者に回復魔法を……」

「病床が必要になれば開ける為に使うが、それ以外で使う気はない」

「そうですか……」

「火傷の患者は軟膏でだいぶ直ってましたよ?」

「なら退院だ。看護婦に手を出すと怖いって思い知ったろうし」

「最後にいい思いもしたいみたいですね」

「速攻退院。何なら墓守を呼んでくる」

「患者を殺さないで下さい……」

「これ以上、看護婦に手を出されたら困る」

「それは、そうですが……」

「ユリアも下の世話はしなくていい。ここは医院であって娼館じゃない」

「はい、分かりました」

 医院の仕事はそれなりに忙しかった。噂好きの女性が多かったのは少し意外だったが、ユリアの身の上を聞くと頑張って、と激励して帰って行った。ユリアは少し涙ぐみながら仕事していた。

 医院はこれで大丈夫だろう。先生がティアに振られてもユリアがという重しがあれば町を出て行くことはないだろう。むしろ、くっついてしまえと思う。


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る