第133話 ルイの裏切り
金色の膜のなかから見ていた騎士たちは、身体を強張らせてその光景をただただ祈るように見る。
圧倒的な規模の魔法。いや、もはや魔法と呼べるのかも疑わしい。
リリスが放った七つの竜頭を持つ津波に飲み込まれれば、一瞬で連合軍は壊滅する。
そしてそれを阻む半透明な虹色の盾は、人知を超えたものであった。
同時にそこは、強大な神聖力が覆う場所となる。
人という存在が押し潰されてしまうような感覚。
それは神聖魔法を行使するときの、器と近い現象。
その場に溢れている神聖力に耐えきれず、金色の膜のなかで騎士たちは次々と意識を失っていった。
「傷が――」
クレアたちが魔神との戦闘で負っていた傷は、その膜のなかで綺麗に癒やされていた。
「他の騎士も治癒されているはずだ。気を失っているのは神聖力に耐えきれないからだが、そのなかなら問題ない」
ルイが背中越しに話しかける。それは現状を把握するための最低限の情報。
だが他の騎士たちと違い、傷の治癒はされているがクレアたちの意識が途切れるようなことはなくなんの変化もない。
「私たちは問題ない――みたいですね」
「俺たちはエデンに行っているからな」
エリスにルイが答えると、アランが口を開いた。
「そういうことか。ならばよかった。私たちも戦うからこれを解いてくれ」
「――――」
「――ルイさん?」
アランの言葉に、ルイはなにも答えない。
無言のルイの背中を見て、クレアの表情がハッと不安の色に変わっていく。
それは他の者も同じで、金色の膜を内側から叩き始めた。
ユスティアは聖遺で内側から破ろうとするが、それで抜け出すことはできない。
「ルイさんっ、一緒に戦うのではなかったのですかっ!」
「ルイっ! 私たちはお前と共に戦うために強くなったはずだ!
お前も私たちを共に戦う仲間だと思っていてくれたんじゃないのかっ!」
アランもユスティアと同じように金色に輝く膜に剣を振るいながら、ルイの背中に呼びかける。
アランは悔しそうに顔を歪め、それでもなんとか膜を突破しようとしていた。
ルイがゆっくりと浮かび、リリスがいる高さまであがっていく。
「ルイさん! どうしてなんですか!」
クレアの悲痛な声がルイの背中に投げかけられるが、それに対する答えはなかった。
苛立ちなのか、リリスは尻尾をウネウネと揺らしている。
口は閉じられ、赤く光っている瞳がルイの姿を睨んでいた。
「この世界の贄にしてなお、ヤツらは我に歯向かうか」
リリスの視線は、ルイが持つ右手の雷を
この神剣こそ、神代でティアマトを葬った神の加護であった。
リリスが下から水でもかけるように腕をルイへと振ると、さっきと同じように津波が発現する。
まだ微かに意識がある騎士たちは、その光景を見て絶句してしまう。
なんとか助かったと思った矢先に、また同じだけの危機が訪れたのだから。
リリスが発現した魔法を見て、ルイも漆黒の剣を水をすくうように振るった。
ルイの背後のにある加護の一部が青い光を放つと、剣先に沿うように下から同じ規模の津波が発現する。
黒と透き通った激流がぶつかり合い、二つの魔法が相手の魔法を飲み込もうとする。
それはもはや魔法などと呼べるものではなく、まさしく天災と表現するほうが納得できるもの。
それはどちらも飲み込むことはできず、お互いの魔法が相殺されて消滅した。
「な、なんだよこの戦いは。こんなの、人がどうにかできるものじゃない」
まだかろうじて意識を繋ぎ止めている騎士が呟く。
神々が行使する魔法が目の前で展開されれば、その騎士が言うことも理解できるもの。
それほど目の前の魔法は、規模が桁外れなものであった。
だが、実際は少し違う。
「この程度か」
リリスが呟いた。ティアマトはその存在のほとんどがガイアの基になっている。
力の大半がそれによって失われ、神代の頃の力はほとんどない。
だがそれはルイも同じである。ガイアと神々とでは元々次元が異なる。
さらに神々の加護を行使しているのは、人間であるルイ。
必然的にルイが使う神々の加護も、神々が使うものとは格段に出力が下がっていた。
「まぁいい。ティアマトはもういない。再生の権能を無効にしてしまうキサマさえ消せば、どうとでもなる」
リリスが腕を広げると、大きな黒い水の球体が左右に現れる。
「殺れ」
リリスが命令すると、圧縮されて回転している黒い水流がいくつもルイに向かって襲いかかった。
ルイは最初に迫ってきた水流を剣で相殺し、大きく旋回しながら水流を回避する。
ルイが動くたびに鳴り響く雷鳴。
それは深い紺色をした夜空を、黄金の雷が軌跡となって描かれる。
「ジャッジメント」
ルイが黄金色に輝く雷を発現し、黒い水流を打ち消していく。
そして黒い水流と雷の隙間を縫うようにして、光の軌跡がリリスへと伸びる。
光の速さで迫るルイに、自身と同じ長さを持つ漆黒の剣をリリスは振り下ろした。
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