第116話 戦える者

「神騎殿から見て、二人の実力をどう見ますか?」



 ルイたちの前列にセイサクリッド、ブルク王が座り、一緒にいたデューンがユスティアに問いかけた。

 デューンはクレアの隊としての戦果は把握している。

 だがそれはあくまで隊としてのものであり、クレアの実力と直結するものではない。

 特に神騎であるユスティアや、魔神殺しのルイが一緒であることを考えれば尚更だ。

 それだけに、デューンは今のクレアの実力を測りかねていた。



「心眼の将軍って名前は聞いたことがあるけど、名前が噂になるのもわかる身体強化ね。

 まぁ、見てれば結果は出るわよ」


「ユスティアさん、心眼の将軍とはなんなのですか?」



 ルイと同じように、その辺に疎いエリスが訊ねる。

 その内容はルイも興味があり、ユスティアの言葉を待っていた。



「私も詳しくは知らないけど、噂だとあの将軍に死角はないらしいわよ?」



 ユスティアの答えに、二人はさすがに驚かずにはいられなかった。

 人である以上、必ず死角はできるもの。

 それがないというのは、にわかには信じられないことであった。



「では、いきます」



 クレアが開始を告げ、真っ直ぐイアン将軍へと間合いを詰める。


「――!」


 クレアのスピードが想定していたものと違ったのか、イアン将軍の顔色が変わった。

 経験からなのか、小さく袈裟懸けに振るわれたクレアの剣をイアン将軍がしっかりと受け止める。

 だがクレアの剣はそこで終わらない。

 小さく剣を振るっていることで、連撃の繋ぎ目は小さい。

 振り抜いたところからすかさず横薙ぎに払い、それをイアン将軍は間合いを外して躱す。


 剣で受けるのではなく躱すというのは、かなり難易度が高い。

 受けるのであれば剣の軌道上に剣を置けばいい。

 だが躱すとなると間合いを確実に把握する必要があり、反応速度も求められる。

 この反応速度がイアン将軍は異常に速かった。

 一撃目の攻撃で、イアンの顔色は明らかに変わっていた。

 これはクレアがイアン将軍の想定を上回っていたことを意味するが、それでもイアンはしっかり反応をしてくる。


 クレアが剣を左から右へと払ったことで、剣は身体から距離ができてしまう。

 そこに合わせてイアン将軍は刺突を放ってくる。

 それをクレアは右に移動することで回避すると、そのままさらに後ろ向きに飛んで氷壁を発現した。

 刺突を放ったイアン将軍が、左手をクレアに向けて魔法を放っていたからだ。


「フレイムバースト」


 炸裂する炎がクレアを襲うが、それを氷壁は完璧に防ぐ。

 それを見ていたユスティアが、少し顔をしかめて注視していた。



「なんかバランスがおかしいわね」


「ああ」


「あの将軍のスピードからすると、反応速度だけ異常に早過ぎる。

 あれが心眼って言われてるところなのかしら」



 この模擬戦を見ている者たちは、クレアとイアン将軍の戦い振りを見て感嘆している。

 心眼の将軍の実力もあるのだが、それ以上にクレアの実力が高かったからだ。

 クレアの年齢を考えれば、将軍と互角に渡り合うクレアのほうが異常である。

 それはクレアをよく知るデューンが一番感じていることでもあった。



「たった一年で、ここまで――」



 今もクレアは、危なげなくイアン将軍と剣を交えている。

 時折放たれる魔法も的確であり、その発現スピードも魔導士と同等。

 現状を見ても、クレアは各国を代表するような騎士であっても遜色ないレベルであった。



 クレアが魔法を発現すると同時に、イアンの側面へ移動する。

 クレアの魔法はイアン自身を攻撃するものではなく、目的はイアンの剣にあった。

 突然剣に放たれた氷塊がイアンの剣を弾く。

 それは決定的な隙を作るのと同時に、イアンの態勢を崩した。

 すぐに剣を振れない状況をイアンは作られ、それと同時にクレアの剣がイアンの後ろを捉えにくる。

 剣がくることはわかっても、死角になっている剣は軌道を読むことはできない。


「「「「「「――――!」」」」」」


 だがイアン将軍は、これを回避してみせた。

 クレアもそうであったが、この動きにはルイやユスティアたちも目を見張った。

 今の状況は決定的であり、決まると思っていたからだ。

 イアン将軍は回避と同時に距離を取って、クレアに話しかけてきた。



「神騎殿に師事し、今は共に戦っているというだけはある。

 あの状況を作り出す戦術も素晴らしく、おいそれとできることではない」


「お褒めいただきありがとうございます。

 私も今のは決まると思いましたが、これが心眼ということでしょうか?」


「そうだな。知られても困るほどのものでもないし、クレア殿の実力を称賛してお教えしよう」



 その直後、微かにではあるが、確かにイアンの身体の周囲で弾ける光があった。



「雷属性!」


「そうだ。とても攻撃できるほどの属性ではないが、この雷を私は周囲に展開している。

 あまり出力が出ない属性ゆえ、周囲二メートルが限界だが。

 これが結界のような役割をして、死角からの攻撃でも察知しているのだ」



 イアン将軍が展開しているという魔法は、ルイが使うアブソリュート。

 その事実にクレアだけではなく、ユスティアたちも驚きを隠せずにいた。



「クレア殿の実力は想像以上に上をいっている。

 正直、実力はよくて互角か、クレア殿の方が上であろう。

 この事実だけも、クレア殿たちの実力が高いことは明白。

 だが、この程度の実力差では各国は納得しないぞ」



 この模擬戦は、ただ勝てばいいというわけではない。

 リリスと戦える実力がどこなのかを示す模擬戦なのだ。



「そうですね。あれで決まると思っていましたが、イアン将軍も私の想像を上回った実力をお持ちです。ですが――」



 クレアの視線が、イアン将軍を射抜くほどの鋭さに変わる。



「リリスにはこの程度では足りないんです」


「…………」



 クレアの言葉に、各国の王たちが注目させられていた。

 それだけ、クレアが言った言葉は未知だった。

 十分に実力の高さを見て、ただの精鋭では実力不足なのを理解していた。

 いや、していたつもりだった。

 だが、クレアはそれでも足りないと言う。



「イアン将軍、受け身はかならず取ってくださいね」



 忠告をしたクレアの身体強化に変化が起きる。

 分厚い魔力の膜がクレアを覆い、その輝きがさらに強くなった。

 最初と同じように、クレアからイアン将軍との間合いを詰める。

 だがそのスピードはさっきとは段違いに変わっていた。


 さっきまでなら十分態勢を整えて受けることができていたクレアの剣を、今度はまともに受けることができない

 剣を間に割り込ませることしかできず、イアンはそのまま弾かれてしまう。

 イアン将軍は地面を何度か転がって、それでもなんとか素早く態勢を整える。

 この状態で追撃されれば、そこで勝負はつくからだ。

 イアンが顔をあげると、クレアはさっきの場所からあまり動いてはいない。

 ただ、ゆっくりと離れてしまった距離を歩いて元に戻すだけだった。


 今の出来事は、イアン将軍や各国にとってくさびを打ち込まれたものになる。

 ただ剣を合わせただけでこれだけ弾かれてしまうのは、身体強化に大きな差があるからだ。

 これではまともに剣を打ち合うことすらできない。

 そしてこれは、クレアが各国にリリスと戦う実力のラインを示すことにもなる。


 ここでイアン将軍は初めて仕掛ける側になった。

 それはイアン将軍が実力で格下だということを認めた動きでもある。

 クレアは目上であり、将軍というイアンに対して自分から仕掛ける動きをしていた。

 だが実力差がある状態で仕掛けてしまえば、それは一方的なものになる。

 それを理解していたからこそ、イアンが仕掛けたのだ。


 仕掛けたイアンは剣を合わされて、さっきと同じように弾かれてしまう。

 そして今度はクレアの追撃を受けた。

 イアンを弾いたクレアは間合いを詰め、着地と同時にイアンの首元に剣を突きつける。

 さっきのように戦術でイアン将軍を追い詰めるというようなことはなく、ただシンプルに勝負をつけただけ。

 だがそれが逆に実力差を浮き上がらせていた。

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