第97話 魔物の侵攻

 クレアたちがブルクの領民の調査を始めた日の夜、警戒に出ていた騎士から報告があがってきた。



「魔物が国境の山に現れました。数と移動してきた方向からして、ブルクを襲撃した魔物だと思われます」


「それは確かか?」


「数は?」



 クレアと一緒に炎幕で調査結果を精査していたアランとゴードンにも緊張が走る。



「おおよそですが、八〇〇〇くらいかと……それと、魔獣らしき影が見えました」


「わかりました。すぐに対応を考えますので、それまで口外を禁じます」


「はっ!」



 報告に来た騎士が炎幕を出てすぐ、アランが問いかけた。



「クレア様、どうしますか? 今なら避難をすれば間に合うかもしれませんが」


「アランは先生とエリスを呼んできてもらえますか? その間に少し考えます」



 一五分ほどして、炎幕にはユスティアとエリスを加え、五人が集まった。



「ブルクを襲った魔物が現れたって?」



 入ってくるなり、ユスティアが早速問いかける。

 規模が規模なだけに、ユスティアの顔にも緊張の色が見て取れた。



「はい。数はおよそ八〇〇〇と報告を受けています。すぐに避難を始めれば戦闘を回避することは可能かもしれません。

 ですがブルクからセイサクリッド領へ侵入したとすると、ルーカンで魔物の動きが止まるとは限らないと思います」


「つまり、私たちが魔物との戦闘を回避した場合、他の町が被害に合うかもしれないと考えているんでしょうか?」



 クレアの考えを聞いたエリスが問う。

 それを聞いたアランたちは、その可能性を想像したのか息を呑んでいた。



「私はその可能性が高いと思います。仮に私たちが聖都へ戻ったとしても、魔物も聖都まで侵攻してくるかもしれません。

 その間にある町には当然被害が出るでしょう。

 今どういう選択をしたとしても、戦闘は避けられないように思います。

 それにブルクを陥落させた数にしては少ないです。

 場合によっては散っていた魔物が合流して、規模がさらに大きくなることも考えられるかと」


「では、ここで迎え討つということですか?」


「それしかないと思います。さいわいまだ時間はあります。

 リンド砦も近いので、すぐに動けば救援も間に合うはずです。

 ワイズロアのときとは違い、今回はそれなりの戦力を整えることができると思います」


「そうですね。ワイズロアのときと比べれば、十分余裕がありますな。

 神騎ユスティア様もいらっしゃいますし」



 ゴードンがそう言うと、自然とクレアとアランの視線もユスティアへと向けられていた。



「まぁ、しょうがないか。エスピトでクレアたちには助けられちゃってるしね」


「ありがとうございます」



 半分諦めた顔で笑顔を見せるユスティアに、クレアはお礼を述べた。

 そのあとすぐクレアは、フェルナンド王を炎幕に招いた。

 通常であればクレアから出向くべきであったが、フェルナンド王の家族や領民へ今回のことが漏れてしまう可能性を潰すために来てもらったのだ。



「八〇〇〇か……」


「不躾な質問かもしれませんが、ブルクに現れたのはどのくらいだったのでしょうか?」


「三〇〇〇〇だな。だが討ち取った魔物も当然いる。

 まだブルク領に残っている魔物もいる可能性を考えれば、その八〇〇〇という数は信憑性のある数字かもしれん」



 自国のことを思い出したのだろうフェルナンド王は、苦しい顔をみせていた。

 視線は簡易式のテーブルに向けられているが、その目が見ているのは別のものだ。

 無意識なのだろうが手はグッと握り込まれ、唇はギュッと閉じられている。



「それで、そなたたちはどうするつもりだ?」


「本国と連絡を取ってからの判断になります」


「なるほど。では、クレア大隊長はどう考えている?」



 今回クレアたちは、フェルナンド王を聖都へつれて戻ることが任務だ。

 戦闘を行うとなれば、この任務を遂行することはできない。

 ましてや今回の任務はフェルナンド王の護衛。

 判断を仰ぐ必要があるため、クレアはその事実を述べるに留めた。


 だがフェルナンド王は、さらに問いかける。

 まっすぐにクレアを見て、見透かそうとする目を向けていた。

 今回の魔物の襲撃は、フェルナンド王にとっても危機なのだ。



「私の考えを述べるのであれば、ここで魔物を退ける必要があると考えています」


「……そうであろうな。魔物に対してどのような対応を取ることになるか、分かり次第教えてもらえると助かる」


「もちろんです。当然セイサクリッドの問題ではありますが、同時にここにいるブルクの人たちにとっての問題でもありますから、対応が決まり次第報告はさせていただきます」

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