第95話 城塞ブルクの陥落

 クレアたちの活躍もあり、リンド砦への騎士の派遣は無事に行われた。

 だが、魔物が活発化しているのはセイサクリッドだけではない。

 クレアたちがリンド砦にいた頃、別の場所でも戦闘になっていた。


「ダメだ! これでは保たん。王に脱出するように伝えろ」



 ブルクも同じように魔物の襲撃を受けていた。

 だがリンド砦とは大きく異る。

 魔物の襲撃は周辺の町や村などではなく、王城があるブルク自体に行われていた。


 ブルクは城塞ブルクとも呼ばれ、街全体が砦のような強固な造りとなっている。

 これは珍しい造りではあったが、魔物が出現する森が極めて近くにあるブルク故だ。

 このことからブルクは立て籠もり、遠距離からの魔法で応戦。

 それで魔物は散るだろうと踏んでいたのだが、そうはならなかった。

 壁は破壊され、そこから魔物が侵入。

 魔物の侵入原因となる壁を破壊したのは、文献でしか見たことがない魔獣だった。


 邪魔だと言わんばかりにベヒーモスは、手近な建物をその巨体な体躯でなぎ倒す。

 そしてそれは建物だけではなく、侵入してきた魔物と戦う騎士たちまで葬ってしまう。

 そこら中に散らばる瓦礫と死体。

 魔法によって放たれた炎は街を燃やしているが、それを食い止めるような余裕はない。

 ブルクの騎士たちは、時間を稼ぐくらいしかできることがなかった。



「ベヒーモスは押さえることもできません」


「――――」



 最終防衛ラインで指揮を執っている隊長と呼ばれた騎士は、報告を受けて苦悶の表情を浮かべる。

 もはやブルクの陥落は免れず、騎士たちは領民たちを逃がしていた。

 一人でも多く助けるためには、とにかく魔物を押さえて時間を稼ぐ必要がある。

 それにはベヒーモスをなんとかしなければならないが、問題はそれができないことにあった。



「――――仕方ない。軍勢魔法を使うぞ」


「なっ! 本気ですか?!」


「どのみちブルクは陥落する。もう損害など考えても意味はあるまい。

 今はそれよりも、少しでも時間を稼ぐことだ」



 ローブを身に着けている者が驚いていたが、隊長の言葉で杖を握り込んだ。

 唇を噛み、眉間にシワを寄せている。



「気持ちはわかるが、街は時間があれば元に戻せる。

 だが死んでしまえばどうにもならん」


「……そうだな」


「ま、魔物だぁああぁぁあー!」


「――! 必要な人数をつれて行け! ベヒーモスは任せたぞ。

 魔物を押さえて領民を一人でも守れえぇー」



 隊長と呼ばれていた騎士の号令で、領民を誘導していた騎士たちも魔物へと向かう。

 ローブを着た騎士は、四〇〇ほどの数で上空から向かう。

 本当であれば一〇〇〇人規模での魔法を行使したいところなのだろうが、すでに前線で戦っている者たちもいる。

 最終防衛ラインに魔物が現れたというのもあり、今はこれが限界であった。


「半円になってムスペルヘイムを使う! ベヒーモスから離れろぉー!」


 それは炎属性の最上級魔法。

 魔道士たちは四〇〇メートルほどの距離で、ベヒーモスを半円に囲む。

 そしてベヒーモスの周りにいた騎士たちは、全開の身体強化でその場を離れた。


「暖かなそれは健やかなる炎

 災いを払うは灼熱の炎」


 魔道士たちが詠唱を始めると、ベヒーモスの周囲で魔力が高密度になっていく。

 それを感じ取ったのか、ベヒーモスは腕を振って吠える。


「それは灰燼かいじんへと導く浄化

 すべてを焼き尽くせ! ムスペルヘイム」


 魔法名を魔導士たちが唱えた瞬間、一瞬にして周囲が燃え盛る。

 それはベヒーモスも例外ではなく、ベヒーモスの周囲はすべてが燃えた。

 ムスペルヘイムの炎で景観が歪んで見え、空間までをも焼き尽くしているかのよう。

 建物は一瞬にして黒焦げとなり、次々と灰となって崩れていく。


「四〇〇程度とはいえ、軍勢でのムスペルヘイムだぞ……」


「こんなの、倒せるわけない」


 ムスペルヘイムの範囲にあるすべてが崩れていくが、ベヒーモスだけはそうならなかった。

 確かにムスペルヘイムの炎はベヒーモスを覆っている。

 茶と紫が混ざったような色の肌は変色しているが、逆に言えばそれだけということでもあった。


「キサマら邪魔だ」


「ぐっ――っぐふぅ」


 隊をを引き連れてきた魔導士の胸を、赤い血で濡れた灰色の腕が貫いていた。

 腕が引き抜かれると、胸を貫かれた魔導士は地面へと落ちていく。


「ま、魔神!」


 この日、城塞ブルクは魔物の襲撃によって陥落。

 セイサクリッドの聖都に魔神が現れたことは、他の国々にも伝わっていた。

 被害もそれなりに出ていたが、聖都では魔神が討ち取られている。

 この事実は、他の国々の認識を狂わすことになってしまっていた。

 魔神を倒すことはできるのだと。

 だがブルクが陥落したという事実は、魔神と魔物の脅威が国をも滅ぼすことができるということを認識させられることになる。

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