第80話 神域エデン
エスピトにある山の入口から歩いて半日くらいのところで、ルイたちは休憩をしている。
「ルイくんに蹴られたお腹が痛いぃー! 傷物にされたから責任取って」
「さっきエリスに治癒してもらっただろ」
「治ってないかもよ?」
「じゃぁパナケイアに会ったときに文句でも言え」
このルイの言葉は、思った以上に効果があった。
いつもなら冗談のようにすることができる言葉であったが、今はその女神パナケイアに会うために向かっているのだ。
「ユスティアさん? そんな不敬なこと言う人には、もう治癒してあげませんよ?」
それがあるからか、エリスもいつも以上に厳しかった。
山に入ってからの道中は、快適そのものだった。
エスピト周辺の森に感じた清涼な感覚が、山に入ってからさらに強くルイには感じられた。
魔物はまったく出ず、穏やかな時間が流れている。
ピクニックに来ていると言ってもいいほどだ。
エルフたちが神聖な場所だと言うのも、あながち間違いではないのかもしれない。
「帰るの気が重いよぉ。もうさぁ、さっきみたいに山下りたら、そのまま突破して聖都に帰らない?」
少し冗談のような感じに聞こえるが、ユスティアの言ったことは真面目に考える必要があり、選択肢ではあるなとルイは思った…………。
小鳥のさえずりと、水が流れる音で意識が覚醒するのをルイは感じた。
聴こえてくる音は心地よく、まだこの
だがそれが自分たちの状況に合わないことに気づき、意識的に目を開く。
ゆっくりと広がる視界には、エスピトに似た風景が広がっている。
やさらかな芝が大地を覆い、果実がなっている樹々がそこらじゅうにあった。
緩やかに流れる川が向こうの方に見え、自分たちがさっきまでいた場所ではないことに気づく。
視界がハッキリとせず、見えているのになにかのフィルターを通しているかのようにルイは感じた。
「ルイさん、これはいったい?」
クレアたちも目を覚まし、周囲を見て異変に気づく。
「眠っていたのか? 今さっきまで、夜だったはずなのに」
アランも状況を整理しているのか、自分たちがどういう状況であったのかを確認しているようだ。
そんななか、今までと決定的に違う部分がルイとエリスにはあった。
エリスは両手を祈るように組み、恐る恐る周囲を見渡す。
「目が覚めたようですね。こちらへどうぞ」
五メートルくらいのところに丸いテーブルとイスがあり、そこに招く女性の姿が目に入る。
さっきルイは周囲を確かに確認した。
そのときにいなかったのは間違いない。だが、突然現れたというのも違うような感覚を覚えていた。
エリスはその場で両膝をついて、祈るような姿勢になっている。
だがエリスがそうしてしまうのも、ルイには理解できることだった。
周囲に満ちている神聖力は、いつも神聖魔法を行使するときに感じるもので、目の前にいる彼女からは強烈にそれを感じたからだ。
クレアたちは周囲の神聖力は感じられないようだったが、目の前に現れた女性にはなにかを感じているような顔をしていた。
「エリス、そんなところにいないでこちらで話しましょう。
せっかくあなたたちを、神域に喚んだのですから」
「ここがティアマトが言っていた、エデンなのか?」
「そうです。ここは神域エデンであり、私がガイアを見守っている場所でもあります」
ルイがテーブルにつくと、クレアたちもテーブルについた。
ルイはパナケイアの対面に座り、隣にアランとユスティアが座る。
テーブルは円卓であったため、必然的にクレアとエリスはパナケイアの隣に座ることになった。
エリスはもうカチコチになっていたが、それはクレアたちもあまり変わらない。
みんな緊張してしまい、まともに顔をあげることもできなかった。
「少し気持ちを落ち着けてください」
テーブルには、さっきまでなかった紅茶が用意されていた。
その紅茶からは、とても芳醇な花の香りがしている。
ルイが一口飲むと、それは甘く香り高い。その甘さは、確かに気持ちを落ち着けた。
だが、エリスは紅茶を一口飲むと、涙を流していた。
「私は、ここに座る、資格が、ありません。パナケイア様に御神託を、授かったのに、私はルイ様から、一度離れてしまいました」
下を向いてしまい、静かに涙を落とすエリスを見て、パナケイアがやさしく抱きしめる。
少しの間そのままでいると、エリスも少しだけ落ち着いていたが、その顔は真っ赤になっていた。
「それでいいんですよ。自分の意志で動くのであって、神の意志で人は決まるものではないのですから。
神々はあの戦いで、アナタたちの選択を見守っていました。
そしてティアマトは、一度しかできなかった加護を授けた。
その時点でリリスというガイアの呪いは、ルイに託されることになったんです」
パナケイアは真っ直ぐとルイを見て言った。
「俺は最初、来るつもりはなかった」
「そうですね。あなたがそう思うのなら、人の運命はリリスがいる世界のままということになっていたでしょう。
ティアマトに転生されたあなたのことは、ずっと見ていました。
前世の記憶があるが故に、よりつらい道を歩むことになってしまったこと、私も胸を痛めました。
ガイアという世界を実際に見てあなたがそう思うのなら、それがガイアの運命だったのでしょう。
ですが、あなたはここに来た」
「べつにガイアのことなんか考えているわけじゃない。
ただ俺は、エドワードとカレンに約束したからってだけだ」
「それでいいのです。人の運命とは繋がりのなかで選択されていくものであり、神々が決めるものではないのですから」
パナケイアはそう言うと、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
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