第67話 地獄の炎
夏という季節は、人々に開放感のようなものをもたらす。
ギルドで傭兵をやっている者、暑い外で汗をかきながら建築に携わる職人等、これから日が落ちようとする時間帯には飲食店がある通りに集まる。
冷えたビールを飲みながら、その店の看板メニューを肴に笑い合う。
この季節は店外の席も盛況だ。
外で遊んでいた子どもたちは、まだ明るさがある空を名残惜しみながら帰宅の途につく。
この時期にはいつもと同じ、当たり前の日常が聖都で営まれていた。
そしてそれは、突然に起こった。
「インフェルノ」
青の炎が、いきなり建物や人を飲み込む。
炎に触れていない距離にいる者まで、一瞬で青い炎に包まれてしまう。
「あぁぁあああーー」
「助けてぇぇー」
「苦しいぃーーーー」
青い炎に包まれた者は、その炎の向こうに苦痛の表情を浮かべ、顔と喉を押さえる。
それもホンの数秒で、そのあとは倒れて炭と化してしまう。
逃げようとしても周りは青い炎が燃え盛り、西地区の半分は青の地獄へと変わってしまっていた。
「どうしてこう逃げ惑うばかりで、なにもできないのが多い。
こんなのが我が物顔で、あっちこっちに生息しているとは」
それはゆっくりと、青い炎に包まれている地面へと下りた。
青い炎で燃える音、泣き叫ぶ声、混乱状態にあるそこで、なんでもないことのように歩くそれは異質だ。
炎に包まれて助けを乞う人が、それに手を伸ばす。
だが、それに触れることはなかった。
どこから出したのか、それはいつの間にか青い剣を持ち、助けを求めていた者の首を斬り落としていた。
それは周囲をキョロキョロと見ながら、まるで散歩でも楽しむかのように歩みを進める。
青い炎がそれの肌を照らし、生気を感じさせないような白さを強調させる。
膝まである黒い髪には炎の青い艶があり、一捻りしている赤い角が口元の辺りまで伸びていた。
スラッとした女性の身体に、赤い角と瞳が異常性を感じさせる。
そして後ろにはウネウネと振るわれている、細い尻尾が揺らめいていた。
「な、なんだこれは!」
「至急応え――」
巡回していた騎士が騒ぎによって来たところを、それは青い剣で一閃する。
「ワラワラと集まってきて、下級の魔物と逆のことをする。弱いくせに、生物として欠陥としか言いようがないな」
「――! ま、魔物かっ!」
「人型の魔物?!」
「邪魔だ。トルネード」
風魔法の竜巻をそれは起こし、目の前にあった人であったものや騎士たちをその場から排除した。
それにとっては掃除でもしたかのような感覚なのか、さらに歩みを進める。
「あの建物が一番神聖力を感じるか?」
それが向けた視線の先には、真っ白な大きな建物であるパナケイア教団の神殿があった。
だが次々と現れる騎士たちを見て、それは顔をしかめる。
「虫のように湧いてくる」
「「「「「キィワスギア」」」」」
高圧縮され、激しく回転している水魔法がいくつもそれに向かって放たれた。
頭上から、背後から、側面からと周囲を取り囲んで迫る魔法に対し、それはなにもせずにただ立っている。
そして騎士たちの魔法は直撃した、かに見えた。
だが肌に触れたところから、どんどんと魔法は消失していく。
放たれた水魔法は魔導士たちが放ったものであり、魔法に関しては一段高いレベルにある。
それがまったく届いていないのだ。
それは魔力の差と言えるものだった。
「ここに加護を受けた人間がいると思うが、知ってるいるやつはいるか?」
「――! 言葉を……魔物では、ないのか」
騎士たちの顔が凍りついていた。
ワイズロアで、魔神が現れたということが少し前に報告されている。
その魔神は魔物とは違い、言葉を理解していたとも言われていた。
そこにいるのは人型ではあるが人ではない。
そして言葉を話し、魔導士たちの魔法が通じない魔力。
見たことがない騎士たちにも、それが魔神だというのは理解できることだった。
「…………」
魔神の言葉に対する反応は、魔法が撃ち込まれ、騎士たちが剣を振り下ろすというものだった。
それは絶対的な力量差による生存への恐怖の表れ。
騎士たちが冷静であったのならば、このような行動をしてもダメージが通らないことは理解できていたはず。
だが魔神に攻撃されることに恐怖し、その結果先に攻撃をするという行動だった。
魔法はまたも魔神には届かず、振り下ろされた剣もカースナイトのように弾かれてしまう。
「話もできないのなら、お前たちも死ね。インフェルノ」
「うわぁあああぁぁぁぁぁ」
周囲がまた青い炎に包まれ、建物、騎士たち、魔導士たちが燃える。
人はのたうち回って叫び、周囲は青い炎が埋め尽くす。
それはまさに、地獄の光景と表すに足るものだった。
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