第39話 覚醒

 ルイが魔神の前に進み出ると、自然とそこだけ空間ができるように騎士たちが離れた。

 どの騎士たちもボロボロだが、魔神が半分遊んでいたようで致命傷だけはないようだ。

 魔神はルイを見て、忌々いまいましげに睨んでくる。



「どうしてキサマが生きている? あの傷は致命傷だったはずだ」


「俺が寝ている間、随分やりたい放題だったみたいだな?」


「……まぁいいだろう。傷が治ったところで、今度は間違いなく殺すだけのことだ――――っ!」


 それはまさに一瞬だった。

 一瞬の雷光がはしったかと思ったときには、魔神の首が斬り落とされていた。


「誰が俺を殺すだって?」


 さっきまで魔神と戦っていたクレアたちは、今起きたことに言葉が出ない。

 気づいたときには、魔神の首が落ちているのだから。

 落ちた魔神の頭を左手の剣でルイが串刺しにすると、下から睨みつけていた魔神の頭が霧散する。

 身体の方はルイと距離を取り、すぐに頭が再生していた。

 魔神はさっきまでの余裕がなくなり、随分と苛立っている様子。



「一度命拾いしたからといって、調子に乗るな」


「さっきと同じようにはいかないぞ?」


 ルイの言葉でさらに苛立った魔神の顔が歪み、今度は魔神から動く。

 魔神が先に動いたのはこれが初めてのことであり、魔神の苛立ちを表していた。

 宙には火属性のフレイムランス、風属性の衝撃波であるインパクト、土属性である石礫いしつぶてのロックがルイの周囲を埋めている。


「このメチャクチャな数はなんだよ……」


 周囲の騎士たちの目が、ルイの周囲に現れた魔法に向かう。

 通常であれば到底一人で発現できる量の魔法ではない。

 これだけでも魔神が一度に行使できる魔力が尋常ではないことがわかる。


「死ね」


 魔神が言うのと、魔法がルイに向かって放たれるのは同時だった。

 ルイは魔法が放たれると同時に、神聖魔法の盾で左側の魔法を受け止めて活路を見出す。

 さっきまでいた場所にはいくつもの魔法が炸裂している。

 だがそんな一瞬で終わる量の魔法ではない。


「フレイムバースト」


 進路上に豪炎が新たに現れ、ルイはそれを魔力が放出された剣閃で相殺。

 後ろから迫る魔法を方向転換で回避し、そこを狙う魔法をまたも相殺する。

 ルイの行く手を何度も魔法が阻もうとするが、これはことごとくルイによって空振りに終わっていた。

 そして魔神が動く。


「――紫電」


 ルイのまとっている雷がほとばしり、雷鳴が響く。

 魔神が動いた瞬間逆に距離を詰め、ルイの刺突が貫いていた。


「ぐっ」


 距離を詰めている間に、狙っていた核からルイの剣はズラされて右胸を貫いている。

 ルイのヴァルキュリアは、さっきまでとは変わっていた。

 血によって赤く染まっていた目は赤く染まらず、動きの制御もできていてスピードがさらにあがっている。

 身体強化では通常考えられない雷に迫るようなスピードであったが、今のルイはまさに雷に迫るスピードであった。

 それでも核への攻撃をズラすだけの反応を見せる魔神は、紛れもなく魔神なのだろう。


 ルイが魔神に突き刺さっている剣を抜くと同時に、魔神が左手の爪を振り下ろしてくる。

 ルイは剣を抜きながら態勢を低くしてそれを回避し、左手の剣を魔神の目の前で投げつけた。


飛輪ひりん


 とっさにそれを魔神は右腕でガードするが、斬り裂かれた腕を再生するところから斬り裂かれる。

 ルイは魔神の左側に回り込み、飛輪をガードしている右腕を一閃。

 魔神がルイを睨んでくるが、ルイはそれを相手にせず冷静に魔神を追い詰めていく。

 右腕が再生する前に、最小の動きで高速の剣が魔神の両目を斬り裂いた。

 数秒ではあるが、目と右腕を失った魔神は一気に窮地に陥る。

 ルイは飛輪で投げた剣を呼び戻し、持つ二振りの剣の連撃で魔神を削いでいく。

 それはまさに、一方的と言える状況になっていた。



「ルイ、お前すげぇよ。すげえぇよ! そのままやっちまえー」



 エリスに回復してもらったエドワードが、たまらず叫んでいた。

 アランも、他の騎士たちも、みんなが剣を握り締めてルイと魔神の戦闘を見守る。 



 天秤は完全にルイに傾いていた。なのにルイの攻撃は魔神の核に届かない。

 魔神が他を無視してでも、核だけをガードしているというのもあるのだろう。

 側面などに移動して攻撃することもできるが、今それをやると再生の時間を与えることになる。

 このまま押し切りたい場面ではあったが、ルイにはあと一手が足りなかった。


「ルイさんっ!」


「――! 迅雷」


 ルイが雷を発しながら回転して魔神を斬り刻む。

 魔神は迅雷をまともに受けて吹き飛ばされるが、同時に再生が始まった。


「飛輪」


 吹き飛んだ魔神に向かって、ルイは右手の剣を投げつけて追撃をする。

 再生が始まる魔神に、雷をはしらせた高速回転の剣が飛ぶ。

 そしてクレアが投げた聖遺を、ルイは雷で引き寄せた。


「紫電」


 ルイは最速である突き技で、再度魔神に向かう。

 ルイが持つ聖遺の刺突で魔神の頭が再度吹き飛び、二撃目である剣の一閃で片腕と胴体を両断。

 その剣は振り抜きざまに投げ捨て、魔神を削り続ける飛輪で使った剣を引き寄せる。

 そのままもうひとつ残った腕を斬り捨て、高速で跳躍すると真上から聖遺を投げ放つ。

 聖遺は雷の槍となって魔神の左胸を貫いた。

 核を破壊された魔神は霧散して消え、聖遺も光の粒子となって消えた。



「はぁー、やっと、か……」



 魔神の霧散を確認し、ルイが膝に手をついて息を整えていると騎士たちから歓声があがった。



「ルイィ~! お前、魔神を倒しちまいやがったな!」


「ルイ様」



 エドワードは大興奮で、エリスがそんなエドワードを押し退けて傷の有無を確認していた。



「もう、魔力もほぼ空なんだ。少し、休ませろ」


「魔神を倒したっていうのに、ルイはいつもと変わらないな!」


「まったくだ。これなら大丈夫そうだな」



 アランまで軽口を叩き、騎士たちの笑い声があがる。

 ルイのことを知らない騎士たちまでが笑い、静かになった戦場に笑い声が広がっていた。

 この戦場で初めて一緒に戦った騎士たちもいたが、同じ死線を越えたという一体感ともいうべきものが芽生えているようだった。



「みなさん? 町で待っている仲間もいるんですから、帰還しますよ!」



 ルイが目をやると、チラチラと視線を向けてくるクレアが少し不機嫌そうに言っていた。

 そして俯きがちにクレアは来ると、ルイの袖を掴んだ。



「ル、ルイさんも、帰りますよ」



 まだ深夜で暗いというのもあって、クレアの顔はルイからはよく見えなかった。

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