第6話 邪神リリス
「「「「「「「「「「フレイムランス」」」」」」」」」」
一つ一つしっかり魔力が練られた、火の中級魔法が上空にいくつも現れた。
それは燃え盛る炎の槍。炎の勢いが強く、轟々と唸っている。
周囲の後方に、軍の魔導士と思われる者たちがいて魔法を行使していた。
上空から狙うのは、周囲の被害を考えてのことだろう。
五〇ほどのフレイムランスが、リリスに向かって一斉に発射される。
上空から降ってくるいくつものフレイムランスを見たリリスは、なんでもないようにそのまま立っていた。
次々とリリスに降り注いで炎が上がった瞬間、突然それらが一瞬で消える。
かわりに現れた大量の水魔法が、すべてのフレイムランスを消し去ってしまっていた。
「馬鹿な――」
傷一つ付いていないリリスを見て、魔導士たちの表情が強張る。
「サイルジス!」
土の上級魔法である鋭利な棘が地面からリリスに向かって迫ったが、リリスに触れたところから次々と砕けていってしまう。
あとに続いた魔導士たちの魔法も、結果はかわらなかった。
「聖遺じゃないと。せめて先生がいたら……」
「……」
かつて一度だけリリスが消えたことがあったが、このときに戦った七人の騎士が用いた武器が聖遺だと伝えられている。
聖遺は召喚するもので、この世界の武器ではないらしい。
それらの武器は強力であり、邪神リリスにも傷を与えることができたとされていた。
だが誰でも召喚できるわけではなく、聖遺が応えた場合にのみ召喚される。
そして今聖遺を召喚できるのは、この世界でたった一人しか確認されていなかった。
騎士たちの攻撃が止んだことで、リリスがルイに向き直る。
縦に割れた竜のような瞳は、さっきまでの色と違い水色の透き通ったような色に変わっている。
そしてリリスがルイに手をかざすと、突然ルイが胸を押さえて苦しみだした。
「うあぁ――」
「ルイさん!」
クレアがルイの名前を呼ぶが、ルイはそれに応える余裕などなかった。
胸の部分に、焼きごてを当てられているような痛み。
ルイは、ただその痛みに耐えることしかできなかった。
それはほんの十数秒という時間だったが、ルイには一分にも、二分にも感じられるような時間。
痛みが引くと、ルイは地面に手をついて身体を支えなければ倒れるほどになっていた。
なんとかルイが顔を上げると、それを見ていたリリスが掻き消えるように消えた。
あとに残ったのは、倒壊したいくつかの建物と残骸。
そして死傷者だった。
ルイはすぐに動けるようになり、クレアの下に戻る。
クレアが受け止めて抱いていた女の子は打ち身はあるみたいだが、運がよかったのか軽傷と言えるものだった。
「クーア」
ルイは女の子を癒やしの神聖魔法で癒やし、すぐに母親と思われる女性のところに連れていった。
「娘を助けていただいて、本当に……ありがとうございます」
母親にも同じように神聖魔法をかけると、女の子を抱きしめてお礼を告げる。
女の子も母親を治してもらい、うれしそうにお礼を言っていた。
だが当人たちとは違い、周囲の人は少し違う。
「子供を助けるのに、あんな投げ方しなくても……」
「他にもやり方はあったんじゃないかしら……」
大きな声で言っているわけではないが、それでも非難するような視線をルイに向けて話している。
あの場面では身体強化を解くことなどできるわけがない。
その結果、確実に女の子を抱きとめることができるクレアにルイは預けた。
あの判断を間違っているとルイは思っていない。
むしろあの場面で動いたのは、ルイと魔法を使ったクレアだけだった。
「クレア様が受け止めていなかったら、どうなっていたことか……」
「今まで聖都に、邪神リリスが来ることなんてなかったのに」
「あの黒髪が引き寄せたんじゃ……」
髪の色で呪いだとか、今までルイは噂にされたことはある。
ただの言いがかりであるのは間違いないが、このような反応はルイにとって珍しいことではなかった。
「ルイさん……」
クレアがルイの肩に触れようとするが、
そのときのルイは、なにもなかった。
周囲に対する感情だとか、とにかくなにもないという感じだ。
そんなルイの雰囲気にクレアはなにもできず、ルイはそのままその場を離れた。
リリスが聖都を襲撃した夜、クレアはデューンの帰宅を待っていた。
軍を任されているデューンは、襲撃の事後処理などがあるだろうことはクレアにもわかる。
だがそれでも、クレアは心に決めていたことがあった。
「お父様、お願いがあります」
帰宅したデューンが、居間のソファに座ったのを見計らってクレアは切り出す。
「クレア。お前もリリスが現れたときに現場にいたらしいが、どこも怪我はないのか?」
「はい、どこも怪我はしていません」
「そうか……不謹慎かもしれんが、死傷者も出ている。よかった……」
クレアから見て、デューンはいつもよりも疲れているようだった。
「リリスを見てどうだった?」
「なにもできませんでした……なにをしても止められないという感じでした」
クレアは伏し目がちに、正直な気持ちを話した。
「私に入った報告も、お前と同じような感じだったな。
だが、あれだけの被害で済んだのは幸運だった」
「お父様。メディアス家で一人、私専属の騎士として迎えていただけませんか?!」
「専属の騎士?」
「はい。今は私個人で彼を迎えることはできませんが、必ずメディアス家にとっても有用な騎士となります。
いずれは私自身で迎えますのでそれまでの間、どうかお願いします」
「……詳しく話してみなさい」
クレアは、先日の討伐訓練のことから話をした。
自分が助けられ、トロルを倒したのはルイだということ。
聖騎士ではあるが、魔法騎士と同等以上の近接戦闘が可能だということ。
そして今日の現場にルイがいたことも話した。
「客将扱いでお前の小隊に迎え、いずれ配属で入隊というわけにはいかないのか?」
「残念ながら、今のところ軍に入るつもりはないみたいです。
軍は安定した収入で待遇は悪くないと思いますが、小隊の騎士では待遇面で納得しないでしょう」
「どこの家の者なんだ?」
「貴族ではありません」
「……人格的にはどうなんだ?」
「人格者とは、言えないと思います。軍に興味がないのも、待遇面で魅力がないという感じのようでしたし……」
「貴族ならそういう者もなかにはいるが、それで戦えるのか?」
この部分は、クレアも答えが出せていないことだった。
ルイと何度か話した限りでは、他の誰かのために戦うという意志はまったく感じられない。
それは軍の騎士である矜持など持っていないのと同義のような気さえした。
「このままでは、彼が軍に入ることはないと思います。
ですが彼は、今日の現場で女の子を助けてもいます。
誰も助けに入ることができなかったリリスを相手に子供を助け、傷を負わせることはできませんでしたが近接戦闘もしています。
必ず専属の騎士として迎えるにたる働きを私がしてみせますので、お願いします」
「……確認するが、メディアス家が専属で迎える意味は理解しているな?
一般的な私兵というわけではない。
メディアス家に限らず、専属で迎えることなど他家もほとんどない。
お前の小隊の働きは、厳しい目で見られることになるぞ?」
デューンがクレアの意志を確認するように、鋭い目で見てくる。
クレアの小隊が厳しい目で見られるようになるということは、同時に専属で迎えた騎士を持つメディアス家が見られるようになるということでもあった。
そんなデューンの目を真っ直ぐ受け止め、クレアは答えた。
「わかっています。彼は必ず私たちの力になってくれます」
「……わかった。一度会わせてくれ」
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