第十四幕 八年という月日


カシマ美容サロン。

私が見据えて、信じた道は、決して間違って無かった。

日本は多様性を重んじる時代が訪れて、男性も化粧をするようになってきた。

あの時は、何度も上からバッシングされた。

“君ねぇ、男性用のファンデーションって“


だから個人で経営することにした。

何を言っても、上は動かないから。


見なさいよ。

新時代を。こぞって“男性のお肌“とか言うCMがバンバン流れてる。


世間は手の平を返して私を称賛した。


“各々、信じる道を歩んでくれたまえ!“


あの子、今頃、どうしてるかしらね。

世界的パンデミックが起きてる、この日本を、あの子はどう見てるのかしら。



“カシマ店長“

事務所に、新人のネイリストであるカオリが遠慮がちに入ってきた。

“どうかしました?カオリさん“


“いえ、実は、私、お客様に叱られてしまって“


見据える。

あたたく見据えて。


“そう。じゃあ一緒に謝りにいきましょう!“


そうして、お客様の話を丁寧に聞き取ると

カオリさんには一切の不手際はなかった。

「お客様、うちの者の施術、接客には、一切の不手際がございません。店長の私でも、同じ事をしたでしょう」「それで、ご不満であれば、他のお店をおすすめ致します」


「店長!」カオリさんが私を引き止める。

「いえ、私てっきり」

「怒られる。と思った?」

くすくす。と笑う私を見て、唖然としてるカオリさん。

「そんなわけないでしょ?カオリさんがそんな不手際、するわけないもの。まずは事実確認。当たり前のことでしょ?」


こういうことね。

アイツのしてたことは。

でも、気づいてるかしら。

このやり方は“リーダー“というポジションについてる者でないと発揮されない。

アナタが、どんな業界の仕事に就いても、最初はコテンパンにこき下ろされる。

どんなに改善を訴えても、“何も見据えていない上役“なら、全くもって、動かない。



“カシマ店長“

事務所に、今度はユリエがやってきた。

私が、最初に雇った、今となってはベテランのネイリスト。

“どうしたのかしら?ユリエさん“


“実は、お客様が、どうしても店長に一度お会いしたいと“


“まぁ、それは光栄なことね“


アポなしだけど。会いたいと言われて悪い気はしない。

まして、お客様であれば。


事務所に入ってこられたお客様は

少し小柄でありながら、紺のジャケットを着こなして、銀縁の眼鏡が良く生えて、髪はアシンメトリーに整え、固めている。

なかなか良い男じゃない。


“鹿島店長さんでいらっしゃいますね。この度は折り入ってご相談が御座います“


いかにもデキるビジネスマンって感じ。

そりゃ、爪だって整えてらっしゃるでしょうね。

男性のお客様も、特に接客業の方は、ネイルをしてもおかしくない時代だもの。


“どうぞ、掛けてください“


“ありがとうございます“


堂々とした佇まいから、確たる自信を持って。

悠然と腰掛ける彼。

上品だこと。


チラリと指を見ると、左薬指には指輪をしている。


結婚ねぇ。

もう誰も“婚期を逃した“なんて、言わなくなった。

“結婚が女の幸せ“なんて、言った日には、逆に女性からバッシングが飛ぶわ。


“ご相談というのは?えーと、“

“申し遅れました。私、こういう者でございます“


差し出された名刺を両手で受け取る。

“頂戴いたします。申し訳ありません。私、名刺を切らしておりまして“


そこまで言って、受け取ったものが

名詞ではない事に気づく。


トランプ?

裏面を見ると、ハートの2

そこに“そんなわけないでしょう“とイタズラっぽく書かれている。


“アナタ、、“


お客様だった、その悠然たるビジネスマンは、その雰囲気を一変に消した。


“ようやく気づいてくださいましたか!?アサミさん!“


“タロちゃん!?“


まるで子供っぽい笑い方で、アシンメトリーの髪型を、整髪料で固めた箇所を、くしゃくしゃと、あえて遊ばせて。

いつもの髪型であろうパーマに戻した。


“さすがアサミさん!こんなに大きなサロンを経営されていたとは!“


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