第186話 悪だと判っていても
「父、
「はい」
対する光世は神妙な面持ちで短く答える。
「さすが……と言っても、それを調べた上で父上を引きずり下ろそうとしてるんだものね。普通の感覚の人間なら、父上の過去の罪を知れば排斥しようと声を上げる」
「でも、閻の民は、その事を知らないんですよね?」
「そうよ。だって真相を知っている人間は私達兄妹以外皆、父上が殺してしまったんだもの。だから人々は父上に何の疑問も抱かずに従っているの。大飢饉に見舞われた先帝の時代より、明らかに食糧に対する不安はなくなった。その表側の功績で、人々は父上を有能な指導者として受け入れたわ。私達兄妹が朝廷の重鎮に任命された事にも不満は出なかった。でも……」
不意に
突然見た事のない悲しげな表情をする
「私は、父上が今の地位に就く為にした行為は『悪』だと思っている。そして、私達兄妹が父上の悪行を知った上で今の地位に就いている事も……『悪』だと思っているわ」
意外な
「……そうだったのですね……なら、何故、
光世はドキッとして目を逸らす。
「行動……。光世ちゃんは私の立場なら何が出来る? 父上に
「それは……」
「死罪よね? 父上だけじゃないわ。私達兄妹も一族全員殺される」
光世は返す言葉が見付からずに俯いた。
「私はね、光世ちゃん。臆病で卑怯な人間なのよ。例え罪を犯したとしても、私の家族には死んで欲しくないし、私も死にたくない。だから、自分の口からは何も言わないし、何もしない。私達の行為が悪だと分かっていても、今の
「それなら、丞相を排斥しようとしている私を何故すぐに殺さないのですか? 話を聞く限り、私は貴女の敵でしかないと思いました」
「無駄な殺生はしないわ。
「でも貴女は
「私はね、光世ちゃんの事、閻を滅ぼしに来た賊徒には思えないのよ。そうね……むしろ、閻を救いに来たんじゃないか……って思うのよ。だから様子を見ようかなって思ったの。これは根拠も何もないただの私の勘だけどね」
「きっと、
「そういう事でしたか。それで合点がいきました。私を解放すれば、
「さすが光世ちゃん。頭良いわね。 私って狡い女でしょ? 失望した?」
「いえ。狡いとも思わないし、失望もしません。家族の命に関わる選択です。たとえ悪でも大切な家族。家族の命を優先したい気持ちは分かります。そしてそれが同時に国を守る事になるのなら、現状を維持する選択もまたありなのかと……。私が同じ立場で同じ選択をするかは……分かりませんが」
「優しいのね、光世ちゃん」
董陽はまた悲しげな視線を向けたので、光世は首を横に振る。
「でも、もし私の計略が閻を滅ぼすだけのものだとしたらどうするんですか? 私は元々
「その時はその時。私は光世ちゃんに賭けたの。貴女に初めて会った時から只者じゃないと思っていたから。まるで、
不意に核心を突く
「それで滅びるならそれは私達の運命。大人しく受け入れるわ」
どうやら
「さて、話は終わり。今の話はお互い秘密にしましょう」
「光世ちゃんがいつまでここにいる事になるのか、私にも分からないけど、
「ありがとうございます……」
あまり嬉しくなさそうな光世の様子を見た
「あら? これは……まさか、拷問されてるの??」
「え?? いや、違います」
焦る光世の反応を見て、少し
「全て察したわ。使う? あと
「え……あー……いや、私今両手使えないし……」
残念そうな表情で、光世は後ろ手に嵌められている木製の手枷を見せる。
「あーそっか。大変ね〜。じゃ、ここ置いとくわね。辛いだろうけど、頑張って!」
光世は急いで立ち上がり格子の間から
「
光世の叫びは
少しは待遇面を改善してくれるかと期待した光世は涙目になり、格子に額を付けてズルズルと崩れ落ちた。
***
日は傾いていた。
上官の
自分に過ちはないと確信していたのに、それが過ちだと指摘された。
軍人には向いていない。その言葉が一番心をエグった。
自身の価値観が揺らいでしまった。
だが、
「おじさん……」
不意に
喧嘩別れしたままの父の友人。思えば本気で、まるで自分の娘のように心配してくれていた気がする。
「でも、もう帰れないよね……。
丁度そんな時だった。
路地の奥から1人の兵士が近付いて来た。
「
「何か用?」
「とある方からのお手紙を預かって参りました」
「とある方?」
「読めば分かります」
要領を得ないやり取りに、仕方なく兵士から手紙を受け取り中身を検める。
『もし
手紙を読み終えた
音もなく姿を消していた。
「
呟いた
「おじさん……まだ私の事待ってくれてるんだ」
「今夜か。急がなきゃ」
日はいつの間にか沈んでいた。
駆け去った
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