第98話 秘密の話1
「俺は
鍾桂と名乗る男は、友好的な笑みを光世に向けた。
「私は……光世。何で宵や日本の事知ってるんですか?」
辺りに人が居ない事を確認しながら光世は小さな声で訊ねる。
「そうか、朧軍から投降した女軍師ってキミか」
「……そうですけど」
光世は鍾桂に猜疑の目を向けながら応えると、鍾桂は平気な顔をして無遠慮に光世の隣に腰を下ろした。光世は咄嗟に身体1つ分横に距離を置く。
「そんな避けなくても……俺が宵の事やニホンの事知ってる理由話すから。キミの事も教えてよ。何か困ってるみたいだったし」
「……分かりました。でも、まずは貴方から話してください」
「いいよ」
敵意も嫌な感じも全くない鍾桂。光世は少しだけ話を聞いてみる事にした。
♢
「そう……じゃあ、鍾桂君と
「そう。宵の秘密は俺と李聞殿以外誰も知らない筈。宵が他に話してなければ」
「そっか、それは大変お世話になりました」
光世は鍾桂から宵との関係を聞くと、鍾桂へと身体を向け頭を下げた。
「いやいや、俺も宵と出会えて人生変わったし、新たな目標も出来たんだ。世話になったのはこっちかもしれない」
「え? それは」
「さ、俺は話したよ。次はキミの事を聞かせてよ」
光世は1つ息を吐くと、静かに自分の生い立ちを話し始める。
「宵が貴方に話したのなら私も話すけど、私も宵と同じく異世界の日本という国から来た迷い人。宵が居なくなって、私はその行方を探す中でこの世界に迷い込んだの。理屈は分からないけどね」
「そっか……やっぱり宵と同じようにここへ来たのか」
「同じように……? 少し違うかも。私は初め朧国に飛ばされていた。でも、宵は初めから閻帝国に居たんでしょ?」
「ああ、そうだった。宵と初めて会ったのは閻だ。宵が閻の森の中で裸足でウロウロしていたのを斥候の兵士が見付けて連れて来たんだ」
「最初に辿り着いた国の違いで、私と宵は違う道を辿り、違う考えを抱くようになってしまったのね……」
「違う考え……? どういう事?」
鍾桂が問うたその時、近くでパキッと枝が折れるような音がした。
驚き2人はその音の方向へ顔を向ける。
「お、お待たせ〜光世様〜……」
若干顔を引き攣らせながら、何とか作り笑いをしている
「あ! 貴方は宵様に馴れ馴れしいスケベ兵士ではありませんか! まさか、光世様にまで手を出そうとしていたのですか!? 許すまじ……!」
「清華ちゃん……もしかして、聴いてた?」
恐る恐る光世が訊ねると、清華は白々しく首を傾げる。
「あの時の下女か。聴かれたとあっちゃ、ただで返すわけにはいかないな」
「鍾桂君? 何を……?」
光世の問に答えず、鍾桂はスっと立ち上がり、怖い顔をして清華に近付いていく。
「え?? ちょ、私何も聴いてないです! 待って、い、一体私に何しようって言うの!?」
胸と股を押さえて狼狽える清華の前で鍾桂は止まった。
「聴いていないんだな?」
「聴いてません」
「ならいいか。悪いけど、ちょっと光世と話がしたいからしばらく向こうへ行っててくれ──」
「別に聴いてたって構わないわよ。清華ちゃん。私と貴女はもう友達だもん」
鍾桂が清華を手で追い払うのを遮り光世が言った。
「え……えっと……」
「本当に聴いてないならもう一度話すよ。宵が鍾桂君に全てを話したように、私も清華ちゃんに全てを話す」
光世が言うと、清華は覚悟を決めたように顔付きを変えた。
「聴きました。盗み聴きするつもりはなかったんですが」
「いいのよ。それじゃあ、鍾桂君。清華ちゃんも仲間だから仲良くしてあげてね」
すると鍾桂はまた笑顔に戻った。
「分かった。宜しくな、清華」
「……はい、宜しくです」
清華は恥ずかしそうに鍾桂の目を一度だけ見ると、すぐに光世の隣に腰を下ろした。
***
瀬崎宵は朝廷から提出を求められている作戦報告書の作成の合間を縫って、重傷を負い床に伏している
「宵です。入ります」
声を掛けると応答があったので、扉を開けて中に入った。
「お加減は如何ですか?」
「変わりないです。私はすぐにでも動けます」
寝台から上体を起こし不機嫌そうに答えた姜美。周りには誰もおらず、部屋の外に兵士が待機しているだけだ。
「動いちゃ駄目ですからね。もしまた傷口が開くような事したら、私が手脚を縛って寝台に括り付けますから」
「ほう、それはそれで興味深い。では、1つ暴れてみますか」
「コラ」
「ははは、冗談ですよ、軍師殿。やはり軍師殿を
「まったくもう……こんな時まで冗談を……」
ケラケラと楽しそうに笑っていた姜美だったが、深刻そうな顔をしている宵の顔を見ると笑うのをやめた。
「またそんな浮かない顔をして。どうしましたか? 今の私なら、いくらでも相談に乗る時間はありますよ」
姜美が言うと、宵はそばの椅子に腰を下ろした。
「あの……閻帝国の事について、教えてください」
「何を今更。軍師殿はたくさんの書物をお読みになり、閻の事は知り尽くしたと思っておりましたが」
宵は首を振った。
「私が知りたいのは、書物には載っていない、“閻帝国の闇”についてです」
宵の言葉に姜美は顔を背けた。
沈黙が部屋に訪れた。
「確かに、どんな国家にも光と闇の部分はあります。しかし、それを知ってどうするのですか?」
「それは……」
「知りたいなら教えてあげます。ですが、それを知ってしまえば貴女はもう……」
姜美は言葉を詰まらせる。
宵はゴクリと唾を呑む。
「私の友達ではなくなるかもしれません」
姜美の寂しそうな表情を見て、一瞬躊躇ったが、宵はすぐに覚悟を決めた。
「どんな事を知っても、私と貴女の友情は壊れません」
宵の言葉を聴いた姜美は、溜息をつく。
「では、お話しましょう」
宵はこくりと頷いた。
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