第68話 謝罪

 廖班りょうはんが亡くなった直後、瀬崎宵せざきよい劉飛麗りゅうひれい李聞りぶんに呼び出された。先に廖班の幕舎で軽く事情を説明したが、改めて聴取される運びになったのだ。

 部屋には他に軍監の許瞻きょせんだけがいる。李聞同様、悲痛な面持ちをしている。

 重苦しい空気の中、宵と劉飛麗は上座に座った李聞の向かいに立たされている。

 李聞は頭を抱えながら廖班の死について言及を始めた。


「劉飛麗。もう一度訊くが、廖班将軍の部屋に何をしに行った?」


「明日ここを発つ元主もとあるじへ最後のご挨拶をしに」


 宵の隣で劉飛麗は答えた。いつもの凛とした雰囲気はなく、消沈しているように見える。


「本当に部屋にはお前だけだったのか?」


「はい。わたくしだけでございます」


「廖班将軍は突然何かに怯え、発狂し、寝台から落ちていた」


「はい」


「お前は助けを呼んだのか?」


「いいえ、呼びませんでした」


「何故だ」


「もう助からないと思いましたので」


「助かったかもしれなかっただろ」


「あの血の量では助かりません」


 劉飛麗の答えに、李聞は突然卓を叩いて立ち上がった。

 宵は身体をビクッと震わせる。


「例え助かる望みが薄くとも、目の前で元主が倒れたのなら助けを呼ぶのは当然の事! お前は廖班将軍を見殺しにした! お前が手をかけたわけでなくとも、罪がないとは思うまいな!」


 李聞は珍しく激昂していた。李聞の怒声を聴いたのは、廖班が宵を嵌めて軍に戻した時の一度だけだ。怒りに満ちたその瞳は、劉飛麗を睨みつける。


「如何様な罰も受ける覚悟です」


 劉飛麗は目を閉じて頭を下げた。まるで初めからこうなる事を予測していたかのように潔い。


「待ってください、李聞殿!」


 だが、覚悟を決めている劉飛麗とは違い宵は堪らず口を挟む。

 李聞と許瞻の視線が宵に向く。

 劉飛麗は宵を見ない。


「飛麗さんは廖班将軍を殺してないんです! 助けを呼ばなかったのだって、人が目の前で発狂して血を噴き出して死んだら恐怖で動けなくなっても仕方ありません。声だって出ないかもしれません」


「だがな、軍師。劉飛麗本人が“助かる望みがないから助けを呼ばなかった”と言ったのだぞ? お前も聞いただろ?」


「……聞きました……聞きましたけど、それは嘘ですよ。本当は怖くて助けを呼べなかったんですよ。ね? そうですよね? 飛麗さん」


 劉飛麗を何とか助けたい。その一心で李聞に反論するが、当の本人は首を横に振った。


「わたくしを庇わなくても大丈夫ですよ、宵様。わたくしのような最低な人間を庇えば、貴女も罪に問われるかもしれません。……もとより、たかが下女など切り捨てるくらい──」


「ふざけないでよ!!」


「……宵様?」


 宵の怒声に、さすがの劉飛麗も困惑の色を見せた。


「何でそんな事言うんですか? 私は貴女をただの下女だと思ってません」


 宵は劉飛麗に抱き着いてその豊満な胸に顔を寄せる。


「たかが一月ひとつきと少し。けど、私にとって、貴女はもう大切な人。前も言ったじゃないですか、貴女は家族。私の……お姉ちゃん・・・・・だって」


「……あ……、れ……き……ちゃん」


 劉飛麗は何とも聴き取れない言葉を震える声で発したかと思うと、口元を押さえ、大粒の涙を流しその場に崩れ落ちた。


「ひ、飛麗さん?」


「ごめんね……ごめんね……あたし、馬鹿だね……」


 嗚咽を漏らしながら聞こえるのは、今まで聞いた事のない親しき者への言葉遣い、今まで聞いた事のない一人称。それに宵が困惑しない筈がない。

 それは李聞や許瞻も同じで2人共感情をほとんど見せなかった劉飛麗の豹変ぶりに言葉を失っている。

 戸惑いながら、宵は劉飛麗の前に両膝を突き顔を覗き込む。


「飛麗さん? 大丈夫ですか?」


麗姫れいきちゃん、あたしどうしたら良かったの? 教えてよ……」


「れいきちゃん……て? どなた……ですか?」


 劉飛麗は宵の問い掛けに涙で濡れた顔を上げた。

 大きな瞳が宵を見つめる。


「ごめんなさい、宵様。わたくし……ごめんなさい」


「何が……何がごめんなさいなんですか?」


「廖班将軍を殺したのはわたくしです」


「え……」


 聞きたくなかった真実。

 宵は言葉を失った。

 李聞と許瞻は顔を見合わせて同様に絶句している。


「お話致します。廖班将軍が死に至った経緯。そして、わたくしの過去を」


 宵は黙って頷いた。

 姉のように慕い信頼していた劉飛麗が、人を殺すなど、にわかには信じられない。だが、きっと今から語られる劉飛麗の過去にその答えがあるのだろう。

 袖で涙を拭い呼吸を整える劉飛麗を、宵は黙して見守った。

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