第64話 攻略、八門金鎖の陣! ~姜美 対 徐畢~

 姜美きょうめいの騎兵一千が陣営を飛び出し、朧軍ろうぐんが展開する八門金鎖はちもんきんさの陣へと駆けていった。

 軍師・よいの指示通り、東南の生門せいもんへと向かい、先頭の騎兵は皆槍を逆手に持って構える。

 そして、先頭を勇猛果敢に行く黒いマントを靡かせた姜美の指示で、騎兵は皆槍を投擲のように敵陣へと投げた。

 槍は雨のように、円形の陣の最前列の敵兵が構える盾を貫き、その身体へと突き刺さった。

 だが、僅かに崩れた前列を背後の兵が入れ替わるようにフォローに出て陣形を立て直す。


「行けーー!! 徐畢じょひつを討てーー!!」


 姜美の高い声が戦場に響く。細い声だが戦場の喧騒に掻き消されたりはしない凄まじい迫力だ。

 前列に出て来た朧兵の頭を兜ごと姜美の槍が叩く。


「続け!!」


 まるで臆する事のない姜美に閻兵達も遅れる事なく続いていく。

 順調に生門へ侵入し直進。遠くに見える指揮台・龍眼りゅうがんを目指す姜美の騎兵隊。その通り過ぎた後には、槍で打たれ、あるいは突き殺された朧兵が何人も転がっている。

 ところが、このまま直進すれば龍眼というところで、前方の朧兵の陣形が変化する。たちまち盾を持った朧兵が姜美の行く手を遮り壁を作る。代わりに左右への道は綺麗に開かれた。明らかに誘導されている。

 だが、ここで姜美は宵の言葉を思い出す。


 ──直進。止まれば死ぬ──


「突破する!! 続けーー!!」


 姜美は叫びながら槍を振り上げ、乗っている馬を棹立ちにし、前脚で朧兵の盾を踏み付け、その勢いで人壁を乗り越えた。

 朧兵は頭上を盾で防ぐが、そのお陰で盾が道となり、姜美はその上を華麗に駆けていく。

 後方からは姜美の騎兵隊も同じく朧兵を足蹴に必死に続いている。

 予想外の行動に驚いた朧兵達は持ち場を離れ姜美へと槍を突き出して襲い掛かる。


「雑兵共が! 私に斯様な槍が届くものか!!」


 突き出された槍は、たちまち姜美の槍に弾かれ、その勢いで顔面を槍で殴り飛ばす。


 怒涛の突撃を続けると、あっという間に姜美は八門金鎖の中央まで到着していた。

 ここまでは上手くいった。そう思って背後を顧みた姜美だったが、僅かに誤算が生じた。

 背後から付いてきていた筈の騎兵隊がまだ敵の中段程で戦闘していたのだ。


「チッ」


 舌打ちをした姜美のもとに、徐畢の指揮台を守る朧兵が群がって来る。

 槍や戟を振りかざし、単騎の姜美を容赦なく襲う。その数およそ30。

 馬上で襲い来る槍やげきを躱し、槍1本で攻撃を受け弾く。最初こそ順調だったが、その人数に次第に攻撃を捌き切れなくなり、馬から転げ落ち地面に倒れた。

 だが、朧兵はここぞとばかりに地面に這い蹲る姜美へと槍を向け、躊躇う事なく突く。

 その槍先を転がりながらすんでのところで躱し、近くの朧兵の足を蹴り飛ばし転ばせると、身軽に飛び起きて、倒した朧兵の身体を足場に空高く飛び上がった。背中の黒いマントがバサバサと靡く。

 まるで空を飛んでいるかのような姜美の姿に、朧兵達は絶句。

 一瞬隙ができた朧兵を、空中で身体を捻った勢いを利用して槍を振る。


「うあぁっ!」


 数人の朧兵は姜美の空からの槍を避け切れずその場に昏倒。

 同時に姜美もその場に着地。周りの朧兵達はその常人離れした姜美の身体能力に怖気付き一歩後退る。


 ♢


「奴は何者か?」


 龍眼に立ち1人奮戦する姜美を見て徐畢はそばの兵士に問うた。


「奴は費叡ひえいの副官・姜美です」


「そうか、奴が文謖ぶんしょくを斬った姜美か。これ程までの勇猛さとはな。何としても捕らえよ! 陸秀りくしゅう将軍に引き渡す!」


 徐畢が命じると兵士はすぐに辺りの兵達に命を伝えた。


 ♢


 姜美を襲う兵が増えた。

 完全に囲まれ流石の姜美も体力が尽きかけている。龍眼の徐畢を討ち取る体力は残しておかねばならないが、どうやらそうも言っていられない。

 ジリジリと詰め寄る朧兵を姜美は鋭い目付きで睨み付ける。

 槍を低く構え獲物を窺う姜美の姿に、朧兵はなかなか攻撃出来ないでいた。異様な気迫が朧兵を躊躇わせているようだ。

 姜美が仕掛けた。

 槍を鞭のように振り回し、朧兵の横っ面を思い切り叩いていく。打たれた者は堪らずその場に倒れる。

 ヤケクソになった朧兵が声を上げて槍を突き出す。それを姜美はひらりと躱し、代わりに槍の切っ先をその身体に見舞う。朧兵の鎧を簡単に貫き、柔らかい腹へと槍先が至り、引き抜くと同時に血を吹き出して絶命していく。

 血は宙を舞い、姜美の白い頬に点々と付着した。


「怯むなー!!」


 敵の小隊長らしき男が喝を入れる。

 その大声に呼応して、姜美の背後の朧兵が一斉に槍を構え突っ込んで来た。

 姜美は雄叫びを上げると、背後から迫る数本の槍を自らの槍で上からまとめて地面に叩き付けると、端の朧兵の頭へ上段の蹴りを放ち、ふらついて倒れたその身体に飛び乗ると跳躍。朧兵共の頭上から空を割いて槍を振り下ろす。

 一列に並んでいた数人の朧兵の兜ごと頭をカチ割った。


 その並外れた動きに、またしても朧兵は狼狽え距離を置く。

 姜美の呼吸は乱れている。汗が額から滝のように流れ、地面にぽたぽたと落ちていく。


 と、その時。姜美の背後から騎馬隊が飛び出して来た。


「姜美様! 遅くなりました! お怪我は?」


 ようやく現れた味方の騎兵6騎は姜美を守るように取り囲み、さらに続く騎馬隊が周りの朧兵を踏み殺していった。


「怪我はない。助かりました。貴方達も敵を蹴散らしなさい!」


 姜美が言うと、6騎の騎兵も敵に突撃し、先程朧兵を指揮していた小隊長らしき男を槍で突き殺した。そしてたちまち龍眼付近の朧兵を駆逐していった。


「やりおるわ、あの姜美とやら」


 龍眼から姜美の活躍を見ていた徐畢が言った。

 八門金鎖は辛うじて形を保っているが、もはや機能はしていない。


「私は将軍の徐畢だ! 陣を破られたまま退却など出来るものか! せめて貴様を捕まえて陸秀様への手土産にしてくれるわ!」


 徐畢は大声で宣言すると、そばの兵から偃月刀えんげつとうを受け取り、龍眼から飛び降り姜美の前へ着地した。


「其方が徐将軍か。この陣形は見事でした。ですが、我々の軍師の方が、一枚上手でしたね」


「ふん! だいぶ疲弊しているようだが大丈夫か? 小僧」


 見上げる程の巨体。まるで大岩のようなその徐畢の身体に比べると、姜美の小さく華奢な身体は小枝のようだ。

 息も切らし疲労困憊の姜美へ容赦なく偃月刀が振り下ろされる。


「うっ……!!」


 咄嗟に槍の柄で頭上の刃を受け止める。だが、その重さは今まで経験した事がない程の重量で、姜美は立っている事が出来ず、片膝を地面に突いてしまう。

 それでも押し潰そうと、徐畢の偃月刀は姜美の槍を執拗に押し続ける。


「くっ……馬鹿力め……!」


 ぷるぷると震える腕。このまま力尽きれば頭から真っ二つに両断される。しかし、この状況から抜け出す事は出来ない。下手に動けばやはり身体は両断される。

 歯を食いしばり、打開策を考える姜美。

 一瞬、槍を押す力が弱まるのを感じた。すぐにそこから脱出しようと膝を上げたその時、胸を思い切り蹴り飛ばされ姜美は後方へと吹っ飛び地面を転がった。


「捕らえろ!!」


 徐畢の命令で朧兵が集まり、地面に大の字に倒れている姜美の四肢を掴み押さえ付ける。


「離せ! 触るな! 下郎!!」


 じたばたと暴れる姜美の細い手足では、屈強な朧兵達に抗う事は出来ない。ましてや抗う力など残されてすらいない。


「陣は破られても、私の勝ちだな、姜美よ」


 勝ち誇ったニヤケ面で徐畢が言った。


 だが──


「姜美様をお助けせよ!!」


 八門金鎖の中央を駆け回っていた姜美の部下の騎兵と、さらに後続で追いついて来た騎兵が周りの朧兵を蹴散らし、姜美の四肢を押さえる朧兵共も斬り殺した。


「お手を!」


「済まない」


 姜美が手を伸ばすと、馬上の兵は軽々と姜美の身体を担ぎ上げ馬の背に乗せ、そのまま西の景門けいもんへと向かって駆けていった。

 姜美の騎兵が通った生門から景門にかけて朧兵の死体が大量に転がっていた。徐畢は姜美を追わず、すぐに退却の号令をかけていた。


 それを確認すると、姜美は兵士の背中にもたれるように気を失った。

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