第28話 迫り来る脅威、始まる戦

 葛州かっしゅう高柴こうし城。

 東の隣国、ろうとの国境にある城である。

 そこに李聞りぶん廖班りょうはんに従い入城していた。

 高柴の元太守である成于せいうが戦死した為、麁州そしゅう荒陽こうように逃げ込んでいた高柴の残兵を新たに編入した廖班の兵力は3万5千余り。兵糧や武器の輸送も荒陽から滞りなく行われた。

 部将として連れて来たのは、汐平ゆうへいでの戦闘の時と同じ、張雄ちょうゆう安恢あんかい楽衛がくえい戴進たいしん、軍監に許瞻きょせん。そして、揚武中郎将ようぶちゅうろうじょうとなった李聞だ。

 その他、高柴の残兵を率いていた成于の三男、成虎せいことその部下、龐勝ほうしょう


 廖班は入城するとすぐに兵達に城壁や城内の建物の補修を指示した。

 太守不在で荒れ放題の高柴に来た廖班は実質太守の権限を持つ。しかし、高柴の民達はそれを良くは思っていないようだ。成于の血を引く成虎が存命だと知った民達は、成虎を太守へとの声が上がっていたのだ。

 成于は高柴でも人望の厚い人物だった。賊に城を奪われこそしたが、民の為に最後まで戦い抜き、そして戦死した。成于の長男、成龍せいりゅうと次男、成武せいぶも共に戦死した。成虎は龐勝と共に荒陽に援軍要請に向かった為生き残った。故に成虎も高柴の為に戦った英雄として民達からは慕われている。


 しかし、廖班はその民達の声を良しとはせず、治安の悪化を招くとして歩兵校尉の張雄に取り締まらせた。その為、高柴の治安は一応は落ち着いた形になった。


 城の補修は1週間程で完了した。

 だが、丁度その頃新たな動きがあった。

 東の朧の方から大軍勢が高柴へと進軍して来ているという報告が入ったのだ。


「李聞よ。報告によると敵は5万の大軍を率いて進行中との事だ。どうやって敵を討ち滅ぼそうか」


 城内の一室に呼ばれた将校達の前で廖班は李聞に意見を求めた。


「我が軍と敵軍との兵力差は歴然。まともに戦っても勝てないでしょう。5万もの大軍ともなれば、朧との国境の景庸関けいようかんを必ず通るはず。それ以外の道は険しい邵山しょうざんを越えなければならず、行軍も補給も手間ですので避けるでしょう。まずは景庸関に兵を送り、敵の攻撃を籠城戦にて徹底的に防ぎます。その間にこちらも各郡から援軍を待ち、体勢を整えたところで打って出ます」


「まずは籠城戦か。李聞、経験があるか?」


「ありません。私がかつて従軍した戦は全て野戦でしたので」


 李聞の回答に廖班はううむと唸る。

 この将校達の中で唯一まともな戦の経験があるのが李聞だ。その李聞でさえ籠城戦の経験がないとなると、戦の素人の集まりであるこの顔触れでは勝手が分からない。


「廖班将軍。私と龐勝はこの高柴にて二月ふたつきではありますが、籠城戦の経験があります」


 将校達の後ろの方に並んでいた成虎が拱手して前に出た。部屋にいる誰よりも若い青年だ。


「ふん。敗残兵が。たかが二月の経験が何の役に立つ? 現に二月しか城を守れず賊に敗れたではないか」


 廖班の痛烈な言葉に返す言葉もなく、成虎は肩を落として元の位置に戻った。


「廖班将軍。二月と言えど、籠城戦の経験が皆無である我らよりは勝手を知っています。景庸関の守備には成虎に行ってもらいましょう」


「ふむ。李聞が言うならそうしよう。別に俺は成虎を行かせたくないわけではない。成虎よ。現在の景庸関の戦力は?」


 廖班に問われ、成虎はまた一歩出た。


「はっ! 葛州刺史かっしゅうしし費叡ひえい将軍が派遣した蔡彪さいひょう将軍と兵が5千です」


「5万の大軍を防ぐのに、たったの5千しかおらんのか。で、景庸関の防備はどうなのだ? せめて難攻不落であって欲しいな」


「いえ……景庸関はそこまでの防御力も地の利もありません」


 突然、廖班は机を叩いた。


「有り得ん! そもそも、何故俺達が葛州の防衛に手を貸さねばならんのだ。費叡将軍も自分の統治する州くらい、まずは自分で防衛するのが筋だ! まだ葛州の各郡は軍を有しているだろう。そいつからが真っ先に敵を防ごうとしないとは何たる腰抜け共だ!」


「仰る通り! 賊共が朧からやって来た時も易々と国境侵犯を許し、高柴を奪取された挙句、我々の麁州そしゅうにまで脅威をもたらした。それも全ては刺史と太守共が動かんからだ!」


 廖班の意見に張雄が便乗する。


「良く言った、張雄。そうだ。この危機にはまず葛州の連中で対応してもらおう。我々はあくまで奴らが討ち漏らした際の援軍だ」


 廖班は腕を組みニヤリと笑った。その顔はまさに悪人面。

 見兼ねた李聞が前に出た。


「お待ちください。廖班将軍。我らは麁州の軍でしたが、今は葛州、高柴の軍。正式には太守ではありませんが、廖班将軍は実質高柴の太守です。もし率先して動く様子を見せなければ、高柴から追い出され、せっかくの太守の地位を逃す事になります。しかし、今葛州の為に敵と戦えば、正式に高柴太守の地位を受けられるでしょう」


「……なるほど。そうだな。こうも簡単に太守の座を取れる機会はまたとない」


 その発言に李聞の眉がピクリと動く。


「まあ、本来は閻帝国えんていこくの為に戦うというのが我々の役目。それだけはお忘れなきよう」


 李聞が拱手して頭を下げると、廖班はもう分かったと手で制した。


「では、張雄と安恢に命ずる」


「ここに!」


 呼ばれた2人が前へ出た。


「張雄は兵2万を率いて景庸関に入り、守将の蔡彪将軍と共に朧軍を防げ。今回は籠城戦だ。打って出る必要はない」


「御意!」


「成虎と龐勝に命ずる」


「ここにおります!」


 今度は成虎と龐勝が前へ出た。


「其方ら2人は張雄と安恢の下に入り兵の指揮を取れ」


 成虎と龐勝は互いに顔を見合せ、そして頭を下げる。


「御意」


「声が小さいな。何だ? 不満か?」


「いえ、そんな事は……」


「ならばすぐに行け!」


「はっ!」


 大きな声で返事をした成虎と龐勝は、張雄と安恢の後に続き部屋を出て行った。


「李聞、楽衛、戴進に命ずる」


「はっ!」


 3人が前へ出る。


「李聞、楽衛は高柴の守備と兵の調練。戴進は景庸関への兵站を管理せよ」


「心得ました」


 3人は返事をするとすぐに部屋を出た。




「しかし、不安ですな、朧軍はどれ程の強さなのでしょう」


 廖班と2人きりになった部屋で、許瞻が言った。


「少なくとも、賊共よりは精強だろうな」


 廖班は腕を組み面白くなさそうに答えた。


「我々よりも多く精強な兵……もしも宵がいたら、何と言っていたでしょうか?」


「宵の事は言うな! 俺も今ここにあの女がいたらと思っていた。だが、いない。これ程早く朧が攻めてくるとは思わなんだ。こんな事なら、宵を何としてでも荒陽に軟禁しておけば良かった」


「連れて来ますか? もしも景庸関が落とされたら……それからでは間に合わないかもしれません」


 許瞻の提案にハッとして廖班は立ち上がった。


「そうだ、いい案がある。鍾桂という兵士がいる。奴は宵と歳も近く親しい。鍾桂に宵を連れて来るように命じよう。“連れて来るまでここには戻るな”……いや、それだけでは弱い。“10日以内に宵を連れて戻らなければ、家族を逮捕する”こうしよう」


 それを聞いた許瞻は不気味な笑みを浮かべた。


「それは名案。ではわたくしが伝えてきましょう」


「ああ、許瞻殿。李聞にはその事は話さないように。きっと邪魔されますので」


「くれぐれも」


 笑いながら許瞻は部屋を出て行った。


 1人部屋に残された廖班は顎髭を撫でニヤリと笑った。

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