第12話 初めての布陣!

 ~墨水ぼくすいから2里 (約800m)。汐平ゆうへい


 びしょ濡れの服を乾かす為、瀬崎宵せざきよいは特別に手首の縄を解かれ、服を脱ぎ下着姿になった。

 下着も濡れていたが、流石に脱ぐわけにもいかず我慢していると、すぐに鍾桂しょうけいが毛布を持って来てくれたので、宵はそれを身体に被せ、焚き火のそばに膝を抱えて座り火に当たった。

 さらに鍾桂は、焚き火のそばに枝を立てて簡易な物干しを作ってくれたので、毛布に身を隠しながらこっそりと濡れた下着も脱ぎ、濡れた服と共にそれに干した。


 他の兵達はすぐに隊列を組み墨水に沿って横に広がる方陣の形で布陣した。前衛には弓を装備した歩兵4千。騎兵5百騎は後衛に控えている。それは宵の提案だ。敵は大勢で一気に攻めてくるだろうから、出来るだけ広範囲の多くの敵を攻撃する為横に長く布陣させたのだ。打ち漏らした敵は騎馬の突撃で撃滅出来るだろう。

 布陣した汐平ゆうへいという地は平坦な土地で高さの利は活かせない。出来れば高地に布陣して、より有利に戦いたかったが、そう上手くはいかないらしい。


「少しでも食べたら?」


 鍾桂が気を使って声を掛けてきた。宵の横に腰を下ろすと、手に持っていた餡餅シャーピン、いわゆる中華風おやきと水の入った瓢箪を差し出した。


「ありがとう。でも今はお腹減ってないや」


 緊張で腹の減っていない宵は、瓢箪だけ受け取り、中の水をごくごくと飲んだ。


「そうか。じゃあ俺が食っちまうよ?」


 餡餅を咥えた鍾桂は、焚き火に落ちていた枝を投げ込んだ。パチパチと枝が音を立てて弾けて火は勢いを増す。焚き火は裸の宵の身体を心地好く温めた。


 この世界の季節は良く分からない。身体が濡れていたから寒かったが、この世界に来た時は寒さも暑さも感じなかった。日本と同じように四季があるのなら、春か秋なのだろうか。元の世界は夏だった。リクルートスーツを着て都会のビルの間を汗だくになりながら行ったり来たりしていた。それに比べたらこちらの世界はとても過ごし易い環境かもしれない。

 それより、突然宵が家から消えた事に母は驚いているはずだ。もしかしたら警察に捜索願いを出しているかもしれない。元の世界の状況を知りたくてもそれを知る術はないし、こちらの状況を向こうに伝える術もない。


「宵? なあ、宵?」


「え?」


「いや、ボーッとしてたから……まあ、無理もないか。軍の捕虜にされて、戦場を連れ回されてるんだもんな」


「うん……でも、もう泣いて頼んでもどうにもならないって分かったから……とにかく、この戦いを生き抜く。それから、この後の事は考える事にしたよ」


「それがいい。君は強い人だ。頭も良くて、可憐で……魅力的だ」


「何それ? 口説いてる?」


「ち、違う! そんなんじゃない! でも本心だ」


 鍾桂は顔を赤くしてそっぽを向いたので宵はクスりと笑った。同時に、いつの間にか鍾桂に対して敬語を使っていない事に気付いた。大学の友達のように気楽に話せるようになっている。やはり彼は宵にとって心許せる人になっているのだろう。


「ありがとう」


 ここに来て初めて宵は笑顔を見せた。

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