第5話 明白な危機、私、死ぬかも
どれくらい走ったのだろうか。
まだ月は空にあり、時折雲に遮られて手元さえも見えなくなる。
馬が止まったのは、明かりの灯る広大な平野の真ん中に造られた軍隊のキャンプのような場所。
宵をここへ連れて来た男達と同じ格好の人々が槍を持ち、あちらこちらに立っていたり、歩き回ったりしている。資料でしか見たことのない
この場所の明かりも、やはり松明に灯された火だ。ライトのような電気を使った機械は見当たらない。
宵は馬から下ろされると、両手を縛られたままの状態で男2人に前後を挟まれる形で、その陣地の中を歩かされた。
どう見ても日本の文明ではない。しかし、言葉は日本語なので外国というわけではないだろう。陣内を歩き回りながらこの場所の情報を少しずつ集めようとするが、やはり何も分からない。薄々感じているのは、この景色が宵の好きな三国志の世界観に酷似しているということだ。
「あ、あの、ここは何処なんでしょうか?」
前を行く男に先程は答えてもらえなかった質問をもう一度投げかける。
「
「
聞いた事のない名前に宵は小首を傾げる。名前の雰囲気的に中国人のような気がする。ただ、そもそも、聞きたいのは今いるこの場所というよりは、何県何市なのかと言う事だ。
「お前、本当に何も知らないのか? 何者なんだ?」
「おい、話は
宵の背後の男が口を挟む。この男は規則に厳格なようだ。
あまり逆らって酷い目に遭うのも嫌なので、宵は黙って歩く事にした。
到着したのは、今まで通り過ぎて来た中で最も大きな幕舎。宵は2人の男に連れられその中へと入った。
幕舎の中には数人の鎧の男達が椅子に座っており、宵が入ると皆一斉にこちらを見た。
「報告します! 敵地の偵察中に
宵の前にいた男が幕舎の奥の席に座っている鎧を着た男に言うと、宵の膝裏を蹴ってその場に跪かせた。
「女?」
奥の席の男は眉間に皺を寄せて宵を興味深そうに見る。おそらくこの男が
「それと、この女が持っていた竹簡です」
宵の後ろにいた男が竹簡を差し出すと、
「何だ、何も書いていないではないか。どういう事だ? 仕掛けがあるというのか?」
「え!? あ、違うんです。それは最初から何も書いてありません……えっと……メモ用です」
何も書いていない竹簡を持っている事の正当性を説明する為に、宵は咄嗟に嘘をついてしまった。が、本当の事を言ったところで信じてはもらえないだろうし、話をややこしくするだけだろう。
「まっさらな竹簡を持っているにも拘わらず、何故かこの女、筆を持っておりませんでした」
宵の後ろの厳格男が余計な事を言う。
「怪しい奴だな。
宵は両側に列を作って座っている男達に睨まれながら取り残された。
宵の心臓は今にも破裂しそうな程ドクドクと早く脈打っている。
これは三国志のドラマで見た光景そのままだ。これが何かの撮影でないのなら、きっとこの後首を斬られる。
「さて、女。貴様何者だ? 賊の仲間か?」
「違います。わ、私は
「なるほど。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくんだな。セザキヨイ? 妙な名だ。それに、その格好も見た事がない。もしや他国の間者か?」
「……他国……あの、ここは日本ですよね? 何県の何市ですか?」
「ニホン? 貴様本当に他国の者か? それにしてはこの国の言葉が堪能だな。ここは
全く聞いたことのない地名が並べられた。ただ、その国名や地名はやはり三国志っぽくはある。ぽいだけで、実際は過去にも現在にも
ここが異世界だとしても、宵が知っているライトノベルなどの異世界転生・転移ものとは毛色が違う。あれは確かほとんどが西洋風の異世界に行く。だが今目の前にあるのはどこからどう見ても中華風の世界だ。そのせいで、にわかには異世界だと信じられない。
「
竹簡の調査を命じられていた
「あの、
「貴様の正体が分からない以上、ここから返すわけにはいかんな。本当の事を答える気もなさそうだ。殺してしまってもいいが、拷問して情報を引き出すのが先だ」
“拷問”という言葉に宵の恐怖は最高潮に達した。何とか上手いこと言い訳を考えなければやはり殺される。しかし、異世界転移など
「
宵は三国志のドラマで見た事のある中国式の礼儀を示す“
「ほう、何でもするとな。だが、女に出来る事など、戦場では兵達の慰みものくらいだ。それに得体の知れない女を使うなど有り得ん。誰か! この女を牢に入れておけ。賊を退けたらこの女の尋問をする。それまで絶対に外に出すな!」
──嗚呼、全然上手くいかなかった。私は何をやっても上手くいかない。
宵は涙を流しながら別の幕舎の中の牢へと連行された。
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