道恒2  世事に閑なし  

道恒どうこうには道標どうひょうという同僚がいた。

かれもまた高き才覚の持ち主であり、

名声を道恒と共にほしいままとしていた。


姚興ようこうからすれば、この二人の才覚が

国の運営の補佐たるに足るものに見える。

弟の姚顕ようけんに命じ、ふたりを還俗させ

政権に参与するよう迫らせた。


こんな手紙を書いている。


「そなたらの輝かしき操、

 まこと慶賀に値するものである。


 しかし今、予は天下を統べるにあたり、

 統治のための才覚を急ぎ求めている。


 そこで姚顕に命じ、

 そなたらより法服をはぎ取り、

 我が政権に参与させるよう命じた。


 仏道の追求は、僧となっておらずとも

 なしうるであろう。


 予の想いをよくよく理解し、

 節操を守りたいだなどと

 言い訳をなさぬようにせよ」


ふたりは返事を書く。


「昨月の末に頂戴した詔にございました

 我らが法服を剥ぎ取らんとの旨、

 悲嘆に暮れるあまり、

 平常心ではおれませんでした。


 我々はまともに世を見通せず、

 仏法にその身を浸すこと、

 未だ深きに至っておりません。


 この黒衣の下に、

 仏法に尽くす思いを秘め、

 俗世のことには関わらずにおりました。

 我らが目指す業を徒に廃されれば、

 結局俗世でもろくな功績なぞ

 あげられますまい。


 昔、光武帝こうぶていは自由でいたいという

 厳光げんこうの思いを受け容れましたし、

 の文帝もまた管寧かんねいが隠棲したい、

 という思いを許されました。


 彼らは世を統べるという

 最も尊い事業に携われながらも、

 匹夫の些細な思いも、

 また叶えて下さったのです。


 ましてや陛下は世の真理を修められ、

 仏法を広めん、ともなさっておいで。

 民草の些細な思いをも見通され、

 その広大無辺の度量を

 お示しくださりますよう、

 おん願い奉ります」




時恒有同學道標,亦雅有才力,當時擅名,與恒相次。秦主姚興以恒、標二人神氣俊朗,有經國之量,乃勅偽尚書令姚顯,令敦逼恒、標罷道,助振王業。又下書恒、標等曰:「卿等皎然之操,實在可嘉,但君臨四海,治急須才,令勅尚書令顯,令奪卿等法服,助翼贊時世。茍心存道味,寧系白黑?望體此懷,不以守節為辭也。」恒、標答曰:「奉去月二十八日詔,令奪恒、標等法服,承命悲懷,五情失守。恒等才質闇短,染法未深,緇服之下,誓畢身命,並習佛法,不閑世事,徒廢非常之業,終無殊異之功。昔光武尚能縱嚴陵之心,魏文容管寧之操,抑至尊之高心,遂匹夫之微志。況陛下以道御物,兼弘三寶,願鑒元元之情,垂曠通物之理也。」


時に恒は同學の道標を有し、亦た雅より才力有らば、當時に名を擅まとし、恒と相い次ぐ。秦主の姚興は恒、標の二人の神氣俊朗なるを以て、經國の量有りとし、乃ち偽尚書令の姚顯に勅し、令し恒、標に道を罷り王業の振るうを助せしめんと敦逼せしむ。又た書を恒、標に下して曰く:「卿らが皎然の操、實に嘉すべく在り、但だ四海に君臨し、治むに急ぎ才が須むむらば、令し尚書令の顯に勅せしめ、令し卿らが法服を奪し、時世を翼贊せるの助せしめん。茍しくも心に道味を存し、寧ろ白黑を系せんか? 望むらくは此の懷を體し、以て節を守らんが為の辭たらざらんなり」と。恒、標は答えて曰く:「去月二十八日に詔を奉じ、令し恒、標らが法服を奪せしめんとせるに、命を承け悲懷し、五情は守を失す。恒らが才質は闇短にして、法に染むること未だ深からず,緇服の下に身命を誓い畢え、並べて佛法を習い、世事に閑せずば、徒らに非常の業を廢さらば、終に殊異の功無からん。昔、光武は尚お能く嚴陵の心を縱まとし、魏文は管寧の操を容る。至尊の高心を抑え、遂に匹夫の微志とす。況んや陛下は道を以て物を御さば、兼ねて三寶を弘めん、願わくば元元の情を鑒、曠く通物の理を垂したらんなり」と。


(高僧伝6-2_言語)




うーん、姚興も姚顕も敬虔な仏教徒のはずなんですけどねえ。いや、逆にそうだからこそ道恒と道標を引き込める、と思ったのかしら? このひとやってること見るとほんに強引だよなぁ。

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