アドバイスを活かせる人、そうでない人
妄想コンテストのコツ。
今回はアドバイスについて。
妄コン常連だったころ、アドバイスはよくしてました。
ここ数回のこのエッセイで、妄コンのコツとして公開したような内容を、です。とくにテーマは大事だよ、とか、読みやすい文章が有利だよ、とか。
そのアドバイスを活かせる人と、活かせない人が存在するわけです。僕のアドバイスはどちらの人に対しても同じなんですが、結果はそのように違ってきます。
ちなみに僕のアドバイスで一人は大賞をとり、一人は佳作をとられました。なので、僕のアドバイスが悪いわけじゃないんですよね。ちゃんと結果は出ている。
じゃあ、どうして、そんな差が出るのか?
誰だって、大賞とれるならとりたい。アドバイス受ければ、当然、真剣に聞いてるはず。でも、差は出る……。
もちろん、アドバイスを受ける側の基本的な小説力は関係しています。小説力とは、文章力、構成力、発想力など、小説を書くために必要な能力のこと、と、たったいま僕が決めたw
昨日から書き始めました、えへって人では、さすがにどんなアドバイスしても入賞は難しい。あるていどの基礎力はないとダメ。
僕がアドバイスした人たちは、みんな基礎力はありました。文章力や短編を妄想コンテスト入賞水準で仕上げる力は充分にあった。
ただ、成功した人たちは吸収力がスゴイ。
妄コンにかぎらず、エブリのころは、小説のアドバイスもよくやった。(カクヨムでは仲のよい一部の人にしかしてません。カクヨムはぶしつけな人が多いので、もうめんどくさい)
そのとき、「この人は伸びるな」って人は、こっちが言うことをただちに理解してくれるんですよ。一のことを言えば、そこから類推して自分で十を理解する、そういう人たちです。
つまり、今回までのコツを読んで、何かをつかんだ人は、すでに成功の鍵を手にしてます。何度も読み返したけど、具体的な案もないし、自作に活かせないという人は……たぶん、小説力がまだちょっと足りてないかな。基礎技術をみがこう。そのためには、妄コンの入賞作品をかたっぱしから読もう。
あとね。伸びる人はアドバイスに対して、とても素直。
こっちも純粋にその作品がよりよくなってほしいと思ってのことだから、悪い点なんかも言う。
伸びる人は指摘されてもいっさい反論しない。そこが悪いなら、こうしたらいいかと自分で改善策を講じる。当然、作品はよくなる。
「でも、ここはこうだから、こうじゃないといけないんです!」と反論してくる人は、残念だけど、そこまで。
たぶん、僕の技量を自分より下だと思ってるんでしょうね。尊敬してない人の意見は聞けないわけですから。
他人に意見を求めるなら、アドバイスは素直に受け入れないと。なおす気がないなら最初から「アドバイスください」なんて言わないこと。じゃないと相手にも失礼だよ。真剣に読んでアドバイスしてるのに、読んだほうも時間のムダになる。
つまり、何を言われてもこの人の言うことなら正しいと思える相手にだけアドバイスを求めれば、最初からゴタゴタもない。
伸びる人は自作がよくなることに、ものすごく貪欲なんだと思う。多少、耳に痛いことを言われても、それでよくなるなら、どんどん吸収してやる! という意識が高い。
佳作をとられた人は染め物について書かれてたので「かるくでもいいので、じっさいに染め物してる場面が入れば、よりリアリティが増して、テーマも深く出せますよ」と言ったら、後日、ほんとに一日体験をしてきたって言われてビックリしました。
なんてスゴイ行動力だ! 僕でもほんとに体験してくるまではできない。せいぜいネットでそれらしく書けるていどに調べるだけ。
もちろん、作品は修正前と後では雲泥の差。ものすごくよくなった。
小説にかける情熱っていうか、それも建設的で前向きな情熱を持つこと、これが大事かなと。
読者を集める作品には、人の心をゆさぶるものがある。それって作者自身が自作品をどれだけ深く愛してるかってことと比例してるように感じます。自分で自作やそのキャラクターを深く深く愛してる人の作品は、自然とおもしろくなる。作者の愛は如実に読者に伝わります。
あとですね。伸びない人の特徴に、文体に対する特殊なこだわりがある。
前述のとおり、読みやすさは妄コンにおいては重要です。入賞作品のほとんどは、とても読みやすい。
短編アンソロジーではあるけど、何度か書籍化をさせてもらった経験で言うと、じっさいの校正では、特定の漢字は作者に断りなくひらがなに直されます。形式名詞(こと、もの、ときなど)は事後承諾の形で強制的にひらがなへ。
「あの事について、あなたは今この時、どう思いますか?」みたいな文章は、
「あのことについて、あなたは今このとき、どう思いますか?」と直されちゃいます。
知ってる漢字、スマホやパソコンが変換してくれる漢字はすべて漢字で表記してる!
という人は、書籍化段階でどっちみち、ひらがなにひらかれてしまいますよ、と。
ルビもものすごい入れられます。「えっ? こんなのにまでルビ?」って思うほど、ルビだらけになります。
まあ、5分シリーズは児童文庫だからってのもあるんだろうけど、読みやすいってことはそのくらい重要なんですね。
人によっては、明治時代の文豪が大好きで、「〇〇〇〇(作家名)みたいな文体をめざしてるんです!」と言われる人がいるんですが、正直、今の時代にはそぐわないので、自分で自分の読者の間口をせばめることにしかなりません。
古い文体を模写してるってことは、必然的に漢字だらけになるわけですから。漢文を読んでる気分になります。
古い時代の文豪を理想の手本にしてると言った人は、じつは二人いて、しかも二人とも同じ人を模範にしてたんですが、なぜか、その人たちって、文体以外のとこでも、自作に対するこだわりが似てたんですよね。
アドバイスをまったく受けつけない。自作品に対して過剰にプライドが高い。結果が出ないとひじょうに強い衝撃を受けるんだけど、だからと言って自分のスタイルをあらためようとしない。
そんな感じの人たちでした。
妄コンは寄せていかないと入賞はできない、と言ったのはここらへんで。「おれは寄せない。自分のスタイルをつらぬく。だから、おまえたちがおれのスタイルを認めろ!」という人は挑戦しないほうが無難かと……。
そういう人は自作品にあった賞を見つけて、そこを重点的に攻めていけばいいのではないですかね。なかなか自分にあう賞って見つけにくいですが、スタイルを変えたくないなら、そうするしかない。
伸びる人たちは逆に、本質的に書きたいこと、伝えたいことは変えないけど、表面的な演出法くらいなら、どんどん変えていくよ! という人だった。
いわゆる、やわらか頭。
妄コンには柔軟な精神が求められる。
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