三人称例文集(前回)のくわしい解説



『例文3に関する説明』



 さて、上の例文。


 ワレスさんから始まり、ハシェドに切りかわり、またワレスさんに戻る。

 ここまでは、前回、説明しました。


 原稿用紙で言えば、ほんの一、二枚のなかで三回も変わり、たがいの心情にふみこんでいる。

 これを読者に混乱させず、どこからどこまでが誰の心情なのか、すんなり読解してもらう。


 コツはいくつかあります。

 大前提として、一文のなかで、視点を切りかえるのは、やめましょう。文章の前半はワレスさん、後半はハシェド、みたいな書きかたです。


 まあ、あえて、それをする人はいないと思いますが、視点を理解されてない初心者のかたは、それに近いような間違いをされてること、よく見受けます。


 つまり、



 ワレスはハシェドの寝顔を見つめている。

 今なら、キスできるかな?

 目をさますと、いきなり目の前に、ワレスの顔があった。おっと、これはビックリだ。あせるじゃないか、隊長、何してるんだ?



 こんな感じで書くと、混乱しますよね?

 近い行のなかで、予備行動なく、急にワレスさんからハシェドに視点が変わったからです。


 キスできるかなと思ったのはワレスさんなのに、目がさめたのはハシェドですよね。


 みなさんは例文を何度も読んだので、状況を把握してますが、これを初めて読んだ人なら、きっと何がなんだか、わからないはずです。


 ハシェドを見つめてたはずのワレスさんが目の前に?

 分身したのか?——って思いますよねw


 さて、では、ここで、前回の例文を見てください。


 じっとハシェドの寝顔を見つめて、あれこれ考えてたワレスさん。ハシェドと視点が切りかわる前にあるのが、なんなのか。


“すると、ハシェドが起きだしてきた。”


 ここまでは、ワレスさんが見てる。そのあと、二人の会話が始まります。


「わっ! 隊長、 何してるんですか?」

「何も」

「ほんとに?」


 会話で地の文を区切ってます。

 これが、ひとつめのコツですね。

 視点を一回、会話文で分断してしまう。

 視点と視点のあいだに、ワンクッション置くわけです。


 すると、次の地の文が始まったとき、“怪しい”と思うハシェドのモノローグから入っても、不自然じゃない。


 かたまりと、かたまりを、会話でわける。


 そうです。視点を切りかえるときは、あるていどのかたまりでわけましょう。一段落は同じ人の視点であるほうがいいですね。


 逆に言えば、視点を切りかえたときは、段落を別にしよう。一人の視点で固定したブロックを、目で見てわかりやすくするためです。

 会話文を入れるのは、その強調したやりかた。


 それだけじゃありません。


 例文では、さらに念のため、小技をいくつか使ってます。


 さっきも使った会話。

 よく見ると、会話が終わって、次の地の文が始まる直前のセリフ。


 要するに会話の最後にしゃべってる人が、次の地の文で視点の切りかわる人です。


“「ほんとに?」”と言ってるのは、ハシェド。

 そのあとすぐ、“怪しい”と思うのも、ハシェド。


 後半で、もう一度、ワレスさんに視点が戻る前の会話のラストは、“「ああ、おやすみ」”という、ワレスさんのセリフです。


 セリフを言ってすぐに心情が来るので、誰の気持ちかわかりやすい。

 これが、二番めのコツ。


 そして、三つめのコツ。

 それは視線ですね。


 視点というからには、目に見えるものですので。

 Aさんの見てるものから、Bさんの見てるものに視点が動いていく。


 例文では、視線で、次の視点の持ちぬしへと、読者の目を誘導してます。


 会話が始まる前、ワレスさんもハシェドも、ことさらに相手を見つめてます。


“眠るハシェドを見つめていると、起きてきた。”


“ハシェドが見つめていると、ワレスはベッドにもぐりこんだ。”で、会話がまたあり、そのあと、“ベッドのなかから、ワレスはハシェドをのぞきみる。”


 会話の前後に、かならず“見る行為”が描写してある。

 視線といっしょに、心を飛ばしてるわけです。


 四つめ。これが一番、簡単なコツですが。

 視点が切りかわった直後の一文には、その視点の人物の名前を、必ず主語として入れましょう。


 怪しい——と、“ハシェドは”思った。

 ベッドのなかから、“ワレスは”のぞく。

 これだけでも究極、視点の切りかえは、充分できます。


 さっきの、ダメな例文を思いだしてください。



 ワレスはハシェドの寝顔を見つめている。

 今なら、キスできるかな?

 目をさますと、いきなり目の前に、ワレスの顔があった。おっと、これはビックリだ。あせるじゃないか、隊長、何してるんだ?



 ここに、ほんのひとこと主語を足すと、劇的に変わります。



 ワレスはハシェドの寝顔を見つめている。

 今なら、キスできるかな?


 ハシェドが目をさますと、いきなり目の前に、ワレスの顔があった。おっと、これはビックリだ。あせるじゃないか、隊長、何してるんだ?



 ほらね。

 さらに、さっきコツとして説明した、段落でわけるってやつも実践しました。ネットでは空行あけるので、さらに効果的。


 話のなかで、つねに相手を見つめられるわけでもないし、会話できない状況に置かれてる場合だってある。


 例文3は、視点の切り替えを強調したので、これでもかってほど小技を入れてありますが、いつも、そんなふうに都合のいい場面を書くわけじゃないですからね。


 とにかく、視点を切りかえたらすぐに名前を書こう!

 そのためには、自分が今、誰の視点で書いてるのか、つねに意識してる必要があります。


 いったん切りかえたら、次に切りかえるまで、そのかたまりでは、絶対に他の人の心情や視点を入れない。


 言葉の取捨選択も大事になってきます。

 自分ではそのつもりなくても、視点人物以外のキャラに入りこんだ用語を使ってると、かたまりのなかに複数人の視点が存在することになってしまいます。


 視点の乱れとは、誰の視点か意識せずに書いてるときに起こることなんですね。


 ですので、今回のまとめ。


 1、視点は段落などのかたまりで、一人に固定する。

 2、切りかえの冒頭は、必ず視点の人物を主語にする。


 これさえ守ってれば、まず間違いないです。

 ただし、今回は特別に一場面内での視点切りかえについて、読者に伝わりやすい工夫を書きましたが、基本は一場合一人の視点が無難です。


 視点については以上です。

 次からは、ちょっとした思いつきを何回か書きます。

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