ラスボスなみに手強いやつ3

 *


 物語の最初から最後まで、一人の人物に視点を固定する三人称を、三人称一視点(三人称一元視点)と言います。


 この書きかただと、主役が誰かわかりやすいので、一人称と同様に、読者に感情移入してもらいやすいです。


 仮に、どうしても、このシーンだけは主役以外に視点を移したい、というとき、さきほどのベーシックな神視点を入れれば、違和感なく話をまとめられます。


 また、神さまはウソをついちゃダメと言いましたが、主役に視点を固定した場合、主役の感覚として、真実ではないことを書いてもいいのです。ミスリードに使えるので、とても便利。

 小説を書きなれたころに、オススメの書きかたです。


 これをもっと複雑にすると、三人称多視点になります。さっき言った、場面ごと、段落ごとに視点人物を変えるような書きかたですね。


 多視点はよほど書くことになれて、視点の切りかえを自在にあやつれるかたでないと、読者には、ただ視点が狂っているようにしか見えません。かなり難しいので、なれないうちは、やめたほうがいいでしょう。


 視点が乱れると言われているかたの多くは、無意識に、この多視点を使ってしまっています。


 さっきまで、咲子の視点だったのに、急に彼が、ヤダよぉと言いだし、そこへ徹が現れて、じつは獣はおれなんだよなと、ほくそえみだしたら、読者は何がなんだかわからなくなって、ついていけません。



 咲子は、みるみる蒼白になっていく。

 赤く光る目が、じっと咲子を見つめていた。

(ヤダ。何、あれ……?)

 彼は思った。

(おどろいてやがるな。獣の正体が、おれだと知らず)

 咲子は暗闇から現れた徹を見て、その場で失神した。



 ほらね? わけわかんないですよね?

 短いあいだに視点人物が変わりすぎてるからです。しかも、なんの説明もなく。

 もちろん、これを視点の狂いなく書くこともできます。



 咲子は、みるみる蒼白になっていく。

 赤く光る目が、じっと咲子を見つめていた。

 そのようすをながめていた咲子の彼は、思わず心のなかでつぶやいた。

(ヤダ。何……あれ?)

 二人は硬直して動けない。

 そのとき、誰が考えただろうか?

 獣の正体が、徹だということを。

 おびえあがる咲子と彼を見て、徹はほくそえんだ。

(おどろいてやがるな。獣の正体がおれだと知らず)

 徹が暗闇からとびだすと、咲子は悲鳴をあげて失神した。



 と、こうです。

 前の例文で足りなかったのは描写ですね。誰が、何をしたか、考えたのは誰なのか。


 今は、心情に立ち入らない神視点で書いたので、単に描写が足りないだけですが、とくに視点の狂いが起こりやすいのは、ここに心情をまぜて書かれているときです。



 咲子は恐怖のあまり、血の気がひいた。

 赤く光る目が、じっと咲子を見つめている。

 ヤダ。何、あれ……?

 咲子の彼は恐ろしいのを通りこして、ぼうぜんとした。

 おどろいてやがるな。獣の正体がおれだと知らずにと、徹はほくそえんだ。

 目の前にとびだしてきた徹を見て、咲子は意識が遠のくのを感じた。



 カオスですね……。


 こんなふうになるので、心情を書きこむ三人称は極力さけるほうがいいです。

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