読まれる小説13 ミステリーのコツ(後編)



 本格ミステリーの書きかた。

 その一、フェア精神がなければ、ほんとの勝利とは言えない。ミステリーとはスポーツマン精神で書くもの。


 はい。この続きでしたね。

 えっ? なんか違う?

 そんなごたいそうなこと言ってなかった?

 まあ、いいじゃないですか。意味は同じです。


 本格ミステリーは作者と読者の真剣勝負と言いましたね。

 だから、ついつい、見破られたくない作者は重要な証拠を隠したり、あと出ししたり、ズルをしがちなんですが……ダメですよ?


 本格のルールでは、本文を読んだだけで、しっかり推理しさえすれば、作者のなげかけた謎が解けるものと決まってるんです。そう。作者は読者が推理するのに必要な材料をすべて、さらけださないといけません。それがフェア精神です。


 本格ミステリーでは、しばしば探偵が関係者全員を集めて「このなかに犯人がいる!」と言いだし、長々と推理を語るじゃないですか。ものによっては、この直前に『読者への挑戦状』が叩きつけられる場合もある。


 ヒントはここまでの段階で、すべて出しきらないといけません。謎解きになって急に、今まで一度も、チラリとも出てこなかった事実が公表されて、それが犯人を言いあてるのに必要不可欠の内容だった——なんてのは、もってのほかです。


「ええー! だって、ヒントばっかり書いてたら、そんなの犯人なんかすぐバレちゃうじゃーん!」って?


 だからですね。そんなときのために、ミスリードってものがあるんです。

 ヒントはともかく、ミスリードは、ミステリー好きじゃないと知らないかもですね。そういう人のために説明しときます。


 ミスリードとは、読者が犯人にたどりつかないよう、誤った情報を提示することです。

 真犯人はAなのに、さもBが犯人であるかのように読者を錯覚させること。

 ミスリードがうまいと、それが真相じゃないとわかったとき、読者を「あッ」と言わせることができます。僕はコレがうまいと、よく言われます。へへへ。


 ただですね。このミスリード、使いかたに条件があります。地の文のなかでウソを書いてはいけないんです。まあ、ミスリードにかかわらず、ですが。とくに三人称多視点、いわゆる神視点のときに、地の文で事実ではないことを書くのは反則です。


 じゃあ、どんなふうにミスリードを入れるのか?


 たいていのミステリーって、探偵がいて、助手がいる。ホームズにはワトソンが。そして、ワトソンは多くの読者よりちょっと愚かでなければいけないんだそうです。


 つまり、ワトソン役のキャラクターに「あっ、このナイフが凶器なんだね! そうだ。まちがいない。そうだよね? ホームズ」と言わせておけば、よし。じつはこのナイフは料理人のおばさんがウッカリ置き忘れただけ、とかね。


 そう。キャラクターのセリフのなかでウソをつかせる。もちろん、本人が故意にウソをついてなくてもいいんです。勘違いでいい。


 ほかには、一人称、三人称一視点でなら、地の文であっても、視点人物の勘違いって形でウソを書くことができます。


 探偵はこのとき、犬の鳴き声を聞いた。この近所で犬を飼っている宅があるようだ。


 と書いといて、じつはそれは犬ではなくシマウマの鳴き声だった!——とかでもいいんですよ。シマウマの声って犬に似てるんだそうですね。

 探偵がそう思ったのは事実なので、決してウソを書いたわけじゃない。そういう理屈。


 あとは、犯人をかばう共犯者がウソをつくとか、ウソではないけど、話の流れ的に読者が勘違いするような書きかたをするとか。


「えっ? ウソ? ウソじゃないよ。だって、あのときはそう思ったんだよね〜」と言いわけできるような使いかたです。


 まあ、いろんな使いかたを駆使して、読者を勘違いさせる。それがミスリード。


 ヒントもミスリードも、伏線の一種です。ミステリーでなくても、最後に「あっ」と言わせるために、他のジャンルであっても、似たような伏線の使いかたをすることはありますよね。


 ちなみにヒントとミスリードのほどよい比率は7:3かなと思ってます。ヒント七割に対して、ミスリードが三割くらい。フェアなミステリーで読者が読後、満足するのはそのくらい。あまりにもミスリードばかり多いと、それはそれでズルいと思われるので。

 要するにミスリードの量を増やすのではなく、いかにそれが書けるかどうかです。これ、うまいミステリーのコツですね。


 ミステリーはそんな感じで、他ジャンルにくらべて伏線の数が膨大です。ヒントやミスリードとは別に、ストーリー展開させるための伏線も必要になってくるので、地の文のすべてが伏線、くらいの量になることも。


 そして、ミステリーの醍醐味はラスト謎解きで、いかにそれらの伏線がうまく回収されていくか。ここで読者が「ああー! あれ、伏線だったのか。これも? ええー! これ、思ってたのと逆の意味だった。でも、そう言えば、前のとこに書いてあったっけ。まさか、あれが伏線だったとは……」と思える数が多ければ多いほど、複雑でよくできたミステリーだと思ってくれます。じっさいのトリックはさほどじゃなくても、満足度は高い。もちろん、ちゃんと論理的に納得できる謎解きじゃないといけませんが。


 なので、以前、ミステリーを勉強のために読むなら、ちゃんと最後まで読まないと意味ないですよと言ったのは、これがあるからですね。伏線の忍ばせかたを学ばないことには、そのミステリーで勉強したとは言えない。


 さきにトリックと犯人を決めておくのも、たくさんの伏線を散りばめておくには必要不可欠だからです。作者が何がヒントで、何がミスリードだかわからずに書き進めていくことなんて、ミステリーに関してはできない相談ですから。


 ミステリーって難しそう……? はい。難しいですよ。でも、それだけにしっかりしたの書けるのは強み。

 ミステリー好きって、やっぱり一定数以上いるので。

 そういう読者様は読むのがお好きなんです。フェアじゃないと、ガッカリして二度と読みに来てはくれません。


 ミステリーはフェアに。

 そして、負けても(犯人当てられなくても)面白かったと読者に満足してもらえる内容にすること。

 そのために伏線の編み込みの巧みさが求められます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る