読まれる小説6 人称のゆれと会話文



 ちょっと前に近況ノートで、同一人物の人称が、場合によって僕だったりオレだったりするのは変じゃないか、と書かれてる人がいた。


 まあ、同じ人間なら統一しろって意味なんだろうけど、はたして、ほんとにそうなんだろうか?


 ちょっと考えてみてください。現実世界で、自分のことを、わたしは『わたし』としか言わないよとか、おれはつねに『おれ』って人、何割くらいですかね?


 僕はこれ、けっこう使いわけてる人いると思うんですよね。とくに男性に多いかな。上司の前では『僕』、友人や家族の前では『おれ』、ネットでは『私』なんて人も少なくないのでは?


 女性でも人前では『わたし』だけど、家族の前では『うち』とか『お母さん』とか言ってる人もいると思う。自分のことをニックネームで呼ぶ人とかね。


 人間ってのは、意外と相手を見て態度を変えるものなんですよ。


 その近況ノートでは、人前で『僕』モノローグでは『おれ』になってるのが変って言われてたけど、そうかなぁ?

 ぜんぜん変じゃないと思うけど? むしろ、そっちのほうがリアリスティックだと思うよ?


 僕のキャラクターにもそういう人いるし。たいていの人は統一してるけど、たまに二面性のある人とかは、わざと変えてる。


 人称どころか、口調も相手によってガラリと変わりますよね?

 友達にはタメ口でも、上司には敬語使うでしょ? 人称も口調の一部でしかないんじゃないですかね。


 口調って、その人の個性を表すのに、わりと大事なウェイトを占めてますよね。

 独特な言いまわしの人って個性的。

 なので、TPOによって人称を変えるのも個性。


 ちなみに、誰が何をしゃべっているのか、ハッキリとわかるように書くのが素人はヘタなんだそうです。セリフがダラダラ続いても、作者は主役とヒロインと男友達の三人のつもりで書いてるのに、読者は主役とヒロインの二人の会話だと思ってしまったり。


 セリフって読みやすいがゆえに多用しがちなので、そこがハッキリ伝わらないのは痛いです。とんだ誤解を生む原因にもなります。


 そこで、会話文のコツ。

 これも今までのエッセイで何度も書いたことなんですが、読者の反応が薄いページではある。たぶん、皆さん、会話くらい、ちゃんとわかるように書いてるよ。それが伝わらないって、よっぽどヘタなんだろ? と思ってる。


 たしかに、一対一の会話はまあ、書きやすい。交互に受け答えしてれば、誰のセリフかわからなくなることは、まずない。

 でもこれが三人、四人など複数の会話になると、とたんに難しくなる……と感じたことはないですか?


 今回、アムールをアップするときに、なにしろ、ずいぶん前に書いた話だから、文体が今の僕のソレじゃないんですね。地の文も以前の癖があるなと思ったんですが、意外と会話のてきとうさが目につきました。


 キャラが六人くらいいる場面で、とくに誰がしゃべったという記述がないままに、四、五個のセリフがならんでる。


 たとえば、これ、主役のタクミの視点なんですが。


「あたしたちも帰りたいけど、ミランダ、どこ?」

「ミランダなら、さっき夜景見てくるって出ていったぜ。屋上に行くとか言ってさ」


 と言った会話が急に入ってくる。


 これだけだと、誰だかわからない。このとき、その場にいる男女は十人くらい。

 なので、前後に説明をつけたしました。



 だが、玄関から出る前に、ノーマが心配顔で言いだしたので、ダグレスはそこで足を止めた。


「あたしたちも帰りたいけど、ミランダ、どこ?」

「ミランダなら、さっき夜景見てくるって出ていったぜ。屋上に行くとか言ってさ」


 答えたのは、エドゥアルド・フェリシモ。



 こんなふうにですね。

 以前は誰がしゃべってるか、とくに縛りがなくてもストーリーとして理解できれば説明しなくてもいいだろうと言う考えでですね。誰のセリフかわからない書きかたをしてるとこも多かったんですが、やっぱりちゃんと状況を把握できたほうがよかろうと、打ちこむときに、ほとんどの話し手不明のセリフには説明をつけたしました。


 この説明もセリフ一つずつにやるとウザくなって読みにくいんですよ。


 会話をさりげなく、誰のものかわかるようにするコツ。


 たとえば、口調と人称で区別するのもテクニック。

『東堂兄弟の会話集』って作品、書いてるんですが、これの九割はセリフのみです。

 登場人物は

 東堂薫(僕)

 東堂猛(おれ)

 九重蘭(僕)

 三村鮭児(おれ)です。

 かっこのなかは使ってる人称。


「ちょっと、そこの醤油とって」と書いただけでは誰のセリフかわかりませんよね。

 でも、これを、

「ちょっと、猛。そこの醤油とって」にしただけで、誰のセリフか、僕の作品をふだんから読んでる人にはわかるようになります。


 というのも、蘭さんは他者を呼ぶとき、必ず『さん』づけだから。三村くんは呼びすてだけど、大阪弁だし口調が違う。

 三村くんが上のセリフを言うなら、「ちょい、猛。そこの醤油とってんか」になる。

 蘭さんなら「ちょっと、猛さん。そこのお醤油とってください」

 それぞれの個性がセリフ一つにも出るんですね。


 もちろん、それだけじゃ初めて読む人には伝わらないので、


「ちょっと、兄ちゃん。そこの醤油とってよ」と、薫は言った。

 などのように、適度な説明入れますが。

 猛を兄ちゃんに変えただけでも、兄弟は二人しかいないので伝わりやすくなりますよね。


 ただ、これを『〇〇は言った』『〇〇は言う』『そう言ったのは〇〇』などのように、同じ言葉ばかり使うと、前に書いた重複になっちゃって、稚拙になるんですよね。

 前後に入れる説明の手数を増やすのが重要ですね。


 話した、断言した、〇〇は語る、告げる、告白した、述べる、述懐した、名言したなど、話す用語だけでも多種多様。それ以外にも、


 猛は苦笑を禁じえない。

「わかったよ。おれがおごればいいんだろ?」


 のような書きかたをすれば、猛のセリフだとわかりますよね。ちょくせつ『話した』と書かなくてもその人の動作のなかで表現できる。


 まあ、こういうのも書きなれてる人は、すでに実践ずみですよね。今回も初心者向けの内容でした。


 誰のセリフなのか読者にしっかり伝わることは、流し読みに耐える文章としても大事な要素ですね。

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