読まれる小説5 直すより書け!



 新着近況ノートで、これも目立つのが、「ほかの人の作品読んで自作のダメなとこに気づきました。僕の作品、最初から書きなおします!」っていうの。


 初心者に多いですよね。

 絶対に面白くしますから、しばらくお待ちくださいと言って、それっきりになる人も。


 わかりますよ。最初はみんなそんなものだと。

 プロットとか考えずに、「なんとなく書いてみた」から始まるので、途中で破綻してしまったり、短所が目についてしまったり、自信がなくなったりするんですよね。


 ハッキリ言いますが、最初はみんなヘタなんです。最初から上手な人なんていません。いや、まれにいますけど。処女作がうまい人って、社会人なんですよね。日ごろから文章を書く仕事についてたり、本をたくさん読んでたり、たとえそうでなくても社会的な常識があるので、リアリティのある作品を作りやすい。


 以前にも書きましたが、僕が中高生のころに書いた話は全部すてました。ヘタすぎて小説とは呼べなかったので。量だけはけっこう書いてましたけどね。大学ノートにダラダラと書いてた長ーいファンタジーとか。


 今、それらをすてたことに後悔はありません。文章もヘタだけど、作品としてもつまんないし、当時、影響受けてた紙媒体の作品のモノマネでしかない。


 最初はみんな模倣から始まるって聞いたことありませんか?

 人の作品を読んで、「自分もこんな話を書いてみたいと思った!」という理由で書き始める人、多いじゃないですか。で、じっさいに書くと、まるっきり、の下方修正にしかすぎなかったり。ご本人はオリジナルと思ってるんだろうけど、第三者が見ると完全にパクリだなと。だから、テンプレがこんなに流行るのかな。


 「こんな話を書きたい!」ではなく「自分の話を書きたい」と思ってからが、ほんとの創作なんだと思います。それまでは習作ですね。


 書きなれるまでのあいだ、好きな作品をお手本にするのは悪いことじゃありません。ていうか、最初のうちはお手本がないと書けないと思うので。ただ、そうして書いた話はオリジナルとは言いがたいことを頭のどこかで認識していてほしいです。公募とかイベントとかにそのまま出すとパクリ疑惑をかぶるかもしれません。


 これ、エブリでの経験ですが、妄コンに『白くなる』ってタイトルで短編書いて応募したんですね。そしたら、翌日、妄コンの同じテーマに『〇〇、白くなる』って作品(〇〇は伏せ字です。ま、いちおうね)があって、「えっ?」と思って読んでみたら、完全に僕の話のパクリなんですよ。文章は全文、その人が書きなおしてました。オチも変えてあった。(変えてというより、僕の話のオチをなくして途中でまとめてた)けど、あらすじが僕のやつなんです。6000字ていどのSSであらすじ丸写し。それって、誰が見ても作品の劣化版焼き直し。


 なのでご本人のプロフィールに行ってみると、『小説を書いてみたくなりました。素敵な話がたくさん書けるといいな!』的なことが自己紹介に書いてあるんですね。


 つまり、この人、処女作からパクリをやっちゃったんです。これを見た瞬間に「君には一生、ほんとの小説は書けないよ」と思いました。記念すべき第一作から他人の話を丸写しして「自分のオリジナル!」と思う志の低さ。そもそも書きたいものが内面にないわけでしょ? たかだか5、6000字の閃きも得られない人は、どんだけパクって書いてもムダ。書き手として一番大事なのは最初のインスピレーションを得られるかどうか、です。書きたいものがないなら書く必要なくね? って話ですね。


 あ、話がそれました。上記のようにですね。他人のあらすじを借りて書くとき、習作としてならいいんです。ただし、その話は模倣だと認識して、世に出すな。ネットにあげてはいけない。それは、あなたの作品ではない。


 で、あるていど練習を重ねて、少しなれてきたころに、自作を頭から読みなおしたりすると「なんだコレ、ヘタクソじゃん。なおす!」と思う人、多いんでしょうね。これが冒頭の状況。


 けど、言わせてもらうと、まずは完結まで書くことが先決。なおすのは、そのあと。そのなおすって作業が推敲だから。推敲はあとからでもできる。


 ネット投稿サイトで、これも多いのがエタ。エターナル。永遠。

「続きを思いつきません。強引ですが、ここで完結にします」とか「エタってしまいました。読んでくださった人たちには申しわけないですが非公開にします」とか。

 で、人によっては、途中までは書けるけど、どの作品も最後までたどりつかない……なんてことも。


 これ、構成力の欠如です。

 一番いいのは最初に設定を思いついたときに、ラストだけはぼんやりとでも決めておくことなんですが。


 なぜ書きなおすより、とりあえず最後まで書けと言ってるかというと、それは構成力をつけるためです。小説は最後まで書ききらないと得られない力もあります。何度も途中でやめてる人は、その力がついてない。


 たしかに物語の後半は前半より書くの苦しいです。話を矛盾なく、まとめないといけないですからね。でも、そこが難しいからって逃げてると、いつまでたっても、まとめる力はつかないですよ。

 それって文章力とは違う能力なので。そこも鍛えないと、おもしろい話は書けないです。


 同じ理由で「勉強のために、ほかのユーザーさんの作品を読ませてもらってます」と言いつつ、作品の頭しか読まない人いる。しかも何作も。それ、勉強になりませんから。とくにミステリーで一章だけ五、六作読んでも意味ない。最後まで読まないと伏線の張りかたとか、わかんないでしょ? それなら一作にしぼって、最後まで読むべき。


 あと、作品は書いてすぐに改稿しても、効果は薄いんですよね。作者がその作品に肩入れしてるので、冷静な目で見られないし、技術的にも書きだしたころと大差ないし。


 数年経ってから見なおすと、ビックリするぐらい、アラがよく見える。なので、とりあえず書きおえて推敲したら、そのあとしばらく寝かせたほうがいい。熟成したころに、もう一度見たら、新しい何かを発見できるでしょう。


 今回は初心者さん向けで、しかもけっこう厳しいこと言ったなぁ。


 でも、パクリを常習すると、自身の想像力を減退させますよ。パクリ用の脳になっちゃう。発想も慣れなので、逃げないことが枯渇をふせぎます。


 というか、自分の内に書きたいものがないのに、「書きたい」「ネタをください」とか言ってる人は、小説を書くことじたいが好きなわけではなく、単に小説を書く行為で他人に評価されたいだけなんだと思う。


 あっ? ちなみにエタらせないようにしたい、最後まで書ききるにはどうしたらいい——ですか?


 練習としては、まず構成力をつけるため、完結させることを目標に短編を何作か書くことですね。短編のほうが労力が少なくてすむので、早く、たくさん書ける。


 えっ? 短編なんて、そうそう書くネタがない?

 そこは、お題で代用したらいいのでは?


 これもたまに近況ノートで「短編の練習のためのお題ください」って書かれてる人がいるけど、あれは正解かなと。


 たとえば、『犬、金魚、ゾンビ』でもいいですよ。友達にランダムに単語言ってもらうとか。辞書をてきとうにひらいたページで最初に目についた単語とか。てきとうなお題を見つくろって、短いお話を書いてはどうでしょう。どうしても短編が苦手な人は、あらすじのつもりで書けば、ショートショートくらいは行けるはず。

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