ep.56 人の咎
「いったいどこから狂った?」
「先代の巫女様が亡くなられて私が次の巫女に選ばれた時からでしょうか。それまではアルテが王女という表の役割を担っていて、私はただ部屋に引きこもってひっそりと暮らしているだけでした」
生まれた時からずっと籠の鳥。生きているというよりただ生かされているだけの何もない日々だった。
「しかし国王も王妃もさぞ困惑したはずだ。ある日突然ずっと隠していたものが日向に引っ張り出されたんだからな」
「だと思います。でも正直嬉しかったです。たった少しでも外に出られることが」
幸か不幸か。火の巫女という人生を投げ打つ大任も彼女にはわずかばかりの自由を与えていた。
「祈祷や行事を除いてはアルテが行動の主導権を握っていました。でもすぐに特異体質が発現してしまって2人とも不自由な生活を強いられるように……」
「姉妹揃って籠の中か。だが特異体質についてはある程度謎が解けた。あれはそもそも体質なんかじゃない。何かしらの思惑があって付け狙われているだけだ。どういうわけかこの土地のやつらは退魔の、勇者の力に敏感になっている節がある」
その辺りの謎に真実を引きずり出す手がかりがあるとセンリは睨んでいた。
セレネは驚きから素っ頓狂な声を出してずいとさらに身をすり寄せた。
「ほっ、本当なんですか、それは……? じゃあ、お母様は……」
「家出中の母親がどうかしたのか?」
「えっと、表向きには家出となっていますが、実はアルテの特異体質を治すための薬を探しに周辺諸国を回っているんです。定期的に便りで経過を報告してくれていて」
「薬などなくともこの地から離れればそれで問題ない。根本的な解決策ではないが」
それを聞いたセレネは胸の内で沸々とたぎっていた。もしかしたらアルテが自由になるかもしれないと期待に心を弾ませていた。
「……明日にでも手紙をしたためてお母様にそのことをお伝えしてみます」
「にわかには信じがたいだろうがな」
「それでも伝えないわけにはいきません。お母様の悲願ですから」
「国王にも告げるのか?」
「お父様は……信じてくださらないでしょう。特に今はセンリ様のことを言い伝え通りに現れた大いなる災いの者と思っていますし」
「言い伝えだのしきたりだの、とことん繊細な連中だ。馬鹿馬鹿しい」
伝統。伝承。儀礼。この国に来てからというもの人間を縛るようなものにばかり直面していてセンリはうんざりしていた。
「イグニアはアガスティアほど大きな国ではないですから、ふとした弾みで崩れてしまうことを恐れているんだと思います。決まりさえ守っていれば安心していられますから」
「だが国王は決まりを破り、お前を取り上げた」
「はい。お父様はああ見えて実はとても気が弱く保守的な方です。みなさんの前ではおそらく陽気でゆとりのある王を演じていらっしゃるはずですが、本当は毎日影に怯えて不眠に悩まされています。心の支えになっていたお母様も今はそばにいませんし」
「人の咎。いや、この場合は歴史の咎、か」
遠く長い間続いてきたものを自分の手で絶ってしまう罪悪と恐れ。たった1人の人間の肩にはあまりにも重すぎる。
「あの時、巫女になってさえいなければ……。どうして神様は忌み子の私なんかを……」
自分のせいではないのに責任を感じて項垂れるセレネ。
火の神がわざわざ忌み子の彼女を選んだのは未だに最大の謎だった。
「巫女に選ばれる具体的な条件はないのか? 先代の神託を除いて」
「……神様の依代と波長の合う上質な基礎魔力の持ち主と言われていますけど」
「特に引っかかる点はないな。他にお前の本当の姿を知ってるやつは?」
「双子のことですか? それなら、お父様にお母様、側近の方、専属使用人の方、神事関連の方、くらいですね」
「やはりそんなものか。ふん。まだ洗い出す必要があるな」
真実を明らかにするには証拠が不十分。ひとまずこれまでの証言を整理するために立ち上がったセンリに対して、
「あ、あのっ。今夜は、その、しないんですか……?」
セレネはその腕を掴み、潤んだ瞳で見上げて聞いた。
「悪いが、今はそういう気分じゃない」
センリは掴まれた腕を振り解いて、湯をかき分け出口のほうへ向かった。
男の瞳に映っているのは破壊の灯。ふざけた伝統を火の神ごと木っ端微塵にぶっ壊すための施策だった。
###
1週間後の朝。センリは再び謁見の間へと呼び出された。そこにエスカの姿はあったがクロハの姿はない。
「あ、センリさん。えっと、クロハさんはまだお休み中です」
「またいつもの寝坊か。放っておけ」
気候が良く食物が豊か。加えて温泉もあるせいで完全休息状態のクロハは日に日にだらけていた。だから調査に行くよう仕向けても昼遅くになることが多く初日ほど目立った成果は得られていなかった。
玉座の向こうから遅れて国王が到着する。アルテもそのあとについてきた。
「待たせてすまない」
「で、用件は?」
相手が玉座に腰を下ろすなりセンリは問うた。
「かの件についてだが無事に精査が終了した。先に結果から話すと、例の場所は実在していた。こそこそと物色していた者も捕らえて知っていることを全て吐かせた」
「それで?」
「うむ。おおよそ君が言った通りだった。大臣を筆頭に企画された醜悪な遊びがおこなわれていたようだ。その痕跡も確認した。その罪を見積もっても死罪に値していただろう。だからと言って無関係の君が勝手に執行したことはとても容認できるものではない」
「回りくどいな。さっさと言え」
さきほどから続くセンリの失礼な言い回しにアルテが前に出そうになる。国王はそれを手で制した。
「そこでだ、ここはエスカ王女の……友好国アガスティアの名に免じて君を釈放することにした」
このまま放免にすれば国としての面目を潰される。それならいっそのこと大国への貸しにしてしまえばいいと考えて政治的な判断を取ったのだ。
「陛下。その寛大なお心遣いに、衷心より感謝いたします」
「…………」
嬉しそうな表情で素直に感謝の辞を述べるエスカ。一方でセンリは政治利用する意図が透けて見えたせいで内心苛立っていた。
「他の参加者への処分はどうするつもりだ?」
殺しに加担せず証言までおこなったサンパツは無罪放免だった。が、中には貴族を殺した者もいる。残念ながら正当防衛であれば貴族を殺してもいいという理屈はこの国には存在しなかった。
「貴族殺しの罪は重い。容疑のかかった者は見つけ次第投獄する。と言いたいところだが、もはやその必要もないかもしれぬ」
「どういうことだ?」
「金銭をめぐり参加者同士で殺し合ったという話だ。現場には争った跡と数多くの亡骸、そして手付かずの財と散乱した金銭が残されていた。捕らえたその者は手ぶらで運良く逃げ延びたあとに頃合いを見て戻ってきたそうだ。同じ参加者殺しの余罪も吐いた彼はこれから裁かれることになる」
「……欲をかいたな。本当に愚かなやつらだ」
死人は金を持ち歩けない。それが誰のためであろうと欲張った末に死んでしまっては元も子もない。一度手にしたその金は誰の手にも届かないのだ。
「私からは以上だ。これにてセンリ、君を解放し、自由の身とする。願わくは二度とこのような出来事が起きないことを」
セレネの言った通り国王はまだセンリを大いなる災厄の現れと疑っているようだった。
「そう心がけよう」
意味深に微笑うセンリは曖昧な返事を投げてから踵を返した。エスカも深く一礼してから彼の後について謁見の間を出ていった。
「……ううう」
「かわいそうなお父様……」
極度の精神的緊張で胸を押さえる父を見て、アルテは優しくその背中をさすった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます