ep.49 筋が通らないな
「遅れてすまないね。ちょっと邪魔が入ってしもうてな」
大臣はニヒルな笑みで挨拶をした。すると他のお客様たちは深く礼を返した。
そう。彼こそがこの娯楽会を仕切る首領。
「面白くなってきたじゃないか」
センリは楽しげに笑うと、魔術を使ってその場から姿を消した。
「あれ……?」
戻ってきたサンパツはセンリの姿を探して辺りをうろうろとしていた。
その後、消えた者を除いて順々で選ばれていく残りの参加者たち。中には目を見張るものもあったがサンパツに及ぶ芸はなく、とうとう最後の1人になった。
「それではいきます」
後方に転がる複数の生首を差し置いて、最後の挑戦者が終末を飾る芸を披露した。関節のやわらかさを活かした奇天烈な動きでお客様たちを魅了し、いくつかの革袋を獲得。無残な死は免れた。
これで全てが終わり。醜悪な娯楽のせいで、多くの者が傷つき、犠牲も払ったが、少なくともそれぞれがどうにか胸を張って帰れるだけの金を手にした。
かに思えたが、大臣が締めの言葉にこう言った。
「――さあて、最後のお遊びといこうじゃないか」
それを合図に他のお客様たちがそばから小型の弩を取り上げた。矢を発射するために弦が張られたそれには高い殺傷能力がある。
「それでは私から」
大臣は目に入った参加者に狙いを定めて矢を放った。
「えっ……?」
そう声を上げた時には遅く、矢は頭部を貫通して男の命を奪った。
周囲が動揺する中、他のお客様たちは各々屈強な護衛たちを従えて舞台から下りた。そして大臣と同じように丸腰の彼らを狙って次々と矢を放つ。参加者たちは声を上げて必死に逃げ惑った。高い柵に囲われたその中を。
「ど、どういうことだよ、これはッ!」
意を決した1人が舞台まで駆け寄ってまだ上に残っている大臣へと問いかける。
「このままお前たちに帰られては困るのだ。万が一のことがあれば我らの立場は危うくなる。だから片づけを兼ねて他のお客様には人間狩りの遊びを楽しんでもらう」
「じゃ、じゃあこれはなんなんだよッ! 俺たちは何のためにッ!」
男は獲得した革袋を見せつける。中には本物の金銭が詰められている。
「少しはいい夢を見られたか?」
「――ッ」
絶望した男の眉間に矢が打ち込まれる。ゆっくりとうしろへ倒れて持ち帰るはずだった革袋を手放した。
「フンッ。その金はこの会とこの施設の管理費に使われる。賎民にはもったいない」
弩を下ろして呟く大臣の背後。ずっと消えていた男が姿を現した。
「――それはちょっと話が違うんじゃないか?」
客人の残した葡萄をつまみ食いしながら歩み寄るセンリを見て大臣は驚愕した。
「おっ、おま、お前は……! どうしてここに……!」
「一発逆転の賭け事があると聞いたものでな。興味があったのさ」
「――ッ!」
目撃者を殺すべく大臣は素早くつがえて矢を発射した。しかしながらそれは人差し指だけで簡単に弾かれた。
「あの肥溜めで一生働いても得られない大金を高い代償を支払って手にした。そこまではいい。が、それを反故にするのは話が違うんじゃないか?」
「う、うるさいッ! どうせやつらは非正規民。金をくれてやる価値はない。言ってしまえば何匹死のうが誰も気にしない。だからこそこの娯楽が成立するのだ」
「筋が通らないな。配当のない賭博など成立しない。賭けたからにはちゃんと支払ってもらうぞ」
「ほざけッ! 勇者の末裔だかなんだか知らないが、貴様にはここで死んでもらうぞ」
大臣が言うと、その前に魔術師ふうの者が立ち塞がった。長い丈の服を着こなして目深に被った帽子を手でクイッと上げる。
「……勇者の末裔」低い男の声で仮面が喋った。
「誰だお前は」
言っているそばから仮面の魔術師は攻撃をしかけてきた。掌から火炎球を放って、その隙に大臣は逃亡を図る。
センリはその攻撃を手で受けて握り潰した。ジリッと痺れる他とは違う魔力の質。ただの雇われ魔術師ではないことが窺える。
「何者だ」
「名乗る名はもはやない」
覗く双眸に感情はなく男はいきなり近接戦をしかけてきた。魔術を織り交ぜたその格闘技はまさに達人技で通常なら一手目で首が飛ぶ。
センリは冷静にその動きを見切って、手先から風の刃を放った。しまったと肩を震わせる男をよそに、刃は今まさに舞台袖の扉を開けようとする大臣の首を捉えた。
線状に血飛沫が跳ねたあと、ずるりとその首が地面に落ちた。断面から黒い蒸気が噴き出して宙を舞い、虚空に飲み込まれた。
「優先順位が変わった」
仮面の魔術師はそう言い残して退いた。急速にその場から離脱していく。センリはその背に向かって追撃を加えようとしたが、途中で遠くのサンパツが目に入り、そちらへ風の刃を投げた。彼は足を打たれてその場に倒れ、お客様に向かって命乞いをしている。
「こ、殺さないでくれ……ッ! 俺には妻と子供が……ッ!」
「この感覚がたまらないのよね、ふふっ」
言って弩を構えた女のお客様の手が突如千切れて横に吹き飛んだ。その光景にうろたえる周囲の護衛たちは鎧ごと見えない刃によって無残に斬り刻まれていく。
「何をぐずぐずしている」
「セッ、センリ。今までいったいどこに!?」
目の前に現れたセンリにすがるサンパツ。
「そんなことはどうでもいい。帰るぞ」
「か、帰るって。みんなは……!」
センリの背後を覗くサンパツ。そこでは透明な風の流れが縦横無尽に駆け巡り、ところどころで血飛沫を上げていた。後に残されたのは護衛を失ったお客様たちだけ。
「あとは勝手にけりが付く」
本当に同じ人間なのかと思うほどに無慈悲な声で言うのでサンパツは図らずも身震いしてしまった。
さきほどまで逃げ惑っていた参加者たちは異変に気づく。もはやお客様を守る者はいない、と、死体のそばには彼らが携帯していた武器も落ちている。
1人が武器を手に取って仲間の仇を取るためにお客様に襲いかかった。その瞬間、たがが外れた他も武器を手に取り、一斉に反撃へ打って出た。
一転攻勢。狩る側が狩られる側へ。貴族は逃げ惑い、賎民はそれを追う。
「…………」
目と鼻の先に転がった弩。サンパツが物欲しげに見ていると、センリがそれを拾いにいって目の前に放り投げた。
「……え?」
「ほしいのはそれか?」
「…………」
欲望を見透かされたサンパツの視線、その先には手を失って錯乱する女のお客様がいた。
こいつらのせいで理不尽な苦しみを、生活を強いられている。サンパツは唇を噛み締めて足に突き刺さった矢を強引に引き抜く。弩を拾い上げ、その足で立ち上がって女のもとへ。
「こ、来ないでェッ!」
奇声に似た悲鳴を上げて後ずさる女。
「ふうー……」
サンパツは震える手で自分に突き刺さっていた矢をつがえる。
「…………」
成り行きを何も言わずに見守るセンリ。
「い、いやァッ! やめてッ! お願い、殺さないで……ッ!」
立場が逆転。今度は女のほうが命乞いをしている。
「分かってるよ。お前たちにとって俺たちは何の価値もないごみ屑だってこと。……けどな、こっちだって生きてるんだ。家族もいるんだ」
「おっ、お金ならいくらでもあげるからッ! ねえッ!?」
「金はもらっていく。芸の対価としてもらったぶんだけを」
「だったらどうすれば助けてくれるのよォッ!」
ろくに止血もできないまま朦朧とする意識の中で女は叫ぶ。
「もうこんなことが起きないように……」
サンパツは弩を構えた。この距離で頭部に当たればまず間違いなく即死。
「…………」
人差し指を引けば矢が飛ぶ。たったそれだけのことなのになかなか引き金を引くことができない。サンパツはそこに命の重さを感じていた。たとえそれが憎き相手だとしても。
女はもはや何も言えずにぼやける視界に男の影を捉えているだけだった。
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