ep.39 だって気まぐれですから
「何か臭うな」
センリは何かに気づいたようでクロハとは違う視点で2人を見ていた。
やがてその女給仕2人は対面した。顔を見た瞬間、互いに驚いて小さく仰け反った。その反応までほとんど同じなので見分けがつかない。
「あの、どちら様でしょうか?」
最初に話しかけたのはクロハが困らせたほうの女給仕。
「あなたこそどちら様でしょうか? 私にそっくりですけど」
「え? そんなことを言われましても……」
そっくりそのまま言い返されて困らされたほうの女給仕は再び困った。
「そなたらは双子ではないのか?」
「いいえ。違います」
「いいえ。違います」
クロハの問いに2人はほぼ同時に答えた。
「うお、なんじゃ今のは。息ぴったりではないか」
「双子じゃないとすると残るは姉妹の線だが……」
「私に姉や妹はいません」
「私は姉妹ではありません」
センリの問いかけに対しても2人は似たような内容で返した。
「ということはどちらかが偽物ということじゃ」
「ち、違いますっ! 私は本物ですっ!」
「え? 私は偽物ではありませんっ!」
クロハに見つめられると2人は口々に否定した。
「嘘をついているのは彼女です。私はアルテ様のお食事をこうして運んでいますが彼女はそうではありません」
「彼女こそ嘘をついています。そもそもアルテ様は部屋で夕食を召し上がることはございません」
「違いますっ! 私はこのお仕事をずっとしてきました。昨日だって一昨日だって。アルテ様とお話ができれば私が本物であることが分かるはずです」
「騙されてはいけませんっ! 彼女はアルテ様とお話ができれば証明できると言っていますが、会わせてしまったら必ず危害を加えるはずです」
「それはあなたのほうでしょう! どうかみなさん私のことを信じてください」
「本物は私です。どうか信じてください」
本物か偽物か。女給仕2人は最終的な選択をセンリとクロハに委ねた。
「……むうう。聞けば聞くほど見れば見るほど分からなくなってくるのう」
クロハは2人の顔を交互に見ながら頭を悩ませた。
「おいおい、まだ分かってないのか」
「む? なら主はもう分かったというのか?」
「ああ。目で見るな。臭いを嗅げ」
「臭いじゃと?」
センリの助言でクロハは2人の臭いを嗅いだ。しかしよく分からないと首を捻った。
「馬鹿か。そういうことじゃない」
センリは言いながら料理の載った手押し車に近づいた。そこで台の上からよく冷えた葡萄酒の瓶を手に取って栓を抜いた。
「あ、あのそれはアルテ様への……」
女給仕に注意されるもお構いなしでセンリは空のグラスをひっくり返して葡萄酒を注いだ。3分の1ほど注いだらグラスに口をつけて一口味見した。
「さすがに悪くないな」
宝石のような赤紫色の葡萄酒を楽しむセンリを見てクロハは眉をひそめた。
「主よ。早うどちらが偽物か教えておくれ」
「そう急かすな。俺は今考えているんだ。どうしてこんな場所に……魔族の手駒がいるのか、とな」
「な、なんじゃとッ! それは誠かッ!」
クロハは目を見張って2人の女給仕を改めて観察した。見つめられる2人は信じられないと言わんばかりの表情をしていた。
「上手く皮を被っているようだが、臭いは隠しきれなかったようだな」
センリはグラスを回しながら葡萄酒に自身の魔力を溶け込ませた。それを今度は料理を運んでいないほうの女給仕に向けた。
「わ、私が偽物とおっしゃられるのですか!」
グラスを向けられた女給仕は強張った顔で声を上げた。
「これを飲め。それではっきりする」
「こ、これは……」
センリは葡萄酒の入ったグラスをその女給仕に渡した。見た目はただの葡萄酒で特に変わった様子はない。センリの魔力が溶け込んでいることはまだ誰も知らない。
「こ、これを飲めばいいのでしょう。それではっきりすると言うのなら構いません。ただしこれを飲み干して何も起きなかった場合は彼女が偽物ということでいいのですね?」
センリは何も言わず小さくうなずいた。
「……ではいただきます」
女給仕は意を決してその葡萄酒を一気に飲み干した。周りの者が見守る中でグラスを口から離した彼女は何も起こらなかったことに笑みを浮かべた。
「とても美味しかったです。さあ、これでもう分かっていただけましたか? 私は正真正銘本物で彼女が偽……ゴボッ!」
言い切る前に女給仕は口から液状のものを吐き出した。それは血でも胃の内容物でもなく黒く濁った液体だった。
「な、なぜ、か、体が……ゴボッ」
「人間には効かない毒を混ぜておいた。お前はもう終わりだ」
「ど、毒、だと……貴様はいったい……」
女給仕はその場に倒れて苦しそうに胸を押さえた。
センリの魔力は魔族にとっての猛毒。一度体に取り入れたが最後。逃れる術はない。
「ま、まさか……こんな形で……。だが……このまま黙って……死ぬわけには……ッ!」
最後の力を振り絞ってその女給仕はセンリに襲いかかった。口が大きく裂けて隠していた牙を剥き出しにしている。それは間欠泉の時の化け物を彷彿とさせた。
センリは素早く魔術障壁を張って攻撃を弾くと、次に地面から漆黒の鎖を出現させて彼女を縛り上げた。
「か、体が、動かな……」
「牙を向ける相手はよく考えるんだな」
センリは一歩一歩近づいて彼女の額に手を置いた。次の瞬間、彼女の体が発火した。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
彼女は甲高い声で叫んだ。浄化を思わせる白い炎に包まれて苦しみ悶えている。
「うるせえな。黙れ」
センリは喉を掴んで膨大な量の魔力を一気に流し込む。すると偽物の女給仕は瞬く間に灰化して崩れ落ちた。縛るものを失った漆黒の鎖はスッと煙のように消え失せた。
「これではっきりしたな。どちらが本物か」
「は、はい……」
衝撃的な光景だったのか本物の女給仕は腰を抜かしてしまった。
「主よ。少しやりすぎじゃ。本物が怯えてしまったではないか」
「問題ない。それよりもあんたには聞きたいことがある。あいつとここのお姫様の関係についてだ」
センリの質問に女給仕はスッと目を伏せた。
「……大変申し上げにくいのですがやはり私の口からは……」
「なら本人に直接聞くしかないな。さっさと立って案内しろ」
「え……?」
「料理が冷めるぞ。いいのか?」
「あ、それは……」
女給仕は自分の仕事を思い出して何とか立ち上がり手押し車を押した。本人に案内するつもりがなくても、センリとクロハは彼女の後に勝手についていった。
ふと廊下の途中で足を止めた女給仕。振り返って2人に困り顔を見せた。
「あの、この先には強力な魔術障壁が張ってあります。ですからどうか近寄らないでください。非常に危険ですので」
彼女はそう警告したのだが、そんなことは気にせず2人はずかずかと歩いてその強力な魔術障壁に近づいた。
「ほほう。これがその」
興味本位でクロハが手で触れるとバチッと火花が散った。
「うおっ! バチッと言うたぞ」
「当たり前だろ。強力な魔術障壁と聞いておいて普通に触れる馬鹿がどこにいる」
「ここにおるぞ」と腰に手を当てる呑気なクロハ。
「……もういい。あんたはここから先どうやって行くんだ?」
「いえ。私はここから先には行きません」
女給仕は廊下の壁に目を向ける。そこには謎の紐があった。彼女がそれを引っ張って放すと遠くのほうからチリンチリンと鈴の音が聞こえてきた。
しばらくして廊下の奥からアルテが歩いてやってきた。女給仕の隣にいる2人を見るや否や眉をひそめる彼女。歓迎はされていないようだ。
「あの、アルテ様。これは」
「センリ様とクロハ様。このような場所に何のご用でしょうか?」
アルテは女給仕の言葉を遮って小首を傾げた。
「さきほど城内に魔族の手下がおったのじゃ。これは由々しき事態であろう?」
「そうですか。困りましたね」
「驚きはないのじゃな」
「ええ。ああいった輩はたまに来るので。もう慣れました」
「慣れたと言うてもな。被害があるじゃろう?」
「怪我人は時々出ますけど、これまで命に関わる怪我を負った方はいません」
そういう問題ではないと言いたげなクロハ。
「ここには城内を巡回する兵や魔術師がいますし、元々この城には薄い魔術障壁が何重にも張られていますのでああいう輩のほとんどは触れただけで死にます。通り抜けたところで力が大幅に削られているので対処も容易です」
「そもそもなぜそいつらがここに来る?」
「センリ様。それは私にも分かりません。何しろ化け物の考えることですから。おそらくはただの気まぐれでしょう」
「本当に気まぐれか? あいつはあんたを狙っているように見えたが」
「気のせいでしょう。だって気まぐれですから」
アルテはわざとらしく微笑む。
「じゃあこの障壁はなんだ?」
「用心のために父が用意してくださいました。夜は危ないですからね」
「この密度の障壁を用心のためにか」
尋常ではない魔力が込められた魔術障壁。それは魔族どころか使用人すらも通さない強力なものであった。
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