第174話 才能の天敵
「あらかた終わったか?」
「はぁぁ……マジで敵の向こう側まで突き抜けちまった」
随分と疲れた声を洩らす勇者を横目に、周囲を見渡してみれば。
な~んにも居ない。
今にも座り込みそうな勇者と、もはや座り込んでいる近接部隊の皆様が居るくらいだ。
結構取りこぼしも出たとは思うが、残りは斥候と盾達でどうにかしてくれてんだろ。
後方に行く程人を厚く配置したのだ、俺達が取りこぼした分くらいなら多分大丈夫。
とか何とか思いながら槍で肩を叩いていれば。
「はぁぁ、やっと終わったか。旦那」
「おうよ、カイル。戦風でも特攻部隊に入ったのお前だけだったな、お疲れさん」
やけに疲れた顔をするカイルにカッカッカと笑いかけてみれば、彼は物凄く疲れた顔をこちらに向けて来る。
「ったく、普通はこんな乱戦じゃ大剣の方が嫌がられるってのに……二本の槍を振り回す英雄様に、見た事もねぇ程クソ長い魔法の剣をぶん回す勇者様と来たもんだ。お陰で俺はすっかり蚊帳の外だよ」
「そりゃ迷惑な奴も居たもんだな、味方の事も考えながら武器は使わねぇと。暴れ回って仲間に怪我させるなんて事があっちゃ本末転倒も良い所だ」
「ちゃんと武器の間合いはつかめても、配慮と遠慮が出来ねぇのが旦那の悪い所だな」
褒めているんだか貶しているんだか分からない感想を頂きながら、俺たちは今来た道を睨んだ。
さて、折り返しだ。
こっからはマジで一匹も逃がさず、端から狩っていかねぇと。
なんて、思っていたというのに。
「やぁ、“悪食”。久しぶり、というには短い時間だったかな?」
その声を聞いた瞬間。
ゾッと背中が冷えるよりも先に、“槍”が出た。
身体を捻りながら全身の筋肉を使って踏み込み、背面に向かって全力の一撃を叩き込んだ。
「本当に、お前には驚かされてばかりだ」
「何しに来やがった、“化け物”」
間違いなく貫いた、彼の胸を。
だというのに、彼は嬉しそうに笑うのだ。
ダンジョンで見た、エルフの姿をした怪物が。
「そう嫌わなくても良いじゃないか、言っただろう? 私は“未知”が好きだ」
「気持ちわりぃな」
続けざまにもう片方の槍を叩き込んでみれば、彼は更に口元を吊り上げた。
本当に気味が悪い。
咄嗟に槍から手を放し、後方へと飛び退くと。
「相変わらず、一切先が見えないなお前は。パッシブの魔法なども使っていないのか?」
そう呟きながら、彼は自らに突き刺さった俺の黒槍を引き抜いた。
痛みなど何処かに忘れて来た様子で、淡々と。
「生憎だな、俺は“無し無し”なんでな。魔法とは無縁の世界に生きてんだわ」
「ほぉ……詳しく話が聞きたい所だな」
余裕の笑みを浮かべる彼に対して、新しい黒槍を構える。
この国に喧嘩を売ったのはやっぱりお前かと悪態が付きたくなるが、生憎とそんな余裕はない。
「旦那、加勢するぜ」
「コイツ……また来やがったか。黒鎧、マジで注意しろよ? コイツやべぇから」
不味い、戦えそうなのがカイルと勇者しか居ない。
視線を背後に向ける訳にはいかないが、他の近接部隊は腰でも抜かしているのだろう。
今では息も秘めている御様子だ。
前以上に人数が少ない。
「そっちの二人は、恐らく前と変わらんのだろう? 興味がない、引いて良いぞ」
シッシッとばかりに手を振る“探究者”。
その行動にカチンと来たのか、勇者が先程の“魔剣”を作り上げる。
本来の剣の長さより倍ほどもありそうな、光の魔法剣。
ソイツを構えて、静かに腰を落とした。
「試してみろよ、今度は殺してやる」
「ほう?」
「馬鹿野郎! やめっ――」
叫んだその瞬間には、彼は既に飛び出していた。
あの化物に対し、俺が土産に渡した剣を振り下ろす。
その結果。
「ふむ、悪くはないな」
真正面から、彼の剣を極僅かな防御魔法で受け止めていた。
不味い不味い不味い。
あの勇者の攻撃でさえ平然と防ぐ化物だ。
こんなのどうしろってんだ。
「勇者! 伏せろ!」
叫んだ瞬間片方の槍をぶん投げ、頭を下げた勇者のスレスレを通って相手の顔面に突き刺さる黒槍。
だというのに、相手の“敵意”が消えないのだ。
思わず勇者を腕に抱えながら、相手の事を蹴っ飛ばして距離を置いた。
ズサァっと地を這う様に後退したが、“探究者”は声も無く顔面に突き刺さった槍を引き抜き始める。
こんなの、ホラー以外の何物でもない。
そんな光景を見て冷や汗を流していると。
「お前は、一体何者だ?」
「はぁ?」
槍を引き抜いたエルフが、そんな事を言い始めた。
何者だって……そりゃこっちの台詞だ。
こっちとしちゃ、それこそ「てめぇは一体何なんだ」と聞きたい所なのだが。
それでも、彼の表情は今までの様な余裕は浮かべていなかった。
あくまでも真剣な顔で俺の事を見つめている。
いや、怖ぇよ。
「パッシブやバフ、そう言った魔法は分かるな? それら全てには魔素を使う。魔力と言った方が分かりやすいかもしれんが、とにかく魔法に繋がる“燃料”が必要な訳だ。それを使う痕跡が、使おうとする先の結果が、私には“見える”。だからこそ相手の行動を前もって予想する事が出来る」
「ハ、ハハッ。チートどころじゃねぇ、未来予知完備の化け物だってか?」
引きつった笑みを浮かべていれば、彼の表情は更に険しい物へと変貌した。
「その“化け物”から見て、全く理解出来ないのがお前達“悪食”だ。何故だ? 体に魔素が溜まっているのは見える。しかし、使っている痕跡が見えない。お前達は、どうしてそこまで強くなれる? お前達は、一体どうやってその力を手に入れた? 教えてくれ、お前達は……“何だ”?」
えらく不思議そうな顔でこちらを覗き込んでくる“探究者”。
正直、俺としては何を言っているのかさっぱりだ。
魔法が使えねぇって言ってんだろ。
専門外の事を聞かれても分かるかボケ、とか言いたい所な訳だが。
「俺に魔法の事を聞くのは間違ってるぜ“探究者”。俺たちは、どこまでいっても無能で適性無しで、更にはこの世界の常識とやらに適合する能力も無し。全部“無し”のハズレ組だ」
呟いた瞬間槍を彼に向かって放り投げ、勇者を後方に投げ捨てた。
そしてそこら中に転がっている彼の抜き去った“黒槍”へと飛びつき、相手に向かって更に投げつける。
その全てが突き刺さり、まるで針の筵みたいになっている中。
「こうちゃん! 無事か!?」
木々の中から飛び出してきた西田。
彼が投げつけたマチェットが、相手の首と腹に突き刺さる。
「ご主人様! 一時退却を!」
「北、引いて! ソイツはヤバイ!」
サポート組二人が弓を引いた瞬間、彼は動いた。
南の乱射する矢を“プロテクション”で防ぎ、白の馬鹿みたいな火力の矢を何かしらの魔法で“逸らして”みせる。
「……あん?」
なんか、違和感があった。
何故俺と西田の攻撃はすんなり受けた?
回復に自信があるから、致命傷にならないから。
そういった理由で防がないのなら分かる。
しかし、それなら何故南が連射した“普通の矢”ですら魔法で防いだんだ?
そして何より、二人の攻撃に対しての反応速度が異常に早かった。
コレがアイツの言っていた“先読み”みたいなもんなのか?
「黒鎧! 援護する!」
「旦那! 参戦するぜ!?」
勇者とカイルが左右から攻め、大剣と長剣で斬り込んだ。
その斬撃すらも、彼は防壁を張って易々と防いで見せた。
カイルの重い一撃も、勇者の鋭い一撃すら平然と止める“探究者”。
だというのに。
「シャァァァ!」
「続くぜぇ!」
俺と西田の攻撃が、深々と背中に突き刺さった。
何なんだ? 前回だってそうだ。
アレだけド派手な魔法を使い、聖女コンビの“ブレス”さえも防ぐほどの化け物。
何故俺の攻撃だけが普通に通った?
今回もまた、そうだ。
皆の攻撃が防がれる中、俺達の攻撃だけは彼の身を傷付けている。
それこそ、最初は“試しに受けてみよう”みたいな雰囲気があったのだ。
そのくらい余裕を感じられたし、実際攻撃を受けた後もそんな感じだった。
だというのに、今回のは一体なんだ?
なぜ避けない?
「やはり読み辛いなお前達は」
そう言ってから片手をこちらに向けてくる“探究者”。
ヤバイと感じて飛び退いてみれば、先程まで俺達が居た場所にとんでもなく深い斬撃の跡が残る。
だが。
「おまけだ」
軽い言葉を残しながら西田が放ったナイフが、彼の顔面に突き刺さったのだ。
「チッ!」
訳が分からない、死なないって自信があるから避けないって訳でも無さそうだが。
何故お前は俺達の攻撃だけ真正面から受ける。
何故他の攻撃みたいに避けない、防がない。
俺達だけ異常に速いという訳ではない、カイルや勇者の攻撃と同じ様に対処されたっておかしくないのに。
白の放つ“趣味全開装備”にさえ反応したのだから、出来ない事はない筈。
なのに、何故お前は俺と西田の攻撃だけは避けられないんだ?
「邪魔だ」
彼は静かに声を上げながら、周囲の人間を弾き飛ばした。
今までその身に突き刺さっていた武器も全部吹っ飛ばしながら。
アレも魔法なのだろうか?
彼から変なオーラっぽい物が放たれているのが見える。
カイルや勇者、南や白は吹き飛ばされ探究者がこちらを向き直って来た。
「提案がある、悪食」
「あん?」
いや、そう言われても警戒しか湧いてこねぇけど。
とりあえず、マジックバッグから“新しい突撃槍”を取り出した。
ドワーフ組により、より新しくなった俺の趣味全開装備。
まさか試すのがラスボス相手になってしまうとは思ってもみなかったが。
「私と共に来ないか? お前達は何故こんな国の為に戦っている。王の命令か? 金か? それともお前達が命を落としてまで尽くす程の忠義があるのか?」
なんか急に語り始めた。
馬鹿なのか? 敵が前後に居るってのに、そんな無駄話をしていれば当然。
「隙だらけ」
足音もなく移動した白が、死角から矢を放った。
だが。
「言った筈だ、魔素に頼る者では私には勝てないと」
彼は片手を上げて防壁を作り、彼女の一撃を受けとめて見せた。
やっぱりだ、コイツの行動やっぱ変だ。
特に白や勇者が攻撃する時、相手が動く前から防ごうとしてやがる。
コレがアイツの言っていた“先読み”。
では何故俺達の攻撃が通るのかって話になるが……。
「魔法を使って攻撃してるかどうかって事か? いやでもカイルや南の攻撃だって防がれてるし……」
「こうちゃん?」
ボソッと呟いてみれば、西田は不思議そうに首を傾げた。
ちょっと試してみるか。
「南、全力で死角に回れ! 水だ! 白、南に合わせろ!」
「え? 水ですか? りょ、了解です」
困惑しながらも南は走り始め、探究者の視野外に来たところで魔法の水を生成する。
その間に反対側へと白が走り、再び弓を構えた。
すると。
「何のつもりだ?」
相手は南に注意した様子で視線を動かし、白に対しては矢が放たれる前から防壁を作り始める。
見てもいないのに、しっかりと白の射線上に防御魔法を展開したのだ。
それから、分かった事がもう一つ。
「お前、魔法の先読みってヤツは得意でも……五感に頼っての戦闘は苦手だろ」
「ぬっ!?」
彼女達とは別の方向から、一気に踏み込んで“突撃槍”を突き立てた。
ズドンッ! と聞き馴染みのある炸裂音を二倍くらいデカくしたソレが鳴り響き、相手は見事に吹っ飛んだ。
その体の、横半分の血肉をそこら中にばらまきながら。
「驚いたよ。まさかこれ程とは……」
この時初めて、コイツは表情を変えた。
苦痛に顔顰め、失った体に手を触れて再生させていく。
「なるほどなぁ。魔法に頼らなきゃ、お前に攻撃は通る。本人が魔法を使ってなけりゃ先読みも使えねぇ。俺の突撃槍も魔法だが、コイツは常に魔法を放っている訳じゃねぇ。察知されずに近づいて、近くでズドン。再生が追い付かなくなるまで破壊すりゃ俺達の勝ちって所か?」
そう言い放ってみれば、彼は舌打ちを溢しながら再び俺と向き合った。
反論なし。
つまりは正解、もしくは当たりに近いって事なのだろう。
「では、こういうのはどうだ?」
言い放った次の瞬間、彼の姿が消えた。
物凄く早く動いたっていうより、転移か何かの魔法なのだろう。
もしも西田よりも早く動けるってんなら、俺の攻撃なんぞ気づいてからでも避けられるだろう。
そして、相手の気配は背後から感じられる。
「生憎と俺達は五感のみで戦ってるんでな。こういう方が対処しやすいんだわ」
「ぐっ!?」
振り返る事無く槍を逆に構え、真後ろに向かって突き立てた。
穂先から返って来るのは、確かに生き物を貫いた感触。
気配や息遣い、転移したその先で立てた足の音。
近くに登場したのなら、嫌でも分かるってもんだ。
「それから、もう一人忘れてんじゃねぇか? 西田ぁぁ!」
「おっしゃぁ!」
足音も立てずに飛び掛かって来た西田が、相手の首に短剣を突き立てる。
俺の突撃槍が腹に刺さっている以上、まともに回避行動もとれなかったのだろう。
そのままズドンと決めてやろうとトリガーに指を掛けた瞬間、相手は再び転移を繰り返した。
「対策された途端、随分と逃げ腰じゃねぇか“探究者”」
見上げたその先に、彼は立っていた。
空中に見えない足場でもあるんじゃないかってくらいに、空に平然と突っ立っている。
「ならば、こうすれば良いだけの話だ」
前にも見た、透明の剣。
それが数えきれない程出現し、一斉に剣先をこちらに向けて来た。
確かに俺達としちゃ、こっちの方が怖い。
が、しかし今は俺達だけって訳では無いのだ。
「“白夜”!」
勇者の魔法が、その全てを撃ち落とした。
残ったのは、舌打ちを溢す探究者が一人。
見た事のない勇者の大火力だったというのに、それでも平然としている辺り“普通の魔法”だと、傷つける事さえ難しい様だ。
結構分かって来たぜ、お前の事が。
こりゃ才能ある奴程、やり辛い相手って訳だ。
白だって“風魔法”を使いながら移動しているし、アイリの“身体強化”なんてモロに先読みの対象になるのだろう。
アイツを倒す為に必要なのは、戦える“ハズレ”の集団って訳だ。
「もう一度言おう、私は“未知”を探求する人間だ。不可能を可能にする為の技術を求めている。だからこそ、再び問う。こっちに来ないか? 悪食。お前達は未知に溢れている、未知そのモノだ。望む物は全て私が用意しよう、こんな腐った国に置いておくのは惜しい」
「そうかい、有難いね。俺達をこんなにも面と向かって評価してくれる奴は少ねぇ。この国に対してだったら、悪いイメージばっかり残ってるって言っても過言じゃねぇな」
「だったら――」
「断る」
それだけ言って、静かに槍を構えた。
「俺たちは“主人公でも勇者でもねぇ”。だから仲間を守る為に血反吐吐く想いで戦ってんだ、国取りなんてデカい話なら他を当たんな。俺達にゃ荷が重いってもんだ」
正直、前の王様がまだ好き勝手やっている様なら「知るか」って言って家族だけ連れて引っ越ししていたかもしれない。
だが今はあの姫様がトップで、彼女自身も戦場に立っている。
そして何より“彼女だけ”は、攫ってでも助けてやると約束してしまったのだ。
だったら、裏切る訳にはいかないだろう。
「そうか……残念だ。気が変わったら、この場所から一番近いダンジョンに来ると良い。この戦争が終わるまで、この国を亡ぼすその時まで、私はそこで待とう」
そんなセリフを吐きながら、彼は以前の様にダンジョンコアを取り出して掲げる。
「待てよ、何で俺に“先読み”の事なんて話した。前もって話しておけば、勝手に絶望してくれるとでも思ったのかよ?」
疑問をぶつけてみれば、彼はフッと小さく微笑みを浮かべ。
「仲間に誘おうとしている相手に、手の内を全て隠したまま自分を売り込む奴は居ない。今回は仇になってしまった様だがな、残念だよ」
その小さな呟きと共に、彼の姿は掻き消えた。
全く、どんだけ厄介なヤツに目を付けられたんだか。
言っている事も訳がわからんし、いつの時代の人だよ。
何てことを考えながら、思いっきり息を吐きだした。
「い、生き残ったぁぁぁ……」
「ダンジョンでもねぇのに登場すんなよマジでぇぇ……」
ぶはぁぁっと西田と二人で情けない声を溢しながら、その場にゴロンと寝ころがった。
キツイ、もう無理。というか、やっぱりめっちゃ怖ぇ……。
ちょっとくらい相手の事が分かった所で、勝てる気がしない。
「北、西、平気!?」
「ご主人様方! お怪我はありませんか!?」
駆け寄って来る仲間の姿を視界に納めながら、今一度先程までの恐怖にブルっと背筋を震わせるのであった。
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