第170話 帰還


 「あぁぁ……まだ痛てぇ。おいコラ白、今回の一番のダメージは間違いなくお前だからな? 反省しろ」


 「ツーン」


 戦闘終了後、いきなり俺の顔面にラ〇ダーキックをかまして来た白。

 随分と久しぶりの再会だというのに、コイツはさっきからこんな感じだ。

 反抗期ですか、そうですか。

 もうちょっとアグレッシブさを控えて頂けると助かります。


 「まぁまぁ、アレも白さんなりの照れ隠しなのでしょう。それよりも、本当にお疲れさまでした。皆さん」


 相も変わらずザ・大人って雰囲気の中島が、俺達に混じって飯を拵えている。

 現在、悪食のホーム。

 超懐かしい、ものっ凄く帰って来たって感じがする。

 だというのに、だ。


 「帰って来て早々、こんな大人数の飯を作る事になるとはなぁ」


 「ま、皆手伝ってくれるからそんなに苦ではないけどねぇ」


 西田と東も近くで晩飯作成中な訳だが、周りには人が溢れていた。

 引っ付いて離れなくなる子供達や、孤児院の職員だって。

 更にはアイリとアナベルコンビ、そしてクーアですらズビズビ鼻を鳴らしながら俺達の周りを行ったり来たりしている。

 こりゃまた、随分と心配を掛けてしまっていた様だ。

 そんでもって戦闘に参加したウォーカー達の多くと、その他兵士からも代表数名。

 多いよ、流石に多いよ。

 ホームどころか孤児院の方の庭にも人が溢れてるよ。


 「しっかし、流石は“竜殺し”だな旦那。ありゃビビったぜ」


 火の番をしてくれているカイルから、そんな声が上がる。

 そして周囲に居た戦風のメンツも、コクコクと頭を上下に振っている始末。

 懐かしい顔が揃ってるってのに、妙な視線を向けられる原因はソレか。


 「ありゃ聖女コンビがスゲェだけだよ。俺らにはあんな殲滅力はねぇ」


 「いやぁ、まぁあのお嬢ちゃんもスゲェが……なぁ?」


 「なぁ、じゃねぇよ。俺らは相変わらず物理だぞ」


 そんな言葉を紡いでみれば、戦風のメンツから非常に呆れた視線を向けられてしまった。

 わぁってるよ、俺らのやり方が滅茶苦茶な事くらい。

 だからそのおかしな生物を眺める視線は止めろ。


 「キタ、酢飯出来たよ!」


 「キタヤマ、こっちの魚も終わったけど……コレ生で食うの?」


 エルとノインの二人が、二人して声を掛けて来た。

 一年くらい、だよな? 離れてたのって。

 コイツ等含め、他の子供達もだが。

 随分とデカくなった気がする。

 体もそうだが、雰囲気が落ち着いたっていうか。


 「リーダー、こっちも終わったよ」


 そう言って、彼等の後ろから歩み寄って来たノア。

 今でも魔人の角を隠すために、でっかい魔女帽子を被っている訳だが。


 「なんか、急成長したなお前ら」


 何というか、マジか。

 ノアなんかは特にだ。

 元々はあんまり飯を食えていないって話だったから、最初見た時なんか初期南くらいにガリガリだったのに。

 今では背も伸びて、年相応……いやそれ以上に色々と成長していらっしゃる。

 お前ら三人衆、絶対モテるだろう? そうなんだろう?

 どいつもコイツも、偉く美形に育っていやがる。

 親目線で見ているフィルターもあるのかもしれないが、なんかズルいぞお前達。


 「オヤジくさ……キタヤマは相変わらずだな」


 「まだ、全然弱い。変わってない」


 「皆が離れている間も、ボク達頑張ったんだよ?」


 三者三様に言葉を返して来る子供達。

 あぁ、コレが“子供の成長は早い”ってヤツなのか。

 なんか重要な成長期を見逃した気分だわ。

 とかなんとか思いながらニヤニヤしていると。


 「お待たせしました、悪食の皆様! お帰りになるのを心待ちにしておりましたわ!」


 鬱陶しい大声を上げながら、大人数を連れたツンデレお嬢がこちらに食材を持って歩いて来た。

 いや、うん。

 別に待ってないけど、久しぶりだね。


 「えっと……“戦姫”の皆様? またパーティを結成したのですか?」


 すぐさま南が応対に向かえば、ツンデレお嬢は満面の笑みで頷いた。

 元気だね君は。

 というか、食材持って来てくれるのは嬉しいけどさ。

 海の幸が偉い勢いで無くなっていくんだけど。

 今の内にリードからありったけ売ってもらうか?


 「キタヤマァ……お前らが戻って来たからには、もう俺は良いよな? この腕外して良いよな」


 新しい来客は、戦姫だけではなかったらしい。

 随分と低い声を上げたギルが後ろから肩を組んで来た。

 やれやれと視線を向けてみれば、そこには。


 「っ!? ぶははははっ! 何それ! 何その左腕! 西田、東! 見て見て! 人間兵器が居る! 魔改造されてる奴がいる!」


 「キタヤマ! てめぇ!」


 「うぉぉぉ! ギルさんすげぇぇ! 滅茶苦茶アンバランス! 格好良いじゃん!」


 「なんかゲームの敵キャラに出てきそうな見た目だね。うん、凄い。それで私生活送ってるのかぁ……色んな意味で尊敬するよ」


 「アズマァァァ! これで私生活送れる筈がねぇだろぉぉがぁぁぁ!」


 もはや完全に固定兵器だよコイツ。

 自らの体ぐらいにデカい左腕は、どう見ても重量過多。

 動き回る時はパージとかするんだろうか?

 偉くロマン溢れる姿になっているじゃねぇか。

 全く、見た目だけ派手にしおって。

 奥さんに良い所見せようったって、腕ばかりデカくしたんじゃバランスが悪いぞ。


 「んで、ソフィーさんはどうしたよ? 姿が見えねぇが」


 「あ、あぁ……その、家でゆっくりさせてるよ」


 なんか妙な雰囲気で、左腕が本体みたいな見た目の騎士モドキが視線を逸らしてみれば。


 「皆様が帰って来たというのに、私だけ除け者は寂しいですよ」


 「ソフィー!?」


 ホームの入り口に、左腕野郎の奥さんが立っていた。

 医者だろうか? 白衣に身を包む者達に体を支えられながら。

 そして彼女のお腹は、随分と膨らんでいる様に見える。


 「なるほど、把握した」


 「ほほぉ、この左手お化けは拵えてしまったという訳か。こりゃぁお祝いしてやんなきゃな」


 「おめでたかぁ。いやぁ、めでたいね」


 そう言いながら、全員で右腕を振り上げた。


 「お、おい。待て、落ち着け」


 「「「火を消すな」」」


 「それはもう良いって!」


 左手お化けは後ずさりながら、俺達から距離を置く。

 何を遠慮する必要があるのだね。

 俺達は全力で祝福してやろうとしているのに。

 このリア充め、祝福してやる。

 何てことをやっていれば。


 「そろそろ良いか? 馬鹿三人組。飯の準備で忙しい所悪いが、仕事の話だ」


 「こちらのお話は終わりましたから、よろしいですか?」


 支部長と姫様が並んで歩いて来た。

 先程までリードを含め、皆で何やらお話を繰り広げていた彼等。

 とはいえ、だ。

 支部長がここに居るのは分かるけどさ。

 姫様までこんな所に居て良い訳?

 ついでに側近の様に一緒にいる初美は何だ。

 視線を向けてみれば、こちらに笑みを返して来るが。

 ごめん、何も伝わらない。


 「あぁ、その。なんだ。まずは現状の説明からしてもらっても良いか? 正直、訳が分からねぇ」


 「えぇ、もちろんです。それから改めまして、おかえりなさい。我が国の“英雄達”」


 「うっす、英雄って柄じゃないが。ただいま戻りました」


 そんな訳で、俺たちは情報の整理をはじめるのであった。


 ――――


 お話を聞いた結果、俺らが知らない所で色々と事態が動いていたらしい。

 まず、王様。

 俺達を見てハズレだと言い放ち、ため息を溢していたあの人。

 なんと、王様をクビになってしまったらしい。

 うっそん、王様ってクビになったりするんだ。

 そして今のトップが姫様ってのはマジなのか。

 物凄くびっくりです。

 いいのかそれ、女子高生に総理大臣任せる様なモンじゃねぇの?

 仕事量半端ないな、異世界ドブラックじゃん。

 何てことを思いながらも、話は続き。


 「という訳で、今回の相手が――」


 「こちらでも色々調べているのですが――」


 「今後の対策を、ギルドとしては――」


 「今の負傷者の数を見るに――」


 お願い、ちょっと待って?

 二人して色々説明してくれるのは良いが、矢継ぎ早に色々言われても頭に入って来ない。

 俺、チュートリアルとかスキップしちゃう人なんだ。

 とりあえず二人の話に頷きながら、魚をさばき続けていれば。


 「北山さん……物凄く簡単にした現状説明とか、いります?」


 「……頼むわ」


 二人が色々と説明してくれる最中、俺の影からコソッと初美が声を掛けて来た。

 未だ二人は国の情勢とか、今後の話とか色々難しい話をしている訳だが。


 「簡単に言うと、化け物みたいなエルフが戦争吹っ掛けて来たんで、受けて立ったのが今の状況。相手は何回かに分けて攻撃を仕掛けてくる。現在は二日目、そしてあの規模。魔獣も変な動きをするので、あまり細かい作戦を立てて人を振り分けても穴が出るじゃないかって心配になっている所です。間違いなく明日も来ます、以上です。もっと詳しい事情が知りたければ、追加で説明します」


 「サンキュ初美、非常に分かりやすい上に俺でも理解出来た。追加説明は後で頼む。とりあえず明日からも忙しいって訳だ、あとただいま」


 「その通りです。規模を考えると、明日はもっと派手になるかもしれません。今日は魔法を封じられたのが痛かったですね。あとお帰りなさい、とても首を長くして待っておりました」


 コツッとお互いに拳をぶつけてから、緩い笑みを浮かべた彼女が影の中に戻っていく。

 そんでもって、姫様の後ろにまた現れる訳だが。


 「ま、明日も大規模戦闘があるかも。更には今日みたいに魔法が封じられちゃうと面倒くせぇって訳だ」


 「その通りです、我が国の戦力は兎に角兵が多い事。つまり魔術師も多く、その攻撃手段を全て封殺されてしまえば、歩兵と弓兵で戦うしかなくなります。大技が使えない状態ですね。戦車や大型兵器などの配備も進めていたのですが、やはり魔法使いの数が多い事に胡坐をかいていた状態です。国の予算を軍事とは別の所に使い過ぎましたかね……」


 正直、その化け物エルフには心当たりがなくも無いが。

 俺達よりも早くこっちの国にお邪魔しているとは考えにくい……のか?

 わからんな、“アレ”なら何が起きても不思議はない気がする。

 後でその辺りの擦り合わせも必要だろうが、今は明日の準備を優先するべきだろう。


 「いよし、なら物理で攻めよう。物理大火力の出番だ」


 「そう簡単に言いましても……我が国は魔法と剣で支えて来た様なモノでして」


 「キタヤマ……今は真面目な話をだな。お前らの“趣味全開装備”だって魔法を使っている。それすら使用できないんだぞ?」


 とかなんとか、姫様と支部長から不安そうな眼差しを受けてしまう訳だが。


 「まずは飯だ、腹減ったままじゃろくな仕事は出来ねぇ。そんで腹が膨れたら……ドワーフメンツを招集する、確かアイツ等の魔術適性って土と火って言ってたよな?」


 「確かにそうだが……どういうことだ?」


 首を傾げる支部長に、完成したばかりのマグロ寿司を差し出した。

 ソイツを受け取り、迷うことなく口に運ぶ支部長。

 そして、カッ! と目を見開いた。


 「何も土産は飯だけじゃねぇって事だ、やれることはやってみるさ」


 こっちには、他所の国の王族からもらった最強の手札が二枚もあるのだから。


 ――――


 「あの、望……だよな?」


 「うん……」


 久しぶりに会った優君は、随分と余所余所しく声を掛けて来た。

 離れていた期間が問題だったのか、それとも角や尻尾が生えてしまったのが問題だったのか。

 隣に座った彼は、今までにない程距離がある様に思えた。


 「その、さ」


 「うん」


 「「……」」


 二人して、気まずい空気を作りながら押し黙ってしまう。

 感覚が麻痺していた。

 この角や尻尾を見ても、平然としている人ばかりだったから。

 コレが普通の反応、そりゃそうだ。

 どう見ても“人族”では無くなっているのだから。

 そんな事を思いながら、ビクビクとしていれば。


 「その、元気だったか? 風邪とか、ひかなかった?」


 「え?」


 彼の口からは、予想外な言葉が漏れた。


 「あ、いや。ゴメン。望って昔から何かに夢中になると、自分の事も無視して集中しちゃうからさ。よく体調崩してたじゃん? だから、平気だったかなって」


 そう言いながら、彼は地面を見つめていた。

 隣に座っているのに、こちらを見てくれない。

 すぐ近くでは、お祭り騒ぎの様に“悪食”の帰還パーティーが行われているのに、私達の間には静かな沈黙が流れていた。


 「えっと、風邪はひかなかったかな。今の私なら、それくらい治せるし」


 「え、あ、そっか。そうだよな。今の望は“聖女”だもんな。ごめん、どうしても心配になっちゃって。ごめん、いつまで偉そうにしてるんだって話だよな。ごめん」


 何かを言い淀む様に、彼は気まずそうに視線を逸らした。

 こういう時の彼は、絶対に何かを隠している。

 今だからこそ、分かる。

 言いたい事を我慢して、自分を押し殺しているんだ。

 だから。


 「言いたい事、全部言って」


 「え?」


 「だから、言いたい事全部言って。もう“大丈夫”だから、私は一人でも立てる人間になったから。遠慮なんて要らないよ、思っている事全部言って良いよ。むしろ言って欲しい」


 そう言葉にして、キッと強い眼差しを向けてみれば。

 やっぱり彼は視線を逸らした。

 あぁ、やはり駄目なのだろうか。

 やっと“一人分”になれたとしても、今の私を彼は受け入れてくれないのか。

 そりゃそうだよね、角や尻尾も生えてるし、同じ生物として見るのだって厳しい――。


 「怪我とか……病気とか、しなかったか? 変な事に巻き込まれたりとか、危ない目に合わなかったか?」


 「え? あ、うん。怪我とか病気とかは特に。一緒に居たのが“あの人達”だし、変な事には……うん。うん? 巻き込まれたかもしれないけど、端から解決して来たよ」


 もう、思い出すだけでも忙しい日々だった気がする。

 パニック映画に出てきそうな鮫や鯨を狩ったり、腐ったドラゴンを討伐したり。

 あとは化け物としか言いようの無いエルフと戦ったり。

 おかしいな、思い出すだけでも“平和だったよ”とはとても言えない。


 「そっか、そっか……無事なら、良かった。辛い目にあってなかったのなら、良かった。本当に、マジで。よかった……」


 そんな言葉を溢しながら、彼は顔に手を当てて表情を隠してしまった。

 そのまま俯いて、何故か私の事を見てくれない。


 「優君は、今の私が怖い? 角とか尻尾とか生えちゃったけど、これじゃ受け入れてくれない?」


 「めっちゃ可愛い、俺そういうの好き」


 「そっか、やっぱりそう……うん待って、なんて言った?」


 聞き間違いだろうか?

 私はこの姿になってしまったからこそ、不安を抱いていたというのに。


 「めっちゃ、可愛い」


 「えっと、あの、はい。ありがとうございます」


 続けざまに放たれる言葉に、オロオロしながら視線をあちこちに向けていれば。


 「とにかく、色々あっても無事だったようで安心した。おかえり、望」


 顔を上げた優君は、今にも泣きそうな顔でこちらに微笑みかけてくれた。

 色々言いたい事も、聞きたい事もあるだろうに。

 それでも、私が戻った事をとにかく喜んでくれていたのが分かった。


 「……ただいま、優君。ごめんね、急に居なくなっちゃって」


 「いいよ、辛かったんだろ? ごめん、俺の方こそ暴走して、気づいてやれなくて。でも、ありがとう。戻って来てくれて、無事に帰って来てくれて。お帰り、おかえり……望」


 そう言いながら、優君は私の事を抱きしめて来た。

 顔が見えなくなったからなのか、彼からは静かに嗚咽を溢す声が聞こえて来る。

 抱きしめてくれる腕にも力が入り、ちょっとだけ痛い。


 「ごめんね、優君。それから、腕。治そうか?」


 彼の左腕。

 一目見た時から気づいてはいたが、どう見ても義手になっていた。

 私の体に触れる固い感触、そして冷たい感触のソレにスッと手を置いてみれば。


 「いや、コレは治さないでくれ。コレは俺の罪で、俺の償うべき責任だ。俺はこの義手と一緒に、これからを生きるよ。“忘れない”為にも、刻みつける為にも」


 「随分と、恰好良い事を言う様になったね? カッコつけた台詞って言った方が良いのかもしれないけど」


 「うるさいな、いいだろ? たまには恥ずかしい事を言いたくなるのが、男ってもんだ」


 「ん、知ってる。優君も色々あったみたいだけど、無事でよかったよ」


 彼の中で、何かしらの変化があったのだろう。

 私が見ていない内に、大きく成長する出来事が彼にも訪れたのだろう。

 ソレは多分、良い事だったんだと思う。

 片腕を失ってしまう程大変な事だったという事は分かるが、それでも。

 彼にとっては、大切な瞬間であったのだろう。


 「ただいま、優君」


 そう言って、彼の体に腕を回した。

 暖かい。

 素直にそれだけを感じていられる。

 私は、帰って来たのだ。

 大切なその人の元へと。


 「お帰り、望」


 それだけ言って、私達は抱きしめ合った。

 互いの体温を、噛みしめるかのように。

 あぁ、私は幸せだ。

 大好きな人と、これからは胸を張って隣に並べるのだから。


 『若いねぇ、初々しいねぇ』


 「カナ、うるさい」


 「え?」


 とはいえ普通の恋人になれるのかといったら、それは分からないが。

 なんたって、今の私は二人で一人なのだから。


 『角と尻尾、どうだい?』


 「え? 望? めっちゃ可愛いけど……」


 『見る眼があるね、勇者』


 「え? あ、はい。ありがとうございます」


 「えっと……紹介するね?」


 コレばかりは、優君に頑張ってもらうしかないのだろう。

 そんな事を思いながら、私はこれまでの事を語り始めるのであった。

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