第157話
「シオン様を一人置いてきただと!?」
プリシラが怒号を飛ばした。ユリウスが薬を手に入れて宿に戻ってきたのはいいものの、シオンの姿が見当たらず、そのことを問い詰めた先の反応がそれだ。
深夜の宿のラウンジは閑散としており、客はプリシラ、エレオノーラ、ユリウスの三人しかいない。三人はラウンジの窓際の一角で、立ち話をするように集まっていた。
「リカルドたちと合流したはずだから孤立はしねえだろ。それにあいつならまず死なねえよ」
「だからと言って――」
「あいつの指示だ。お前は先に薬を王女に届けろってな」
薬はすでにステラに飲ませている。彼女は今頃、部屋の中で一人安静に寝ているだろう。
ステラが寝ているこの間に、ユリウスは軍事基地で何があったのかをプリシラとエレオノーラに説明した。
基地に向かう途中で議席持ちの騎士であるリカルドとハンスに遭遇したこと。基地に“流転の造命師”フリードリヒ・メンゲルがいたこと。フリッツ・ヴァンデルの娘の身体に妙な異変が起こったこと。
そして、シオンが基地に残り、それらの全容を暴こうとしていることを伝えた。
「何でシオンは軍を敵に回すようなことしてまで軍事基地の人体実験を明らかにしようとしたのさ?」
エレオノーラがそう言って、プリシラと同じく苛立たしそうに語気を少し荒げた。
ユリウスは煙草に火を点け、まずは一服付ける。
「この後に控えている外交のためだ」
紫煙を吐き出しながら答え、さらに続ける。
「グリンシュタットの要人たちが王女を呼びつけた理由の詳細は知らねえが、大方の予想は付く。王女に協力する代わりに、主権を取り戻した暁には資源大国であるログレス王国の鉱石や燃料、食物諸々を融通しろって要求するはずだ」
「それが何か問題あんの? グリンシュタットはもともとログレスと友好関係にあるでしょ? 貿易自体は昔から仲良くやっていたはずじゃん」
「友好国だろうが何だろうが、何か約束事を取り付ける時に自分が優位になるよう仕向けるのが外交の常だ。特に今回は、ガリアに侵略されているログレスの立場が圧倒的に悪い。最悪、ガリアにとって代わって事実上の属国化や植民地化しようとする可能性だって考えられる」
ユリウスの推理にプリシラは小さく唸った。腕を組みながら顎に手を当て、耽るように俯く。
「……なるほど。シオン様は、その軍事基地で行われている人体実験の事実をグリンシュタット政府の弱みにしようとお考えなのだな?」
「ああ。そのクラウディアって娘の話じゃあ、軍事基地でやっていることは政府も知らないらしい。おまけにそれが非人道的な人体実験となりゃ、政府関係者としては大きな痛手のはずだ。自分たちの知らないところで軍が好き勝手にやっていたなんて事実、必死になって隠蔽するに決まっている。だがだからこそ、交渉の際、調子に乗って舐めた要求吹っ掛けられた時のカウンターになるはずだ」
ユリウスの見解に、プリシラもエレオノーラも納得した。シオンがいないことへの怒りを収め、幾分か表情が柔らかくなる。
「話はわかった。それで、私たちはこれからどうすればいい?」
「あいつが帰ってくるまで大人しくここに身を潜める。どのみち王女が回復しないことにはここから動けねえしな」
「追手がこの町にやってこないか? お前も交戦して顔は割れているのだろう?」
「その時はその時で考える。だが当面は大丈夫だろ。俺を逃がす時、シオンは将軍の娘を人質に取って派手に暴れていたからな。あの流れで議席持ちのリカルドたちを巻き込むことができれば、基地は俺の事なんかに構う余裕もないはずだ」
ユリウスの回答を受け、プリシラは大きな溜め息を吐く。前髪で隠れた両目をきつく閉じ、眉間に深い皺を残した。
その傍らで、エレオノーラがどこか気遣わしげに窓の外を眺める。
「あいつ、無茶なことばかりするんだから……」
外では徐に落ちる大粒の雪が、夜の闇を白く濁らせていた。
※
クラウディアの治療が終わった後、ハンスたちはメンゲルとヴァンデルを二つの部屋に分けて隔離した。
円状の大部屋から繋がる複数の小部屋のひとつ――ハンスとメンゲルが入ったその研究室は、物でごった返していた。棺のような形をした大きな装置が部屋のど真ん中にいくつも鎮座し、その周りに並べられた長テーブルにはどす黒い液体を詰めたフラスコが列を成している。ヒトがまともに動ける空間は扉近くの四方三メートルほどしかなかったが、ハンスはこの部屋でメンゲルから事情を聴くことにした。別室では、同じくリカルドがヴァンデルの事情聴取をしているはずだ。シオンはというと、意識を失ったままのクラウディアを見張るため、彼女の治療が行われた部屋で待機している。
「三ヶ月前、僕は教皇様のお陰で釈放されたあと、この地に向かうよう指示された。すると照らし合わせたようにヴァンデル将軍がこの基地で研究員として働かないかと誘ってきたんだ。教皇様から“騎士の聖痕”の研究を承っている僕は当然オーケーしたよ」
ハンスとメンゲルは粗末な金属製のテーブルに向かい合わせで座っていた。天井の蛍光灯がチカチカと音を立てて点滅し、メンゲルの顔を不気味に照らす。
「ヴァンデルはここでお前に何の研究をさせていた?」
「君たちもさっき見たでしょ? 彼の娘さんだよ。僕がここに来たとき、娘さんはまだ辛うじて生きていたけど、病でもう末期の状態だった。ヴァンデル将軍は、彼女の治療を僕に依頼してきた。けど案の定、ここで働き始めて数日のうちに死んでしまったよ」
「それでお前はお役御免とはならなかったのか?」
「勿論なりそうだった。でもそれじゃあ僕が困る。教皇様に研究を言いつけられている以上、勝手に放棄なんてできないからね。で、どうにかしてここで研究を続けさせてもらえないかを考えた結果、ひとつのアイディアが浮かんだ」
メンゲルは不意にテーブル横に積まれていた紙の束に手を伸ばし、そのうちの一枚を手に取って卓上に広げた。そこには、“騎士の聖痕”とそれに関わる研究メモが記されていた。
「“騎士の聖痕”を使って、ヴァンデル将軍の娘さんを生き返らせることはできないかってね。“騎士の聖痕”には人体の細胞を活性化させる力がある。これをうまく利用すれば、死者を再び活動状態にさせることができるんじゃないかって思った。ルベルトワの人体実験で培った知識も応用してみたかったし、僕は早速ヴァンデル将軍に提言した。結果、彼は僕に全面的に協力してくれることになった。けど――」
調子よく喋っていたメンゲルだが、急に表情を曇らせ、研究メモを脇に捨てる。
「それを実現するには解決しなければならない多くの課題があってね。その中の一つに、人間でも幼少期の身体でなければ“騎士の聖痕”に適合しないという課題がある。まして今回の被検体は細胞分裂の止まった死人だ。素直に身体に刻んでうまくいくとは到底思えない。そこで僕は、対象の状態に関係なく “騎士の聖痕”の効果を身体に付与する方法がないかを考えてみた。そうして考えに考え抜いた結果、身体に直接刻印する従来のやり方とは別に、間接的に “騎士の聖痕”を使う方法を編み出し、試してみることにした」
メンゲルは白紙の紙を取り出し、ペンで何かを描きだす。ペンを走らせる音が数秒続いたあと、そこにはクラウディアを治療した部屋の床に描かれていた連結印章と同じ構成図が記された。
「実現には魔物の製造技術を応用してみた。魔物を造る魔術は、異なる種族の生き物を複数用いて新たな動物を人造的に生みだすことができる。素体となる生き物をベースに、異種族の遺伝子情報や部位を移植するんだ」
「それは知っている。それがどう応用できるんだ?」
ハンスが訊くと、メンゲルは部屋の中央にある棺の形をした装置の方をしゃくって示した。
「そこに棺みたいな装置があるだろう? さっき、娘さんを治療した部屋にあったのと同じものだ。どれか適当に開けてみなよ」
唐突に言われてハンスは戸惑ったが、警戒しつつ装置へ近づいた。ハンスが装置の脇に立つと、メンゲルは今度、開けるように指示を出す。ハンスは装置の蓋に手をかけ、慎重に開けた。
装置の中には、発酵中のパン生地のようにして巨大な肉塊が収められていた。毛細血管のような小さな管が至る所に走っており、時折脈打っている。
「何だ、これは? 何かの動物の死骸か?」
「まだ生きてるよ。ピクピク動いているだろ? それは“騎士の聖痕”を刻んだ亜人さ。確か、もとはライカンスロープの死刑囚だったかな」
肉塊の正体を知らされ、ハンスは絶句して目を剥いた。
「細胞の異常活性が起きたことでそんな姿になっているけど、破裂して死ぬ、そのすんでのところで生かしている。ちなみにこの状態を造るのにも魔物の製造技術を利用していてね。素体となる亜人に人間の遺伝子情報や血を移植して人工的な混血種を造ったんだ。その混血種に“騎士の聖痕”を刻み、死なない程度に、かつ死ぬまで細胞が異常活性する状態を維持するようにした。人間の血があると、ちょうどいい塩梅で抑制作用になることは三ヶ月前のハーフエルフの実験で分かったからね。その時の記録とサンプルのお陰で、混血種の再現は割と簡単にできた」
メンゲルは足を組み直し、大袈裟に手を広げて見せる。
「その後の工程も、基本的には魔物を造る方法と一緒だ。“騎士の聖痕”によって細胞が異常活性している亜人の遺伝情報と肉片を素体となる人間に移植することで、“騎士の聖痕”で強化された人間を間接的に造り出す。その結果があの娘――クラウディア・ヴァンデルだ。一度死を迎えた彼女の肉体は、そうやって蘇り、今も生き長らえている」
ハンスは装置の蓋を閉め、再びメンゲルの対面に座った。
「わざわざ亜人を使った理由は? 人間同士では駄目だったのか?」
「人間同士ってことは、騎士を材料に使うことになるじゃないか。そんなの無理に決まっているだろ。捕まえようとしたって返り討ちにされるだけさ。それに、一度死んだ肉体を蘇生させるためには異常活性するような強い細胞が必要だと思った。だから、材料には亜人が適していたんだよ」
なるほど、とハンスは頷き息を吐く。
「質問を変える。あの娘のさっきまでの容体を見るに、お前の実験は成功したとは到底思えないが?」
「劣化の事かい? それは仕方ないよ。結局、素材になった亜人の細胞が合うかどうかや、“騎士の聖痕”に適合するかどうかは、個人差によるものが大きい。今はまだその制御ができないけど――その課題も、肉体と“魂”の依存関係さえ明らかになれば、いずれ解決できると思っている」
不意にメンゲルの口から“魂”という言葉が発せられ、ハンスは自ずと怪訝に眉を顰めた。
「“魂”? お前は“魂”の存在を信じているのか? 科学者らしくもない」
しかし、メンゲルはあっけらかんとして肩を竦める。
「いや、そうでもないと思うけど? “魂”は科学的な分野で扱えるものだよ」
「何故?」
「君も騎士なら多少なり魔術を使うだろ? それが証拠の一端だ」
「どういう意味だ?」
メンゲルは先ほどの紙を裏返し、今度はまた別の絵をペンで書き始める。
「魔術を少しでもかじったことがあるなら、行使するためのエネルギー論くらいは聞いたことあるだろ?」
「魔術を行使するためのエネルギーが何から捻り出されているのか、という話か?」
「そうそう。マナとかオドとかエーテルとかってやつ。名称は何だっていいんだけど、それらはどんな学説においても不可視の膨大なエネルギー体として認識されているのが共通項だ。ヒトの意思によってのみ操作することができる莫大なエネルギー――人間の知覚では認識できないけど、確かにそこにあって触れられなければ、この世の魔術法則が証明できないものだ」
ペンを止めると、メンゲルは紙に書いた絵をハンスに見せた。そこには、ヒトを模した図から外に向かって矢印が延び、さらに別のヒトの図に移る様子が描かれている。移った先のヒトの図は、矢印から出た何かを吸収し、そこからさらに別の何かを放出するように記されている。
「……まさか――」
「気付いた? そのエネルギーに、“魂”も似ていると思わないかい? 何故生物がこの世に生まれ、生きることができるのか――肉体的に健康であるということは前提にして、生物が生きているという状態は“魂”というものが存在しなければ説明できないことが多くある。つまり、魔術に使われるエネルギーと“魂”は同じような性質を持っているんだ。だから僕は、魔術を行使するためのエネルギーは、肉体を失い、世界中を漂う“数多の死者の魂”じゃないかと思っている」
メンゲルは描いた図を使い、さらに説明を続けた。
「生物が肉体的な死を迎えると、魂がこの世界に放たれる。それらは目に見ることができず、触れることも重さを感じることもできない。けどそれは、魔術が行使された時、事象変化のためにエネルギーとして消費される――ていうのが僕の仮説。ちなみに、“魂”と魔術行使のためのエネルギーの性質が似ているという考え方は意外にも遥か昔から存在していてね。それはエルフ族の死生観と風習だ。彼らは死んだ同胞の魂はその土地に留まり続けると考えている。“魂”が魔術を行使するためのエネルギーになりえるかどうかに焦点がないだけで、その発想自体は僕の仮説と大体同じだ」
にわかに信じられないと、ハンスは紙に描かれた図を見たまま固まってしまった。
メンゲルは仕切り直すように小さく息を吐く。
「さて、ちょっと話が脱線しちゃったね。戻すけど――生き物は肉体的な死を迎えると“魂”が行き場を失って世界を彷徨う。それが大多数の通常パターンのプロセスだ。でも、クラウディア・ヴァンデルは一度死んだ肉体を無理やり蘇生させたあと、意識を取り戻し、また“クラウディア・ヴァンデル”として振舞うことができた。その事実は間違いなく、彼女の“魂”がしっかりと彼女の肉体に還ったことを証明している。この実験結果から得た結論は――」
メンゲルが両肘をテーブルについて手を顔の前に組み、前のめりになる。
「スープにはそれ専用の器が必要ということだ。僕が一番興味を持ったのはそこだよ」
「……その個人の魂にはその個人の肉体が必要、ということか?」
ハンスの問いかけを受け、メンゲルは満足げに頷いた。
「その通り。スープを注ぐのに、まっ平らな皿を使っても注いだ傍から溢れ出るだけだ。このスープを“魂”、皿を肉体に置き換えても同じようなことが起こる、というのが僕の見解だ。生物個々に“魂”があり、肉体がある。そしてそれらは互いに替えの効かない存在であるが故、自ずと互いに引かれ合う――でも僕はそんなことを知って満足したいわけじゃない。僕が知りたいのはその先にあることだ」
「なんだ?」
蛍光灯の点滅が激しくなるのと同時に、メンゲルは不敵に笑って見せた。
「“スープとその器を意のままに操ることができないのか”、だ」
ハンスの眉間に深い皺が寄せられる。それには構わず、メンゲルは得意げな顔になって話を続けた。
「生物の身体は複雑な造りをしているとはいえ、突き詰めれば分子、原子、素粒子の塊だ。それら一つひとつには何の付加価値もなく、ただの物質でしかない。そこに“魂”が宿ることで、ようやく生物は生物たらしめることになる。極端な話、“魂”さえあれば、肉体はどうとでもなるのではないかと、僕は考察している」
ハンスはそれを聞いて、イグナーツがよく使う魔術の事を思い出した。死体に自分の生体情報を移すことで自分そっくりの人形を作り出し、それに意識を送り込むことで遠隔操作を可能にする魔術だ。それと同じような理屈なのかと思い、メンゲルに質問してみようとしたが――
「死体に自分の生体情報をコピーさせることで遠隔操作を可能にする魔術がある。それと同じような理屈か?」
「あんなちんけなものと一緒にしないでくれ! あれはただ死体の脳を自分に似せてそこに電気信号を飛ばしているだけだ! “魂”の概念は一切関わっていない!」
メンゲルは突然声を荒げ、露骨に怒りを表してきた。それなりの迫力であったことにハンスは思わず呆気に取られてしまったが、両手を広げてすぐにメンゲルを宥めた。
「何か気に障ったのなら謝る。悪かった。それで、話を戻すが――結局それは無理なのではないのか? お前が先ほど言ったばかりだろう。“魂”と肉体は互いに替えが効かないと」
「だからそれをクリアにしようとしているんだって。もし実現できれば、人類は“魂”が存在し続ける限り、好きな肉体で好きなだけ生き続けることができる。これは大陸史上、いや、人類史上最大の快挙となる!」
メンゲルは軽い興奮状態に陥っているようで、その説明にはかなりの熱が込められていた。まるで薬物を打ったかのように双眸は爛々としており、顔中の筋肉が異様な笑顔で引きつっている。
「……お前のその発想は、神話に登場する蝋の翼のようだな」
ハンスは皮肉のつもりで言ったが、メンゲルはとても満ち足りた様子で何度も小さく頷いていた。
「神への挑戦――結構じゃないか。僕の頭脳が神に匹敵するものと証明されれば、これほど科学者冥利に尽きることはない。ただ、僕は堕ちるつもりはないけどね」
ハンスは何かを諦めたように長い溜め息を吐き、一度目を瞑る。それから数秒の間を置いたあと、静かに目を開いてメンゲルに向き直った。
「そろそろ話をまとめよう。とどのつまり、お前はこの基地で何を成そうとしている? ルベルトワでは、騎士に代わる強力な戦士の開発に従事していたと聞くが?」
「あんなものは、ただのついでだ。“騎士の聖痕”を調べるためのね。さっき説明したようなことをルベルトワの領主に言っても到底理解できなかっただろうし、教皇様と口裏をあわせてそういうことにしたんだ。そもそも、“騎士の聖痕”は身体強化の側面だけにフォーカスされているけど、本質的にはもっと汎用的な用途に活用できる印章なんだ。生物を膨大な一塊の情報と見なすことで対象物への任意的な操作を可能とする、というのが本質的な仕様であると研究を進めるうちにわかった。これを応用すれば、僕がさっき言った肉体と“魂”の自由操作が実現できると踏んでいる」
「なるほど。では、お前がこの基地でやろうとしていることは――」
「“騎士の聖痕”を利用した“魂”と肉体の人為的な解離、及び任意対象への融合――これがうまくいけば、世の中を苛ませている性差や生まれつきの能力差、人種差別といったどうしようもない問題を解決できる。とても有意義で将来性のある研究だろう?」
ハンスはほんの一瞬渋い顔になって、椅子から立ち上がった。
「お前の身柄はこのまま騎士団本部へ連行する。神に従う立場に身を置く者として、お前のやろうとしていることは到底容認できない」
「やっぱりわかってくれないか。まあいいよ。また教皇様に出してもらうから」
はいはい、と言わんばかりの態度でメンゲルが大袈裟に両手を挙げて降参の意を示す。
その時、ふとハンスは今までの“魂”の考察を聞いて気になることがあり、メンゲルへ質問することにした。
「……ひとつ訊きたい」
「どうぞ」
「お前の仮説が本当だったとして、死者の魂は魔術を使って消費されない限り、延々とこの世界に留まることになるのか?」
「さあ? 適当なことを言うのはあまり好きじゃないんだけど、そうだと思うのが普通かもね。もしかしたら、魔術を行使する以外に“魂”が解放される術はあるのかもしれないけど」
そのことに関してはまったく興味がないのか、メンゲルは肩を竦めて端的に話を終わらせた。
一方で、
「……死者の魂はこの世界に留まり続け、ただ解放されるその時をひたすらに待つ――」
ハンスは、肉塊と化した亜人が収められている棺型の装置を見つめ――
「まるで“辺獄”だな」
そう最後に呟いた。
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