第15話

 エレオノーラは肩をライフルで軽く叩きながら、屋敷の中を軽く見渡す。

 屋敷の中央ホールには爆散した扉や壁の破片が散らばっており、爆発の余波を受けて吹き飛んだ兵士たちが呻きながらどうにか立ち上がろうとしていた。

 吹き抜けになっている二階廊下を見ると、何やら兵士に守られるような形で立っている初老の男がいた。


「ねー、あれが領主?」


 エレオノーラが、未だ黒煙立ち込める正面扉の方に向かってそう訊いた。すると、黒煙の中から、咳き込みながらステラが出てきた。

 ステラは手で軽く煙を払ったあと、エレオノーラが指さす方を見る。


「あ、そうです! あの人です! ドミニクさんと会話してたの、あの人です!」


 興奮気味にステラが答えると、エレオノーラはにやりと唇を歪ませた。


「わざわざ二手に分かれる必要もなかったね。シオンって言ったっけ、あのポニテのイケメン? 今頃、このだだっ広い屋敷の中、必死になって徘徊してんだろうね」


 楽しそうに笑うエレオノーラと、その傍らで微妙に引きつった笑いをするステラ――と、そんなことをしている間に、二人の周りを兵士たちが取り囲んだ。


「この騒ぎは貴様らの仕業か!? とんでもないことをしてくれたな!」


 二階廊下から、激昂したフレデリックが怒鳴り散らす。紳士的な初老の男が激しい剣幕をしている様は中々に迫力があったが、エレオノーラはまったく意に介していない面持ちだった。


「アンタこそ舐めたマネしてくれてんじゃん。アタシをこの街に呼んだのも、エルフを使って何か良からぬ実験をさせようとしていたからなんでしょ? この子たちに聞いたよ、わざわざエルフの森襲撃してまで攫っていたってさ、えぐ過ぎだよね」

「あ? 貴様のような小娘を招いた覚えなんぞないが?」

「教会魔術師の募集かけてたじゃん。実験の研究者が不足しているからって。で、採用されたから遥々こんな辺境の地まで来たわけなんだけど、とんだ無駄足だったわ」


 その言葉を聞いて、フレデリックは突如血の気が引いたように狼狽し始めた。目を大きく見開き、エレオノーラを指差しながら、口を何度も細かく開閉する。


「ま、まさか、お前、教会魔術師のエレオノーラ・コーゼル――“紅焔の魔女”か!?」


 しかし、エレオノーラは、驚愕と畏敬の視線を向けられているにも関わらず、誇るどころか不機嫌そうに顔を顰める。


「その“紅焔の魔女”って呼ぶの、止めてくれない? ダサいから嫌なんだけど」

「“紅焔の魔女”と呼ばれているからどんな厳ついババアが来るのかと思いきや、まさかこんな小娘が……」

「だからさ、その呼び方やめろっての!」


 エレオノーラが語気を強め、手に持っていた長大なライフルの柄を床に打ちつけた。

 すると、彼女を起点にして床が突然波打ち始め、周囲を取り囲んでいた兵士たちを漏れなく転倒させる。続けて、床や壁からいくつもの無機質な蔦が現れ、兵士たちが瞬く間に拘束されていく。魔術で作り出された異形の蔦は、兵士の体を床と壁に縛り付けるようにして容赦なく締め付け、彼らをものの数秒で漏れなく失神させた。

 そして、エレオノーラはライフルを片手で持ち直し、銃口をフレデリックに突き付ける。

 そのライフルは白を基調にした金色の装飾が施されており、中々に華美な見た目をしている。だが、それが普通のライフルではないことは、銃身と柄に細かく刻まれた印章が証明していた。エレオノーラの銃は、魔術を行使するための道具なのだ。


「おっさん、覚悟しておきなよ。諸々、教会に報告するから。騎士団がやってくるの、楽しみに待ってな」


 エレオノーラの挑発的な言葉を聞いて、フレデリックが忌々しそうに激しく歯噛みする。だが、すぐに不敵な笑みをして、彼女を睨み返した。


「教会に報告、か。まあ、したければ好きなだけするといい。それで私がどうにかなることはないがな」

「随分と余裕じゃん。何か策でもあるわけ?」

「ああ、とっておきのがな。もっとも、そんなことを気にせずとも、貴様らにはここで死んでもらうがな」


 不意に、フレデリックが壁の燭台を勢いよく引き下げた。ガコン、という何かがはまる大きな音が鳴った直後、今度はキリキリと歯車が動き出すような小振動が起き始める。

 すると、中央ホールの床の一部が徐に開かれた。ぽっかりと開いた四角い穴だったが、今度はそこから箱型の檻がせり上がってきた。

 そこに大量に詰め込まれていたのは、人ではない、しかし人に良く似た形状をした生物だ。形容するなら小鬼――緑がかかった土色の肌に、その身長は人の子供ほどの大きさしかない。その容姿は非常に醜く、とても知性の類があるようには見えなかった。

 エレオノーラとステラの姿を見るや否や、小鬼たちは歓喜の雄叫びを上げて一斉に檻の格子を激しく揺さぶる。

 フレデリックがそれを見て高笑いした。


「お嬢さん方、魔物を見るのは初めてかな? こいつらは魔術によって人工的に生みだされた生物で、ゴブリンと言われている。猿や豚といった動物の生体情報を組み合わせ、狂暴性を限界まで引き上げている。気をつけろよ、ゴブリンの好物は若い女の人肉だ!」


 それを聞いたステラの顔が嫌悪と恐怖で青ざめる。


「え、エレオノーラさん、逃げましょう! 数が多すぎます!」

「馬鹿が、もう遅い」


 フレデリックがそう言うと、檻の格子が勢いよく外された。中のゴブリンたちが、緑の奔流となってステラとエレオノーラに向かっていく。

 ゴブリンたちは飛び跳ねるように――まるでネコ科の動物のようにして肉薄してくる。数の多さとフットワークの軽さのせいで、先ほどの兵士たちのように、魔術で要領よく拘束することはできそうにない。

 だが、エレオノーラはいたって落ち着いていた。


「あのさ、なんであたしが“紅焔の魔女”なんてダッサイ異名で呼ばれているか、知ってる?」


 そして、エレオノーラがライフルの引き金を引いた。

 銃口から出たのは、鉛玉ではなかった。ホールを照らすシャンデリアの灯りなど比にならないほどに明るい光が、そこから放たれたのだ。

 まるで、太陽の火の一部がそこから出てきたかのようにして、強烈な熱と光がゴブリンの群れを焼き払う。

 魔術で作られた業火は、一瞬にしてゴブリンを一匹残らず消し炭にした。

 その光景を目の当たりにしたフレデリックが、狼狽しながらよろめく。


「ば、馬鹿な……!」

「何驚いてんの。教会魔術師が人間兵器って呼ばれてんの、知らないわけじゃないでしょ? あんな魔物、ものの数じゃないっての」


 エレオノーラは呆れたように言って、ライフルをくるくると回しながら銃口から出る煙を掻き消す。その傍らでは、ステラも領主と同じく、驚愕の表情をして固まっていた。


「す、凄い……。教会魔術師ってこんなに強いんですね……」


 エレオノーラはそれには構わず、ゴブリンの消し炭を踏み潰しながらフレデリックの方へ向かう。それに気付いたフレデリックが、小さな悲鳴を上げて二階の奥へ走って逃げようとした。


「あ、コラ、待て!」


 エレオノーラが声を上げた瞬間、突如としてフレデリックの体が後方に吹き飛ぶ。顔面を何かに打ち付けて、そのまま気を失ってしまった。続けて、彼を護衛していた兵士たちも同じように吹き飛ぶ。

 二階廊下の曲がり角から出てきたのはシオンだった。エレオノーラたちとは別口から侵入したシオンが今になって合流し、フレデリックたちを蹴り飛ばしたのだ。


「さすが!」「ナイス!」


 ステラとエレオノーラがそれぞれ賛辞の言葉をかける。シオンはそれには構わず、フレデリック本人と、彼が落とした鞄を拾い上げた。

 その後で、フレデリックの顔面を数発叩いて目を無理やり覚まさせる。


「色々聞かせてもらうぞ」


 シオンがその赤い双眸で見下ろすと、フレデリックは酷く青ざめた顔で短い悲鳴を上げた。

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