2-23 ベヒモス3
「なんだこれは……何なのだ、これはっ! 我がベヒモスは、最強ではないのか!?」
最強の一撃と呼ばれる<ベヒモスブレス>を返されたプルートは混乱の最中にありながら身を伏せていた。
四皇獣ベヒモスの甲殻は、無論ブレスの一撃で破られるはずもない。
が、背に乗るプルート将軍までもが頑丈な訳ではない。
「どのようなイカサマをもって、我を追い詰めて……くそっ!」
舌打ちするプルートの頭上で、黒い光が瞬いた。
天高く打ち上げられて降り注ぐ黒槍の雨は、エミリーナが戯れに放った攻撃魔術だ。
舌打ちしたプルートは背後の私兵を掴み、頭上に掲げて傘にする。
兵士は何が起きたか分からないまま、黒槍で貫かれ絶命した。
「よくやった! その命の重み、しかと受け止めたぞ!」
「さすがです将軍様!」
「将軍様万歳!」
後方で応援する元モーガンの私兵達は、既に正気ではなかった。
逆らえばベヒモスの鱗に殺され、故郷である都市は破壊し尽くされ、彼等にはもう涙ながら自分が生きることを祈って将軍を褒め称えるしかなかったのだ。
「くそっ! もう一度だ! さあベヒモスよ、我が魔力増強剤をすべて喰らうがいい! そして我に恥をかかせた奴等を、この世から全て消し飛ばすのだ!」
と、プルートが憎むべく聖女達を睨み付けようとして、気付く。
聖女と魔法使いの姿が、屋根から消えていた。
*
「さすがに正面から倒すのは面倒ですからね。それに蘇生させて再利用するなら、原型が残っている方が便利ですし」
「まあ私なら正面突破も出来たけどね、レティア」
宙を舞いながら、私はエミリーナとともに岩盤のような床へと降り立った。
ぐらぐらと波打ち、強い熱を残した床は、ただの地面ではない。四皇獣ベヒモスの舌の上だ。
竜種の弱点が体内にあるという説は、四皇獣相手でも変わらない。
「ここは元勇者パーティらしく、王道と参りましょうか」
突撃すると、果実の腐ったような鼻のねじ曲がるにおいと共に、ベヒモスの体内壁に張り付いた蜻蛉型モンスターが行く手を妨害した。
大型モンスターの餌のおこぼれをもらう代わりに、体内への侵入者を防ぐ共生関係にある魔物だ。
ぶぶぶ、と警戒音を鳴らして仲間達を集める魔物。
それらをバトルメイスで払い、エミリーナの護衛を務めながら私はふふっと笑ってしまう。
「昔を思い出しますね、エミリーナ」
「邪竜退治の話? 思い出したくもないわね、あんなの」
「勇者様もそう仰っていましたね。生物の体内に入るなんて女の子として御免だー! って。……でもいま思い出すと、悪くない体験だったなとも思います」
「そう?」
「はい。だってあの経験があったから、私達はより仲良くなれましたし……それに、エルフ共を竜の口に放り投げ、プルートの憎たらしげな顔を眺めることが出来るのですから」
「確かに、あいつの憎たらしげな顔が見れるなら、この痛みも悪臭も悪くないわね。それに……」
「それに?」
「この腐ったような臭いを攻略することで、エルフ共が生きてる臭いを消せると思えば、おつりが来るわ」
私達は笑いながら喉元を通り過ぎ、どろりと胃酸を零す胃壁を裂いて心臓部へと到達する。
ベヒモスの心臓部は通常の竜と異なり、硬質な鱗に固められた巨大な核であり魔力路だ。その外壁は皮膚よりもなお硬く、一説には最高峰の硬度と言われるオリハルコンに並ぶとか。
もちろん、エミリーナの敵ではない。
即座に打ち抜こうと魔術を構え、その隣で私は防御魔術を準備する。
ベヒモスの核は、貫くと魔力路の暴走により大爆発を引き起こすからだ。
が、その手をエミリーナに止められた。
「いいわ。防御は必要ない」
「え? でも」
「私が死んでも、あなたが生き返らせてくれるでしょう?」
「まあ死後にすぐ蘇らせるので、回復三原則は大丈夫ですけど……でも、エミリーナ。死ぬのは痛いですよ?」
「私だって痛みには慣れてるわ。あなたの前で散々やられた通り。……それに今は、久しぶりに痛みを味わってみたい気分なの」
「?」
「痛みがあると、ああ、私生きてるんだなって、実感できる。痛みを感じられるのは、生きてる者の特権だもの」
にっと嗜虐的に綻ばせた笑みは、常人が聞けば狂気の沙汰と思うだろう。
けど、エミリーナは構わず頷く。
「私らしくないとは思うわ。一度死んで頭がおかしくなったのかも。けど、今はそんな気分よ」
「まあ昔のエミリーナなら、そんなことは言わなかったと思います。……けれど、頭の一つくらいおかしくなっても当然じゃないですか?」
私達は元勇者パーティ。
そして今は復讐者。
頭の一つ二つくらい、とうの昔に狂い果ててなお愉悦し、進むのだ。
「言うようになったわね、レティア」
「伊達に虐殺してませんから」
「ええ。フロンティアを根絶したら更地を前に、二人で祝杯でも挙げましょう。私、一度お酒というものを飲んでみたかったんですよ」
「本当、この腐った臭いのなかでよく言うわ」
ふふっとエミリーながら微笑みながら魔力収束を完成させ、小さく詠唱を口にする。
「唸れ、黒葬に至る道。災厄と命を貫く槍となりて、哀れな敵を貫きたまえ。<ブラックランス>!」
杖先から一条の黒光が放たれ、ベヒモスの核を貫き心臓を串刺しにした。
全身を震わせるような絶命の咆哮とともに、魔力路としての機能を失った核が熱と光を帯びて爆発する。
太陽の如き炎に包まれ、私とエミリーナの身体は即座に燃え尽き肉片と化していく。
灼熱の痛みが肺を焼き、全身を串刺しにされ肉と骨を貫かれる痛みと共に絶命する。
そして、蘇る。
「……どうですか、エミリーナ。気分は」
「すごく熱い。痛い。苦しい。蘇生できると知ってても死ぬものじゃないわね。……けれど」
ぺろりと舌なめずりをして、悪魔のようにいやらし笑みを浮かべて。
「蘇られるのなら、この痛みも心地良いスパイスみたいなものよ。奴等にこの苦痛を味わって貰えるのなら、ね」
「ふふ。死んで蘇っても、エミリーナらしさは変わりませんね」
私達はくすくすと笑い合い、爆発により空洞と化したベヒモスの核へと手を翳す。
死した残骸に向けて行うことは、ただ一つ。
「では、反撃といきましょうか。切り札を奪われた将軍様は一体どんな顔をするのでしょうね? ……まあ、私達がベヒモスを殺した時点で、あの男は尻尾を巻いて逃げているでしょうけれど」
笑いながらその魂を呼び寄せ完全に掌握すると、ベヒモスの巨体がのそりと大地に立ち上がる。
天高く慣らした咆哮、それはフロンティアの壊滅へ向かう警鐘の始まりだった。
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